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□真琴
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・「超至近距離恋愛のゆらぎ」と繋がっています。


2/14は、去年から真琴にとって特別な日になった。
去年は恋人の千晴からチョコレートを貰えると浮かれていた真琴だが、千晴はバレンタインを『女子から男子にチョコレートをあげる行事』としてしか認識していなかった。
当日の夜にその認識の違いが発覚して、いつの間にか世間一般の枠に千晴を当てはめようとしていた事を自覚した真琴は、いっそ身投げしてしまいたいほどの羞恥と自己嫌悪に苛まれた。
しかし長年真琴の隣に居た千晴の咄嗟の機転で、どうにか真琴は自己嫌悪の波から這い出すことができた。
その一助となったのが「薔薇」だ。


外国では恋人に薔薇を送る習慣があるらしいと、双子に貰った折り紙で薔薇を一輪作って千晴が真琴に送ったのだ。
『バレンタインになったら毎年、薔薇をあげる』という千晴の言葉で、真琴はどん底から天上へと一気に押し上げられて幸せの絶頂に居た。
そしてその一年後である今日2/14は、真琴にとってわくわくそわそわの記念日だった。
一足先に希望の大学に合格していた千晴と、つい先日入試を終えた真琴はバレンタインデーを迎えた。


毎年、蘭が遙と真琴と千晴にチョコレートを振る舞っている。
午前で授業が終わっていた二人は、蘭が帰って来るまでは千晴の家でのんびりすることに決めていたのだ。
しかし真琴にはのんびりする余裕などなかった。
千晴は約束を簡単に破る人間ではないから、きっと言った通り薔薇をプレゼントしてくれるはずだ。
しかし、去年のすれ違いは真琴にとってあまりに衝撃の大きい事件だった。
ずっと隣に居たからこそ自分の半身のように思っていた千晴と、あそこまで意思の疎通が出来ないとは思いもよらなかったのだ。
だから今回も、もしかしたら真琴にとって予測の事態が起きるのではないかと、肥大な期待と共にほんの少しの不安があった。
そわそわと落ち着かないまま千晴の家に着いたのだが、それを間近で見ていた千晴は笑いを堪えられず吹き出した。

「ぷっ、くく……あはははっ」
「な、何で笑うんだよぉ」
「だって真琴、一人で緊張してるから。そわそわきょろきょろして、小動物みたい」
体格の大きな真琴が小動物に例えられたのは初めてだった。
ゴールデンレトリーバーとか大型犬ではなく、小動物。
真琴の全てを知るからこそ出てきた発言に、頬を膨らませながらも真琴はどこか安心していた。

「あんまり待たせるのも、意地が悪いしな。はい、どうぞ」
真っ赤な薔薇の形をした折り紙が真琴の目の前に差し出された。茎は去年とは違う深緑の折り紙で作られている。
「あ、ありがとう!」
真琴にとっては、千晴が覚えていてくれるだけで良かった。
千晴が真琴の事を考えて一生懸命折ってくれた、それだけで充分だ。
「本物の薔薇あげようかと思ったけど、なんだか買うの恥ずかしくて。だから今年もこれで我慢して」
「我慢だなんて!俺、本当に嬉しい!」
「えっ、本当に?」
「千晴がせっかく俺の我儘を叶えてくれてるのに、不満なんかあるわけないだろ?」

この薔薇は、千晴の善意の塊だ。
真琴が去年あまりにも憔悴したものだから、千晴が気を遣ってくれているだけなのだ。
千晴にとってはバレンタインはあまり特別な行事ではなくて、だからこそバレンタインを祝うのは真琴の我儘でしかなかった。
与えられる事を当たり前だと思わず、感謝するという気持ちを改めて千晴から学んだのだ。
そんな言い回しをすると大仰に聞こえるが、真琴にとっては本当に折り紙の薔薇一輪でも嬉しかった。

真琴が嬉しそうにニコニコと笑ってお礼を言うものだから、千晴は拍子抜けしてしまう。
「本当にこれだけで良いのか?」
「うん、最高のバレンタインだ」
「真琴が良いならそれでいいけど……」
「ありがとう。嬉しいよ」
「そっか……じゃあ、飲み物用意してくる」
「よろしく」

千晴が飲み物の用意に手間取っている間も、真琴は丁寧に折られた薔薇をさまざまな角度から眺めていた。
「お待たせ真琴……って、まだ見てるの」
「ん〜?うん」
「自分の家に帰ってから見なよ」
「へへ、うん」
ニコニコ顔で千晴の勉強机に薔薇を置いた真琴は、千晴の隣に座った。
そして温かなマグカップを手に取って、二人の時間をゆったりと過ごしたのだった。







翌日、真琴が体育を終えて下駄箱で靴を履き替えていると、どんっと誰かに背中からぶつかられた。
「ぶっ!?」
思いきり目の前の下駄箱に顔を打ち付けた真琴は、鼻をさすりながら普段は垂れ気味の目を吊り上げる。
「いてて……もう、誰だよっ!?」
「まーこーちゃんっ!」
「渚!いきなり後ろからぶつかってくるな。鼻打っただろぉ」
「えへへ、ごめんごめん。おはよう、まこちゃん」
「まったく、他の奴にはやるなよ?……おはよう」

持ち前の優しさで軽い注意に留めた真琴は、まだ鼻をさすりながらも渚を促した。
「それで、どうかしたのか、渚?」
「それは僕の台詞!まこちゃん、昨日はバレンタインデー満喫した?」
「あぁ、うん。蘭からもチョコもらったし、千晴からも薔薇をもらったんだ」
ニコニコと昨日の収穫を語る真琴に、渚はあからさまに肩を落とした。
「まこちゃん……まさかと思うけど、薔薇って去年と同じやつ?」
「茎は去年より深い緑だったよ。薔薇は今年の方が上手に折れてたなぁ」
去年の事件をこと細かに知っている渚は、変な場面で進展がないカップルだと嘆息した。
付き合い始めたその日に身体を繋げたというのに、なぜ今年のバレンタインは進歩が無かったのか。
お節介と分かっていても口を挟むのが渚なりの人情であり、抑えられない好奇心ゆえの行動である。

「ほんっっっとに、他に何にもなかったの!?」
「えぇ?うーん……無かったと思うけどなぁ」
「千晴ちゃんの家に着いて、まず何したの?」
「部屋に入ってすぐに、薔薇を貰ったんだ。いつ薔薇くれるんだろうって俺がそわそわしてたから、笑われたよ」
「うんうん、それでそれで?」
「千晴が飲み物を作ってくれて、一緒に飲みながらテレビを見たんだ。美味しいココアだったな、味が濃厚でお洒落なカフェのやつみたいだった。美味しいって言ったら、嬉しそうにしてたけど」
質の良い粉末を使ってたのかな?と脳天気な笑顔をニコニコ振りまく。
「もう、まこちゃん!千晴ちゃんの彼氏失格だよ!」
ズビシッ!と人差し指を真琴の鼻頭に突きつけると、真琴は目を白黒させた。

「えっ、どうして?」
「それココアじゃなくて、『ホットチョコレート』だよ、絶対!千晴ちゃん、やっぱり薔薇だけじゃなくてチョコも用意してたんだってば!まこちゃんもしかして、何も気づかずゴクゴク飲んだりした?」
「でもバレンタインのチョコ代わりだなんて言ってなかったぞ?」
「言わなくてもわかって欲しいのが男心でしょ!もしかしたら千晴ちゃんも、ドキドキしながら渡したかもしれないのに」

渚の言葉を聞けば、確かにいくつか思い当たる節があった。
真琴はうっとりと薔薇を見ていたから実感が無かったけれど飲み物を作る時間は長かったし、珍しく千晴から美味しいかどうかを聞かれた。
飲み干してから独り言のように「美味しかった」と真琴が呟けば、くすぐったそうに笑っていたりもした。
ということは、真琴は一年越しに千晴から念願の”チョコ”を貰えていたというわけだ。

「あぁ〜……!!」
「やっと気づいた?」
「うわぁぁ、何でもっと大事に飲まなかったんだ、千晴からの貴重なチョコ……っ」
「ホットチョコレート、だけどね」
渚のツッコミも耳に入らず、真琴は頭を抱えて下駄箱に寄りかかった。
「千晴の気持ちに気づかないなんて最悪だ……」

本当にプレゼントが薔薇だけで良いのかと再三確認してきたのも、それが理由だったのかもしれない。
せっかくのチャンスをふいにしてしまった、と真琴はひたすら自己嫌悪に浸る。
「千晴に呆れられたかも……」
「まこちゃんって本当に鈍いよねぇ。千晴ちゃんにすっごく愛されちゃってるのに」
「へっ?」
涙目で後悔する真琴とは反対に、感慨深げに渚がそう呟くものだから、素っ頓狂な声を上げてしまう。
「だって薔薇だけで良かったんだよね?千晴ちゃんは去年「毎年、薔薇をあげるよ」って、そう言ってくれたんでしょ?それなのに、まこちゃんがあまりにも欲しがってたから、今年はまこちゃんがねだってないのにチョコ用意してくれたんだよ?自分で思ってるより千晴ちゃんに愛されてるんだよ、ちゃぁんと!」
渚の流れるような説明の一言ずつに圧倒される。
すぐには噛み砕けなかった言葉たちも時間と共にじわじわと脳みそに染み込んできて、真琴が全てを理解した時にはまるで茹で蛸のように顔が真っ赤に染まっていた。

「まこちゃんは千晴ちゃんから貰ってる愛情に、もっとちゃんと気付いてあげないとね」
パチッと可愛らしくウィンクした渚は、来た時と同じように嵐のように去って行った。
「……はは、本当に全部渚の言う通りだ」
今まで真琴が気付かずに過ぎてしまった千晴からの気持ちが、これまで幾つもあったかも知れない。
今更千晴に聞いたってはぐらかされるだけだろうし、千晴が忘れていた事を思い出させてしまうのは自分が情けなさすぎてモヤモヤする。

「大事なのは『これから』、だな」
言葉以外にも千晴がくれる気持ちをもっと汲み取れるように、もっと千晴を見つめよう。
指先から零れる愛だとか、気持ちのこもったマグカップに気付けるように。
よし、と気合を入れた真琴はHRの開始を告げるチャイムを聞いて、慌てて靴を履きかえて教室に走った。



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