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□火神
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・『キミの前だとうまく笑えない』と同主人公です。





晴れて千晴と火神の想いが通じてから数週間。
お互いの消極性が災いして、未だに友人のような関係を続けている。

キスくらいはしたいなぁとぼんやり考える千晴だが、その前に手を繋いだりすることからだろうと思い直す。
告白と同時にキスされたくせに、やはりお付き合いの手順を一足飛びにするのはいただけないとひとりごちる千晴だった。



今日は体育館が使えないということでミーティングのみであることを火神が告げると、パッと瞳を輝かせて千晴は火神の家に遊びに行きたいとねだった。
笑顔で了承した火神を待つべく図書室で時間を潰しているうちに、火神家で何をしようかと考える。

「あ、」
そういえば、きちんと想いを告げてから火神の家にお邪魔するのは初めてだ。
「ふ、ふたりっきり……?」
恋人になったんだし、それらしいことができてしまうわけだ。
それらしいこと………。

火神の厚い胸に抱き止められた熱をまだ覚えている。
火神の低く掠れた甘い声もまだ耳に残っている。
そして、火神の柔らかい唇の感触すら……、

「わり、待たせたな」
「っ、うわぁぁっ!!」
記憶を辿っている最中に本人から声をかけられて、心臓が口から飛び出そうになった。

「そんな驚かせちまったか?」
決まり悪そうにポリポリ頭を掻く火神に、胸を押さえつつ首を横に振った。
「い、いきなり声が聞こえたから、び、びっくりした」
「悪いな」
「俺こそ驚かせてごめん」

帰ろうぜ、という火神に連れ立って図書室を後にする。
うるさくしたせいか司書にジロリと睨まれたので、千晴は気まずくなりながらも会釈しておいた。



昇降口に降りて外を見ると、曇天からはしとしとと雨が降っていた。
「雨降るなんて言ってたか?」
げ、と眉をしかめる火神。
「あ、俺持ってきたからそれで帰ろう」
得意げにそう言ったものの、はたと気づく。
これはもしかしなくても相合い傘とかいう女子の好きそうなシチュエーションじゃないか!?
濡れないように身体を寄せあって、その距離にドキドキする定番の場面だ。

いやでもそれくらいしないと、自分たちは全く恋人らしくなれないだろう。
邪な想いを抱えて、千晴が傘立ての中から自分の傘を探す。


「……あれ?ない」
確かに今日の朝、ここに差したはずだ。
友達にいたずらで柄にシールをべったりと貼られたそれを見落とすわけがない。
「千晴?」
「えーと、誰かに使われたっぽい。……まあビニ傘だしな。それに、友達が勝手に持ってったのかもしんないし」

どしゃ降りほどではないにせよ、普通に歩いていたら濡れ鼠になることは必須だ。
「ま、走って帰りゃそんな濡れねーだろ」
「え?」
行くぞ、と声を掛けて千晴の腕を引っ張った火神に合わせて千晴もたたらを踏みながら駆け出した。

雨は勢いが強く、粒も大きくまるでスコールのようだった。
この雨を鞄で凌ぐのも無理があると思っていた矢先、ふわっと何かが千晴の頭にかぶさってきた。

「ん?って、火神!濡れてるじゃん!」
気づけば火神の制服の上着は脱げていて、千晴の頭にかぶさっていた。
「いや、俺は滅多に風邪なんか引かねえからよ。日高を引っ張って来ちまったのは俺だし、もうすぐだから我慢してくれ」
「我慢とかじゃなくて、俺だって自分の上着あるし、悪いよ……」
千晴に上着を貸したせいで濡れそぼって風邪を引いたりでもしたら、火神の大好きなバスケができなくなってしまう。
「俺がこうしたかっただけだから、気にすんな」
少し気恥ずかしそうにポンポンと頭を撫でられる。
そんなキザなセリフを言われたら、この好意を受け取るしかなくなっちゃうじゃないか。
「……りがと」
小さく呟いた言葉は雨音に掻き消されることなく火神に届いたようで、太陽のような笑顔に千晴もふにゃりと笑い返した。




***



「やっと着いた……」
「俺、中までびしょびしょだ」
「やっぱ途中で傘買っときゃよかったな……」
火神がバスルームにタオルを取りに行くのを待ちながら、雨に濡れたせいで脱ぎにくくなっている靴と格闘していた。

「ほらよ、タオル」
「あ、ありがと」
「今、風呂溜めてっから、シャワー浴びたら入れ」
「え!いいよ、身体拭くだけで」
「ダメに決まってんだろ、こんなに冷たくなってんだぞ」
頬をするりと撫でられて、千晴の顔は一気に温度を増した。

「っ、わわわかった!オフロいただきマスッ!」
「よし!」
満足そうに笑う火神を尻目に千晴は脱衣所に走る。


「はぁ……火神ってへんなとこ天然だからなぁ……心臓もたないかも」
大きくため息をついてから、それでもそれだけ大事にされているんだと思えば胸がときめいて仕方がない。
あの告白から火神は鈍感なりに千晴のことをよく気に掛けてくれているし、火神の想いを素直に信じられない千晴にことあるごとに言葉をくれる。
それはどんなに幸せで満ち足りた事だろう。



あの告白を思い出すだけで胸が締め付けられる。
勝手に火神を諦めて、離れようとしてひどい言葉を投げつけたのに、火神はそれでも千晴の隣に立つことを選んでくれた。

ドクドクと早鐘を打つ千晴の胸に抱きとめられた。
『好き』という言葉が声だけでなく合わさった胸の振動からも伝わってきて、感情の洪水に溺れていた。
千晴、と少し掠れた声で呼ばれて、気付いたら次の瞬間には火神の唇が千晴のそれとしっかりと合わさっていて。


シャワーを浴びて、湯を入れている最中の浴槽に浸かりながら、千晴は自分の唇に触れた。
柔らかくて、ハリと弾力があって、火神の体温を如実に表すそこは緊張のせいか少し震えていた。
たった数秒の短いキスなのに、リフレインするように何度も何度もその場面が過って、既に美化されている。


「きょ、今日、そんな雰囲気になるかな」
自分で言っておいて自分で顔を赤く染める。
「不埒……」
叫びだしたい気持ちを堪えて風呂から上がり、用意されていたタオルで水分を拭き取った。



「あ、」
そういえば替えの服がない。
シャツやズボンがないのはまだいいとして、下着がない。

「か、火神〜?着替えって……」
「あ、悪い。全部洗ってる」
「えぇっ!?洗ってんの!?」
「お、おう。ずぶ濡れだったしよ……なんかマズかったか?」


男同士だし恋人だし良いかもしんないけど!あー!今日ちゃんとしたパンツ履いてたっけ!?

「だ……ダイジョブデス」
「こないだ買ってまだ使ってない下着と、俺のでわりいけど服も置いといたからそれ着てくれ」
「あ、うん。ありがとう」


火神のことだから小さめの服を選んだのだろうが、やはり千晴には少し大きかった。
ズボンに至っては、ベルトでもしないとストンと落ちてしまうくらいだった。

「あ、これ火神がよく着てるやつだ」
火神が着ている時はきちんと様になっているそれも、千晴が着るとだぶつきが目立つ。
「縦も横も敵わないよな、やっぱ」
ズボンがずり落ちないように持って、リビングへと向かった。


「風呂ありがとな。気持ちかった。火神もびしょびしょだし、すぐ入れよ」
「あぁ、そうする。これ飲んどけ」
出されたのはミルクの良い匂いがただようカフェオレ。
千晴の好みに合わせて甘みも調節されていて、思わず頬が緩む。
「俺、火神のカフェオレだいすき」
マグカップを受け取って冷ましながら啜る。うん、やっぱり美味しい。
「……そうか」

ふいっと淡泊な返事を残して火神は風呂へ入った。




「俺もこれくらいバッチリ着られる男になんないとなぁ」
腕周りやら腰回りやらすべてが圧倒的に薄い千晴は、もちろん男として火神の肉体美に憧れている。
「俺も火神に筋トレ見てもらおうかな〜」
すっかり空になったマグカップを洗おうとキッチンに行く。
さらっと洗ってカゴに入れて、またソファに戻る。

「うーん、このズボンでかすぎだな。手ぇ離すと落ちるし」
どうしようかなと思案して、試しにズボンを脱いで姿見の前に立ってみる。
「あ、このシャツちょうど良い感じにパンツも隠れる長さだし、これでいっか」

ズボンをいそいそと畳んで、千晴がソファに戻るタイミングで火神が風呂から上がってきた。



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