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緊張で失神するんじゃないかと思ったプロポーズは、どうやら成功した様だ。

カカシさんは先程からずっと薬指の指輪を夜空に翳しながら、「コレがあればどんな戦闘にも負ける気がしないねっ!」とニコニコ顔で歩いている。




――まだ幼い子供だった頃、父だけが任務へ出た夜に母の膝に乗せられ何度か聞かされた話がある。


『いつかイルカがお爺ちゃんになってもずーっと一緒に居たいと思える人が出来たら、その時は自分から気持ちを伝えるのよ』
『それは男の子にとって、とっても大切な仕事なの。父さんが母さんにしてくれた様に、イルカもイルカだけの人にその想いを伝えてね』


普段は箪笥の引き出しに仕舞われている結婚指輪を見詰めながら、幸せそうな、でも少しだけ寂しそうな顔でそう話していた。

多分、父の身を案じていたのだろう。
その話を聞く度、子供ながらに男としてとても大切な事を教わっているのだと思ったのを覚えている。

何時の日か自分も、父の様に男らしく。

今思えば随分マセた子供だったが、確かにそう思っていた。






そして月日は流れる。

両親は九尾と戦って共にこの世を去り、ただ泣くだけの子供だった俺は26歳になった。



大人になった俺は出逢ってしまった。
己の一生を捧げたい相手。
この命を賭してでも護り抜きたいと思う人に。


その人は自分なんかより断然強くて、護りたいだなんて身の程知らずも甚だしい様な相手だったけれど。
その壮絶な過去を、そして未だ過酷な運命を背負い続けるその人を、丸ごと抱き締めたいと思った。
里の為傷付き血を流して、尚優しく微笑むあの人が安らげる場所になりたいと、心からそう思った。

相手は自分と同じ男性であったけれど、迷いは無かった。


だって、ずっとあの人の横に並んでいたいと思ったんだ。
他の誰でも無い。
彼でなくちゃ、駄目なんだ。



――たとえ互いの血を後世に遺す事も出来ず、互いがその髪一筋すら残す事無く死んでゆく事になるのだとしても。






「イルカ先生、父に何て挨拶するんですか?」

アパートの階段を登っている途中、左手を眺めていたカカシさんが思いついたように尋ねてきた。

挨拶の言葉も勿論用意してある。
俺はこほんと咳払いをして、胸を反り誇らしげに答えた。

「そりゃあ息子さんを僕に下さいって言うに決まってるじゃないですか」
「うっわあ…ベタですねぇ…」

俺の言葉を聞いた彼から複雑な響きを持った声が上がる。

誰が何と言おうと、これ以上に適切な言葉は無い。
アンタは男の浪漫を分かって無いと言い掛けた所で、その耳が赤い事に気付いた。


(ぷっ…照れてやんの)


そっぽを向き赤い頬を見せまいとしている彼に気付かない振りをして、玄関の鍵を開ける。
先に中へ入ると後ろから黙ったまま付いてきた。

「あ、そうだ。カカシ先生」

ドアが完全に閉まったところで、サンダルを脱いでいる彼に声を掛ける。
もうちょっとだけ、意地悪してやりたくなった。

「ん、なぁにイルカせんせ」

中腰でこちらを見上げる彼の彼の頬はもう元の白さを取り戻している。
視界の端に、照明の灯りを反射した銀色がチカリと光った。

(アンタが顔赤らめる所、もう一回見てぇな)

彼の肩に両手を乗せ、ゆっくりと引き寄せる。
紅と薄茶の瞳がそれに合わせて徐々に見開かれていくのが分かった。




もう一つだけ、伝えたい大切な言葉がある。
この日にしか伝えられない、大切な言葉。


唇も頬も通り越し、彼の形の良い耳へと顔を寄せた。
そして俺の唇が彼のそれへ触れる瞬間。



『オ誕生日、オメデトウゴザイマス』

ちゅっ。





「いっ、いるかせんせぇぇぇぇーーっっ////!!」



陶器の様に白い肌が綺麗な赤色に染まった。


(ああ…キレイだ)


「さ、次はオトナの誕生日パーティーをしましょう、ね?」
「え…?! それって、それって…ッ!」

固まってしまった彼にぱちんと一つウインクを送って、一人茶の間へ逃げ込んだ。



(なっ慣れねぇ事はするもんじゃねーな…っ///)


――鏡の中の俺は、カカシさんに負けない位真っ赤だった。






ホラ

君の頬にも唇も
赤いキレイな華が咲く


オタンジョウビ オメデトウ
デアッテクレテ アリガトウ――


end


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