RED−MOON
□Act.1
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背後から突如、突き抜ける様な衝撃が少女を襲った。
「……っっつ!?」
取り落とした缶が、地面に落ちて中身を飛び散らせる。だが、少女にはそれをどうにかしようと思う余裕が無かった。
何が起きたのか、思考がついていかない。ただ衝撃の直後から、激痛が全身を駆け巡っていた。痛みに顔がゆがむ。
「……っつ。……ゴホッ」
口内を鉄の味が満たし、生温かい液体がせりあがる。例えようの無い不快感から、口内の液体を吐きだした。赤く染まった己の両手を見下ろして、血を吐いた事よりも視界に飛び込んできたありえない光景に愕然とする。
銀に輝く刃が、自分の胸から赤い液体を滴らせて生えていた。
赤く染まる両手。紅く染まる己の身体。
ああ、私は刺されたのか。
どこか冷静に自分の現状を理解する。まるでそれを待っていたかの様に、己を貫いていたモノが引き抜かれていく。更に不快な感触に襲われ、大量の血液を嘔吐した。
「ハハ……。ありえねぇ」
支えを失った少女の体は、力を入れる事もできずその場に崩れ落ちた。
熱が。
命が。
流れ出ていく感触が酷くリアルで。冷たくなっていく指先がどこか遠くの出来事の様に思えた。
何故刺されたのか。どうやって刺したのか。冷静な部分の自分が問うが、薄れゆく意識の少女にはそれ以上考える事が出来なかった。
全てがフィルターがかった世界の先。
何かもめている音や断末魔の様な叫びを聞いた気がした――。
『―――――』
ふと、声が聞こえた。
闇に沈む自分を惹きつける、不思議な声。誰の声なのかも分からない、声無き声。
けれど少女には、問われているのだと理解する事ができた。
『―――――』
また、同じ声が聞こえる。
その声は、闇に沈んでしまった自分の本能を揺さぶる、甘く甘美な声だった。
『生きたいか』
忘れたはずの渇望が目覚めていく。
死が怖いわけでは無かった。死の先には、失ってしまったモノがいるだろうから。
けれど少女は思う。
……生きたい。
まだ死ぬわけにはいかない。こんな所で意味を理解する事なく、約束を違えるわけにはいかないから。
だから、まだ……
「私は……っ死にたくない!」
叫ぶ様に血の混ざった声が出た。自分の声と一緒に少女の意識は闇から一度、目覚める。
それは少女の魂の叫び。本能の切実な思い。
見苦しい事も、醜い事も分かっている。けれど少女は望んだ。
失ってしまったモノとの約束を守る為に。
その結果、人でなくなるのだとしても。
再び少女の意識は闇へと沈んでいく。本能の渇望だけを現実に残して。
闇に沈む少女が最後に見たモノは、冷たく真っ赤に輝く満月。
そして、満月よりも玲瓏とした美貌を持つ、人ならざるモノだった。