* * * * *



一楽からの帰り道、街灯が照らす夜道を何故か黙りこくってしまったイルカ先生と並んで歩く。

大通りを逸れてしまえば通りを歩く人の影も無く、辺りはマツムシやコオロギの鳴き声に包まれていた。


「ねぇ、イルカ先生。ちょっと聞いていきませんか、虫の声」


何となくこのまま帰りたくなくて、アパート近くの公園に差し掛かった所で彼の服を引っ張った。

ブランコの脇にあるベンチに腰掛け、虫達の愛の囁きに耳を傾ける。



涼やかな夜風と空一面の星屑。
鈴を転がす様な音色が其処彼処に流れるこの空間は、まるで別世界の様だ。

何だか急に不安になって、イルカ先生の手をそっと握った。
一瞬イルカ先生が強張ったのが分かったが、ぎこちない動きで握り返してくれた。



「…如何でしたか、子供達に祝われた誕生日は」


空を見詰めたまま、彼がゆっくりと口を開く。


「うん、なんかこそばゆい気分でした。でも、こういうのも悪くないですネ」




もう誕生日を祝って貰うような歳じゃ無いのだけれど。

自分が奪った数え切れない命の上に成り立っている、そんな人生ではあるけれど。




それでも、嬉しかった。


手は掛かるけれど可愛い部下に、気の置けない同僚。

そして何より、隣には貴方が居る。



この世に生まれてくる事が出来て良かった。



そんな風に考えた事など今まで無かったけれど。

今ならそう、素直に思える。




「あ、あの…、カカシ先生」


ふいに彼が立ち上がり、こちらへ声を掛けた。
公園の灯りが逆光になっていて、その表情が良く見えない。


(…? 声が震えてる?)

「どうしたの、先生」


心配になって、彼の顔を覗き込む。
だが彼はびくりと両肩を震わせて、一歩後ろに下がってしまった。

「先生?」

もう一度声を掛ける。
何か様子がおかしい。

先程感じた心細さが手伝って、漠然とした不安が押し寄せる。
縋りつきたい衝動を何とか抑え込み、俯いてしまったイルカ先生の反応を待った。



彼が大きく深呼吸をする。

それからショルダーバックの中を弄って、何かを取り出し俺の目の前に突きつけた。



「こっ…これ! 受け取って下さいっ!!」



眼前にあるのはピンクのリボンで飾られた、一目でプレゼントと分かる小さな箱。


「さっきも貰ったのに…頂いちゃっていいんですか?」
「貰って頂かないと俺が困ります!」


どうやら騒ついた胸は杞憂に終わった様だ。

何か必死な様子の彼からその箱を受け取ると、了解を得て結ばれたリボンを解いた。
中には濃い青のビロードで覆われた、小さな箱が納められていた。

「あ…」

取り出して、そのビロードを開く。
薄青の絹布が張られたその中央に、銀に光るリングが仲睦まじく並んでいた。


「せんせ、コレ」

「俺…っ、貴方は沢山の愛をくれるのに、何時も素直になれなくて……だから、今日はちゃんと伝えます」



突然の申し出に思わず息を飲む。


あんなに聞こえていた筈の虫の声がぴたりと止んだ。
夜の公園に、彼の声と互いの息遣いだけが響ている。



「俺は貴方と違い中忍で内勤で、何の取り得も無い男です。だけど」



話しているイルカ先生の唇から目を離すことが出来なくなった。
彼から紡ぎ出される一言一言が流れる血液に乗って体中を駆け巡る様な、甘い痺れに襲われる。


「貴方を愛する気持ちは誰にも負けない積りです。必ず幸せにしてみせますっ! だから、俺の……」



そこで言葉を区切ると、大きく息を吸い込んだ。
そして真っ直ぐに俺を見詰め、

言った。





「俺の、家族になって下さい…っ」






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