心臓が、止まるかと思った。
呼吸を継ぐ事も忘れ、ただ彼を見詰めた。
これは、もしかして。
いや、もしかしなくても。
俗に言う『プロポーズ』、という奴だ。
「あの…ダメ、でしょうか…」
言葉も返さず身動き一つしない俺を不安に思ったのか、おずおずとイルカ先生が尋ねてきた。
「わっ! だっダメな訳ナイじゃないっ!! なりますっならせて下さいっ!!」
急いで彼の手を取って、腕の中に抱き込む。
重なり合う胸から早く脈打つ互いの鼓動が伝わってくる。
「夢……じゃない、よね?」
「夢じゃ…ありませんよ」
(ヤバイ、泣きそう…)
彼の肩に顔を埋めて、込み上げてくる熱いモノを遣り過ごす。
涙なんて疾うに枯れ果てたと思っていたのに。
だって未だ信じられない。
彼の方からプロポーズしてくれるなんて。
絶対、俺の方からするもんだって思ってた。
(家族…だってさ)
それは俺が遠い昔に失くしてしまった繋がり。
そして二度と、手にする事など無いと思っていた。
「せんせ…嬉しい」
「俺も、です」
欣幸の至りで彼をぎゅっと抱き締める。
耳元に頬を摺り寄せ、甘えた声で彼に強請った。
「ね、せんせ。指輪嵌めてくれませんか」
抱き締めていた腕を緩めて指輪の入っている箱を差し出す。
間近で見た彼の顔は予想通り真っ赤で、まるで熟れたトマトみたいだ。
先程子供達から貰った手甲を外し左手を彼の前へと伸べる。
少し汗ばんだ彼の掌に乗せると、ちょっとだけ震える指でゆっくりと指輪を嵌めてくれた。
「幸せに…、します」
「うん…俺も。先生の事、誰よりも幸せにするよ」
俺も彼の手を取り、男らしく骨ばった指に銀色の輪を通して、それからそっと接吻ける。
何時の間にか、辺りはまた虫達の鳴き声に包まれていた。
恋人になれた時もこのまま心臓麻痺で死んじゃうんじゃないかってくらい嬉しかったけれど。
今回はそれの更に上をいく。
俺の心臓はあの箱の中身を見た瞬間、確実に数秒止まっていたに違いない。
長い接吻の後、名残惜しい気持ちで唇を離す。
腕の中の彼が潤んだ瞳でこちらを見詰めていた。
「カカシさん、何時か…俺にも貴方のお父さんの所へご挨拶に行かせて下さい」
「父…の所に?」
――かつては木ノ葉の白い牙と呼ばれ、しかし慰霊碑にその名を刻む事無く自ら果てた父。
失った寂しさは規則よりも仲間を選んだ事への非難に変わり、ルールに固執した歪んだ己を作り上げた。
そして親友の命を代償にする事で瓦解した蟠りは、その形を後悔の念へと変えこの胸に燻り続けている。
故に、いい大人になった今でさえ、墓参りなど滅多に行く事は無かった。
(父さん…)
「…ええ。一緒に行きましょう。俺も父に貴方の事を紹介したい」
「有難う御座います」
そう言って、彼は花の綻ぶ様な笑顔を浮かべた。
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