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□真琴
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2月14日。
それは恋する者にとっては、重大な意味を持つ日だ。
千晴と想いを寄せ合って初めて迎えるこの日に、真琴も他の男子同様に緊張していた。
恋人の千晴はチョコをくれるだろうか。
買った物でも泣いて喜ぶほど嬉しいけど、手作りだったらきっと言葉にできず、ひたすら無言ではらはらと涙を流すだろう。
この間、江と二人で雑誌のチョコレート特集を眺めていたし、期待は膨らむばかりだ。

朝会った時には特にその話題は出なかったけれど、遙も居るし二人きりの時にくれるのだろうと踏んでいた。
にやにやしてる真琴を千晴が訝しげに見ていたことも気づかなかった。

その後も二人きりになることはなく、ついに放課後。
毎年、真琴の妹である蘭が手作りチョコを真琴と遙と千晴にくれているので、今年も例に漏れず三人で真琴の家に向かった。
蘭のくれたいびつな、しかし愛情のたっぷりこもったチョコに三人は素直に礼を言う。

「早速いただこうかな」
手作りのリボンを掛けた包装を解いて、
千晴がチョコを頬張る。
「うん、美味しい。毎年どんどん美味しくなってるよ」
「本当にっ!?」
「本当に。ね、真琴?」
「うん、ピーナッツも入ってて美味しいよ」
「ハルちゃんは!?」
「……うまいな」
「えへへっ、やったあ!」
蘭は照れながらも満面に笑みを浮かべる。
快活な少女が一生懸命作ってくれたことが嬉しい。
三人で蘭の頭を順々に撫でて、しばらく橘家のリビングで歓談していた。


夕飯までごちそうになって遙が帰宅を告げると千晴も立ち上がったので、真琴は慌てて千晴の手を掴んだ。
「千晴、帰るの?」
「? うん。だってもう遅いし」
「ちょ、ちょっと来て!ハル、また明日!」
遙に簡単な挨拶だけして、真琴は千晴の手を引いて自室に戻った。
事情を知る遙は、明日は面倒くさいことにならなければいいなと思っていた。

真琴に呼び止められた意味を理解していない千晴は、言葉を選んでいる真琴をまっすぐすぎる瞳で見つめていた。
「いや、あのさ、今日ってバレンタインだよね」
「蘭からチョコもちゃんと貰ったしね」
「えっと、俺、千晴から貰えるかなって期待してて」
こんな時ばかりは鈍い千晴に、真琴はストレートに伝えた。
真琴の発言を受けて、千晴は目を丸くした。
それはつまり、真琴にチョコを渡す気など毛頭なかったという意味だ。

「千晴……俺たち、ちゃんと付き合ってるよね?」
昨日もキスだってしたし、先週は身体を求め合った。
そんなことをして付き合っていないだなんて言われたら、もう真琴には為す術がなくなってしまう。

「……バレンタインって、女の子が男にチョコをあげるイベントだよね。おれ、男だよ」
ザックリと頭をイワトビちゃんに刺された気分だ。
そうだ。千晴が男なんてことは、何度も裸を見ているから知っている。
バレンタインというイベントに浮かれて、勝手に期待していたのは真琴だ。

「えっちの時はおれが女の子の方やってるけどさ、おれは女の子じゃないよ」
千晴の言葉には何ひとつ間違いはなくて、真琴は今すぐ穴があったら埋まりたい気分だった。

千晴の立場から言わせて貰えば、少しは悪態もつきたくなるってものだ。
初めてのセックスの時は真琴の情熱に圧されていたし、何の行き違いもなく真琴を受け入れたのは事実だ。
真琴に入れたいと思ったこともない。
だからって、自分を女性という位置に据えるのはおかしいだろう。
例えば「チョコ貰いたいなら女の子と付き合えば?」と真琴に言ったって、文句を言われる筋合いはないはずだ。
千晴が男としてチョコを用意するつもりなどなかったように、真琴も男として千晴からチョコを貰えることを信じて疑わなかった。
純粋に信じていたことを否定されて、真琴は今どうしようもない程の衝撃を受けている。
傍目から見てもわかる真琴の憔悴ぶりに、そんな嫌味で追い打ちをかけない千晴を褒めてほしいくらいだった。


「えっと、真琴?」
こちらには何の落ち度もないのに、真琴の丸まった背中を見ると罪悪感に駆られる。
サンタなんて居なくて、親がプレゼントをくれるんだよ。
そう言われた小学生みたいな、呆けた顔でうずくまる真琴を目前にして、無心でいられるほど鬼ではないのだ、千晴も。

「せめて欲しいって言ってくれたら、準備したのに」
まあそこでもきっと、「え、何で?おれは男だけど?」と真琴にメガトンパンチを与えていただろうから、この状況になったのは時間の問題だったというわけだ。


真琴は自己嫌悪とあまりの羞恥で自分の殻に閉じこもってしまった。
お互い悪気がなかっただけに、あまりにも衝撃は大きい。
大きな身体を小さく丸めてしまった真琴を慰めるのは、やはり自分しか居ないのだろうと千晴は早速真琴を慰め始める。
「まーこーと」
だるま状態の真琴に抱き着いてみた。
「ごめんね、気づいてあげられなくて」
ふるふると頭を振られたから、話は聞いているようだと千晴は安堵した。

「真琴はさ、単におれのチョコが欲しかったの?それともバレンタインを満喫したかった?」
千晴の言葉に、真琴は少し顔をあげた。
千晴の言っている意味がよくわからないようだ。

「真琴が単純におれが作ったチョコを欲しいなら、バレンタインとか関係なく作ってあげる」
バレンタインであることが重要なのであれば、もう千晴にしてあげられることはない。
だってバレンタインはあと数時間で終わってしまう。
今から材料を買って来てもいいが、千晴だってお菓子どころかご飯だってろくに作ったことがないのだ。
あと数時間で真琴に渡せるレベルのお菓子が作れるとは到底思えない。
まあ、真琴が買ったチョコでもいいというならば、近くの店に走って買ってきてあげてもいいが。
バレンタインに対する認識が違っているから、今更渡したって真琴は素直に喜べないはずだ。

「バレンタインに何かしてほしかった?」
威圧する意図ではなく、単純に真琴の願いは何だったのかと問えば、真琴は小さく口を動かした。
「恋人らしいイベントがしたかったのかなぁ」
「そっか」
「うん。千晴、ごめんね。俺が一人で盛り上がっちゃって」
涙目で真琴が千晴に謝る。
「でも、千晴のこと女の子として扱ったことはないからね?」
「うん、大丈夫。真琴はおれを好きでいてくれてるって知ってるから」
ちゅ、と見えている真琴のおでこに千晴が口付けると、真琴はようやくだるま状態を解除して、千晴に抱き着いた。

「恋人らしいことなら、毎日やってるじゃん。おれたち恋人だもん」
夏だって手を繋いで、冬には二人で寄り添って。
映画や買い物や海も二人で出掛けて、ひとつのアイスを二人で分けて。
情をぶつけあうようなキスも施す愛撫も、二人で一緒に気持ちよくなって。
「そうだね、俺たちたくさん恋人らしいことしてた」
「でしょ」

ふふ、と笑いながらもお互いの唇を啄み合う。
もうとっくに肌に馴染んでいる温度を、それでもまだ足りないと求め合って、与えあう。
相手が真琴だから、千晴はいつだって真琴の愛も愛撫も欲しい。
相手が千晴だから、真琴はいつだって千晴の全部が欲しい。

「真琴」
「ん?」
「今日、泊まっていこうかな」
「俺も今日はずっと千晴と一緒に居たい」
「良かった、おんなじ気持ちだ」

はにかむ笑みを愛しく思った真琴は千晴の瞼に口づけてから、階下にいる母親に千晴が泊まることを伝えに行った。
ついでに千晴の家に電話をして、千晴の母親にも宿泊の許可を取った。
真琴が部屋に戻ると千晴は居なくて、双子の部屋から千晴の声が聞こえた。
コンコンと双子の部屋のドアをノックをしたら、蘭と蓮の二人から「お兄ちゃんは入っちゃダメ!」と入室拒否を食らった。

大人しく部屋に戻ろうかと思ったけれど、真琴は何となく気持ちを持て余して、双子の部屋の前で千晴を待っていた。
少し経って、蓮と蘭の驚嘆の声と拍手が聞こえる。

「千晴ちゃん、すごーい!」
「上手−!」
ガチャリとドアが開いて、千晴が出てきたと思ったら、千晴は満面の笑みで真琴を真琴の部屋に押し入れた。
「ちょ、千晴!?」
「はい、これあげる」
背中に隠していた右手を真琴の前に掲げると、そこには薔薇があった。
もちろんそれは本物の薔薇ではなくて、千晴が蓮と蘭に貰った折り紙で折った赤い薔薇と、セロハンテープでくっつけた緑色の折り紙の茎だ。

「外国だとバレンタインに男の人が薔薇をあげるって聞いたことある。まあ、女の子にあげるんだけどね」
しょげていた真琴のために、こうして物を作ってくれるなんて。
千晴は、治まったはずの涙がまた真琴の涙腺から溢れ出るのに気づく。

「千晴っ!ありがとう!」
「あっ」
がばっと抱き着いたせいで、茎が少し折れてしまった。
「あぁっ、ごめん!」
真琴はこれ以上形を崩さないようにと、慎重に千晴から薔薇を受け取って、勉強机に置いた。
そして千晴の方に振り向くと、千晴は慈愛に満ちた笑みで真琴に向かって腕を広げていた。

「〜〜〜っ、千晴!」
新鮮な感動に感極まった真琴が、千晴に抱き着いてベッドに押し倒す。
大型犬みたいにぐりぐりと千晴の首筋に懐く。
「あの薔薇、一生大事にする」
「あはは、そこまでしなくてもいいけど」
「したいんだ」
「そうなの?」
「うん」
「じゃあ、バレンタインになったら毎年薔薇をあげる」
「えっ、くれるの?」
「真琴こそ、チョコじゃなくていいの?」
「千晴がくれるのなら、何だって嬉しいよ!」
毎年、という言葉がどれだけ真琴を幸せにするか千晴はわかっていない。
薔薇が増えるごとに、千晴と重ねた日々を実感して泣くだろうなと真琴は思った。


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たまには意思疎通できない二人でもと思い、まこちゃんを困らせたいと思ったら低糖なお話になりました。
いちゃいちゃさせたかった……!
(20170214)
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