お月さまシリーズ

□お月さまシリーズ
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暗闇。

外の眩しい光なんて、
私が拝めることなんて、
永遠にないって思ってた。

自らの身体を抱きしめる。
それは少女の癖。
愛された記憶がない、この少女の癖なのだ。


 


さら…と綺麗な銀髪が流れる。
青白い光を纏ったその髪は、闇の中で唯一浮んだ花のよう。
そんな妖艶ともいえるべき髪を持っていたのは、まだ幼げが残る17、8才の少女。

此処は遊郭。
否、遊郭というよりも違法性の女達が“己”を売る場。
そんな所で少女は無理やり働かせられていた。
―最も危険な仕事、用心棒として。

「………」

少女は抱きしめていた身体を更に強め、抱きしめた。
後ろの障子一枚で遮られたいくつもの部屋の中では“花魁”と名乗る女たちが“己”を売っている最中だ。
喘ぎ声に少女は吐き気がした。

パンッ

無言で耳を塞ごうとした少女の、その行動の前に。
手を叩いた熟した女性が居た。
厚化粧をしたその女の目はとても厳しい。

「…何か、ご用でしょうか…」

手を叩く。
それが自分を呼ぶ合図。
名前すら付けてもらえない、畜生以下の自分を呼ぶ、合図。

「…忌まわしい」

理由もなく睨まれるのには、慣れた。
理由もなく嘲られるのには、慣れた。
慣れるしかなかった。

「とっとと仕事をおし」

そう言ってクイッと女は一室を指す。
其処から聞えるのは男の荒々しい怒声と女の「やめておくんなまし!」という悲鳴。

「…はい」

それを止めるのが少女の仕事。
腰に差す木刀一つで、
少女は生まれ持っていた剣の才能で用心棒をやらされているのだ。

す、と音もさせずに障子をあけると。

着物を肌蹴させた女に真剣を腰に差した男が掴みかかっている。
小さく悲鳴をあげる女は少女からしてみれば、わざとらしい。

「…ぁ!アンタ!!早くコイツ、ヤりなさいよ!!」
「はい」

“花魁”の声に弥生は動く。
「助けが来たのか」と焦って振り向いた男は数秒後、厭らしい笑みを浮かべた。
その助けはまだ幼げの残る女だったから。

「おいおい…何だぁ?お嬢ちゃんが正義のヒーローって、…うぐっ!!」
「………。」

上から見下ろしてきた男に少女は居合いのように木刀で男の鳩尾を突いた。
素早い動きは、まるで男には目で追えなかった。
さながらこの少女は“侍”だ。

「てめぇ…俄か剣術で俺に勝とうってか!?俺は攘夷志士なんだぜ!!」

若干でもそう感じ取った男は真剣を抜いた。
少女はチラリと花魁の居た方を見た、が其処には誰も居ない。
花魁は少女を残して出て行ったのだ。
部屋外で男と少女を睨んでいるのが見えて。

「………。」

ガキィンッ!!
火花が散る。
血気盛んな男はその言葉に少女を斬り付けようとしたのだ。

だが少女も剣でそれを防ぎ。

「やぁっ!!」

ズトッ…
低い音が響いた。
木刀が男の腹肉に埋もるように突かれていた。

倒れた男はピクリとも動かなかった。
それは完璧に意識を失っていることを指していて。
少女は男の手を取って、ずるずると引き摺る。

「…終わりました」
「ああ、見てれば分るわよ。とっととソイツ捨ててきなさい」

さっきまでの悲鳴は何処にやら。
女は何時の間に取ったのか、煙草を吸ってそう言った。
少女はそれに男を引き摺って土らへんに出す。

勿論、刀を没収して。

「………すいません」

酷い騙され方をしたんだろう。
此処はそういう場所だ。
ぼったくりバーよりも酷い遊郭。


少女は何を思って、男にそう告げたのか。


それは誰にも分らない。

  

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