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□宗介
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・「お気に召すまま」続編


よく晴れた休日、宗介は千晴を探していた。
ほとんど日課になりつつある千晴いじりを昨日はできなくて、鬱憤が溜まっていたのだ。
昨日は友達の家に泊まりに行ったらしいが、凛には言って宗介には言わないのが腹立たしい。
千晴からしてみれば天敵に自分の行動をわざわざ知らせる訳が無いという理由なのだが、宗介は帰ったらたっぷり構ってやらなければと片頬を上げた。

散歩と銘打った千晴探しをしばらく続けていると、お目当ての人物が正門から歩いてきていた。
通学鞄より一回り大きな鞄を肩から下げているところを見るに、お泊りから帰って来たばかりのようだ。

宗介の姿を見た途端に跳び上がって脱兎の如く逃げる様を思い浮かべながら、静かに千晴に近づく。
携帯を見ながら歩いている千晴は、宗介が来ていることに気付かない。
「道端で携帯いじりながら歩くな」
驚かせてやろうと敢えて低めの声で話しかけると、千晴はバッと顔を上げた。
「っ!」
「常識のない後輩には、先輩がたっぷりお説教しないとな?」
にんまりと笑ってやると、ぎゃあ!と叫びだすはずの千晴は、今回は蛇に睨まれた蛙のように動かない。
「……おい?聞いてんのか」
予想外の反応に宗介もいつもの行動が取れない。どうしたんだと反射的に顔を覗き込めば、千晴は目を見開いた後にわたわたと慌て始めた。
「あっ、えと、おれ、」
目をキョロキョロと泳がせて、「何を言うか迷っている」というより「どういう態度を取ればいいのか?」という困惑が見て取れる様子だ。
「し、失礼しますっ」
散々考えた挙句、おばかな千晴はやっぱり宗介を目の前にすると逃げるという選択肢しかないらしい。
駆けだそうとした千晴の腕をいち早く掴んだ宗介は、ずるずると千晴を引っ張って寮舎裏側の人気の少ない場所に移動した。


「は、放し……」
「何なんだよ、その態度は」
千晴を壁際に追い詰めて、俯いている顔がよく見えるように頤を指で掬った。
キスできそうなくらいの距離で宗介が凄むが、視線を逸らした千晴の目尻が赤く染まっているのに気が付いた。

「お前……熱でもあるのか」
「ちがっ、」
「じゃあ何でオドオドしてるんだよ」
「………」
苛立たしげに吐き捨てるが、千晴は視線を逸らしたままだ。
ムカつく。一昨日までは逃げることはあっても避けたりはしてこなかったのに。
一昨日と今日で何が変わったというのだろうか?

目を逸らすな、俺を見ろ。
いつもみたいに暴れる身体を押さえつけながら口内を蹂躙すればこちらを見るのではないか、という考えが頭をよぎって、脳が判断を下す前に身体が勝手に動いていた。

千晴の唇を性急に奪うと、千晴は目を丸くする。
くちゅくちゅと口内を嬲った。
いつもみたいに有無を言わさずに、好き勝手に
千晴を堪能する。

はぁ、とお互い息をついたところで、千晴が宗介を見ていることに気付いた。
その瞬間に欲が満たされ、多少の理性を取り戻した宗介は、しかし逃げられないように千晴を壁に抑え込んだまま話し始めた。

「……で?何があった」
「な、何がって」
「頭がカラッポのお前がいきなり態度変えるなんて、誰かに何か吹き込まれたとしか考えられないだろ」
「うぅ……」
結構適当にあてずっぽうな事を言ってみたが、どうやら図星だったようだ。
早く言って楽になれ、とドラマで尋問する警察官のような決まり文句を言うと、千晴は首を横に振った。

「絶対ばかにするから嫌だ……」
「そもそもお前バカだろ」
「は!?っあーもう!渚に絶対嘘つかれた……!」
「渚って誰だ」
「この間合同練習した、岩鳶水泳部のブレの奴です……」
「ふーん。で、そいつが何だって?」
「嘘だからもういいんですっ」
「先輩命令だ、言え」
「………」
なおも黙る千晴の頬を思いっきり引っ張ってやろうかと親指を頬に当てると、千晴はぴくりと肩を跳ねさせてちらりと宗介の様子を目だけで伺った。
なぜ顔を赤くしているのか、理由がわからない。
赤い頬がまろく、舐めたら甘いのだろうかと錯覚する。
千晴を壁際に追い詰めて逃げ場をなくすように腕を突っぱねているなんて、まるでどこぞの少女漫画のようじゃないか。
宗介にはそんな意図など無かったが、千晴が頬を赤くするものだからこちらまで勘違いしそうだ、と宗介がゆっくりと視線を逸らすと。


「……お、おれに何回もキスするのって、おれのこと好きだからって本当ですか……?」
か細く震える声で囁くように吐き出された言葉が、宗介をガツンとぶん殴る。
好き、という二文字の言葉が脳みそどころか爪先まで巡り巡った。


この俺が、この妙ちくりんな超のつくバカを、好き?
俺のことが嫌いで先輩に失礼なこと言ってきて、なのに凛には腹を見せて甘えやがるちっとも可愛くないこの男を?


そんな失礼極まりない内容が、宗介の頭の中を駆け巡る。
「な、渚が、絶対そうだって……何回もキスしてくるなんて、好きじゃなきゃしないって……好きだからいじめてくるって、言ってて……」
いつもの騒がしさは鳴りを潜めて、まるでおぼこい生娘のように瞳を潤ませている。


渚とやらの言い分を聞くと、なぜか胸にストンと落ちてきた。
千晴を構いたくなるのも、凛に甘えてみせる姿に腹が立ったのも、それが理由か。
休みの日にこうして千晴を探してしまっているのも、これならきちんと説明が付く。
燻っていた感覚が一気に晴れて、宗介は混乱するどころか逆にすがすがしい気分になった。
何の違和感もなく綺麗に納まった感覚が不思議で、くすぐったい気持ちになった。
案外すんなりと自分の気持ちを受け止めた宗介は飄々と告げる。

「『好きだ』って言ったら、お前どうするんだ」
敢えて耳元で囁くように聞いてやれば、千晴はあからさまに身体を硬くした。でも顔は真っ赤に染まっている。
「………っ」
「『好きだ』って言ったら、キスも嫌がらないのか?」
つねる為に頬に添えていたままの手で優しく千晴の頬を包み込み、いつもよりゆっくりと丁寧に口づけた。
少しでも抵抗されれば解けてしまう弱さの口付けは、しかし解けずに甘く睦まれる。
つるりとした口内をこんなにゆっくりと堪能できたのは初めてで、宗介は心の裡で感動すら覚えていた。
千晴は言葉を発していないのに、手はわかりやすく宗介のシャツの裾を固く握っている。

あー、くそ。可愛いな、腹立つ。

相反する感情を持て余す。いつものように乱暴に噛みついていたほうがよっぽど簡単だ、と嘯いた。


初めから終わりまで静かな口接が解かれると、千晴はこれ以上ない程に目を潤ませていた。
「せ、先輩、ずるい……」
「何がだ」
「好きなら最初から言ってくれれば、おれだって、」
あんなにいじめてくる必要なんてなかっただろうと正論で真っ当な部分を突いてくる千晴に、宗介は眉を上げて返す。

「俺が素直に言ってたとしても、どうせお前は『えっ、男同士ですよ!?』とか言うだろ」
自分が今さっき気持ちを自覚したことなど棚に上げて、千晴につっかかる。
「う……確かにそうかもしんない……?」
「で?俺が『好き』って言ったら、お前は何て答えるんだ」
「えっ」
宗介の意地悪な質問に、千晴は言葉を詰まらせる。

「い、いきなり言われても困るし、いつも嫌な事ばっかして来たのに本当は好きなんて信じらんないしっ!」
ならばさっきのキスを拒めばよかっただろうと言いでもしたら、千晴はキャパシティオーバーで動けなくなるだろうか。
「じゃあ、迷惑なんだな?」
「め、いわく、って訳じゃないけど……でも、」
「でも?」
千晴が困惑する様をこんなに間近で見られるのが嬉しいなんて、歪んでいるにも程がある。
しかし千晴の表情を変えているのが自分だという優越感は払拭できるものではない。
じわじわと獲物を追い詰める楽しさを知ってしまっている宗介は、舌なめずりしながら目の前のご馳走が落ちるのを今か今かと待ちわびている。

うぐ、と考えあぐねる様が可愛い。
宗介の事で頭がいっぱいなはずだ。
もっと、そうやって俺のことだけ考えてろ。

考えすぎて無意識に強く噛んでいたのだろう、赤くなっているその唇が一度、はく、と動いた。
その唇の動きにクラリときてしまって、宗介は喉が干上がる心地に飢えた。

「好きって言ってくれなきゃ、嫌ですっ……!」
「……は?」
「だ、だって先輩、さっきから『もし』ばっかりで、ちゃんと好きって言ってくれてない!先輩がおれの事好きかどうかもわかんないのに、答えられるわけないですし!」
千晴の発言に、宗介はあんぐりと口を開けた。
あんなに甘い雰囲気の口付けをしてまだわからないと言うのだろうか?
この天然おばかは、何でも全部言葉にしないと通じないのか?
いや、もしかしたらこの世のカップルは全員告白して付き合って手を繋いで、三回目くらいのデートでキスをするものだ!とでも思ってるのだろうか。
宗介たちの場合、キスはとっくにしてしまっているので端から千晴の想像とはかけ離れた関係になってしまっている訳だが。

「はぁ……お前って、そういう奴だったな」
千晴はいつも宗介の思考の外に居て、奇想天外な存在だった。
宗介の常識が通じる相手ではなかったことを今更ながらに思い出す。
「あっ、また馬鹿にした!!」
せっかくいい雰囲気になっていたというのに、千晴は言葉の表面だけを浚ってまた宗介に噛みついてこようとする。
「ったく、飛躍しすぎた。馬鹿になんてしてねぇよ」

宗介が千晴をつつき回しているのも間違いではない。しかし、千晴が宗介をこんな風に振り回すことだって少なくはない。
「しょうがない、今回は折れてやるよ」
「え?」
このまま千晴の反応を待っているだけでは、まとまるものもまとまらない。
「好きだ、千晴、お前が」
千晴の目をしっかりと見て、すっからかんな頭にもよくよく染み渡るようにゆっくりと告げた。
ただでさえ真っ赤だった頬は更に上気し、視線は忙しなくあちらこちらを彷徨う。

「ほ、ほんとに言うなんて思わなかった……」
あそこまでお膳立てしておいて、信じていなかったとは。
しかもそれをわざわざ本人の目の前で言うとは、つくづくこの男は恋愛に向いていない。
「お・ま・え・なぁ!」
「ひはっ」
ぐい、と千晴の両頬を思いっきり引っ張った。
「自分から言えなんて言ったくせに、本当に言うと思わなかったってどういうことだ!?」
「はっへ!ほーふへへんはいは……」
「日本語しゃべれ馬鹿!」
「ほっへひっはうはら!」
怒りに任せて千晴の頬を伸ばしまくれば、千晴は涙目になって宗介の手を振り払った。

「いったぁ〜……。宗介先輩が優しかったら信じてましたよ!でもいつも苛めてくるのにおれの事好きなんて思わないじゃんか!」
「好きって言っただろ、今!」
「今だけだろ!」
「じゃあこれからずっと言えば信じるのか!?」
怒鳴り合いに近い声量で宗介がそう返せば、虚を突かれた千晴が押し黙る。

「優しくすれば、お前は俺を好きになるのかよ」
少し冷静になった宗介は、なるべく平淡な声で千晴に問いかける。
ガチンッと固まったままの千晴の頭に手を置いて、ぽんぽんと撫でる。
「お前のこと好きだって言ってるんだから、信じろ」
柄にない台詞を言う自分が恥ずかしくて声を潜ませた。それは吐息と共に千晴の鼓膜に響いて、より千晴の感覚に訴える。


「し、信じてあげてもいいです、よ?」
殊勝な態度で下手に出てやれば付けあがる千晴を、宗介はまた頬をつねることで黙らせた。
「先輩に向かって偉そうな口きくとは、いい度胸だな」
ついでに唇に噛みついて憂さを晴らしてやると、千晴は目を白黒させて焦り始める。

「んーっ!ぷはっ、好きって言っといて、またいじめてくる!」
「好きだからする、って渚だか何だかが言ってたんだろ、やらせろ」
「ぎゃー!変態!せっかく信じてもいいかなって思ったのに!」
じたばたともがく千晴を爛々とした瞳で射抜いた宗介は、やはり追いつめる方が性に合っていると、顔に出さないようににやついた。


「お前のすっからかんの頭にじっくり染み込むまで教えてやるよ」
だから黙ってキスされてろ。
宗介はいっそ強引に千晴の唇を奪って、もがきながら逃げようとする愛しい後輩を抱き寄せた。


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アンケートで宗介を!とのお声が多かったので書いてみました。
途中まではもじもじ告白劇にしようかと思いましたが、せっかく元気なひよっこちゃん相手だったので前作の雰囲気は多少残しつつ甘さを加えてみました。
宗介さんのキャラは大丈夫でしょうか……。
あんまり意地悪するキャラを書かないので、新鮮で楽しかったです!
意地悪される主人公はまたいずれ書きたいです。
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