月下に嗤う
□月下に嗤う
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抉れた様な崖の上にソレの居城はあった。高い尖塔が連なる、豪奢な城だ。
城からは甘くも禍々しい空気が漂い、心に闇持つ者を誘っている。
「ふむ。今宵も我に相応しく美しい月夜だ。」
テラスに足を踏み出して、彼女は口の端を弓なりにする。
月の光を弾いて輝く純銀の髪。
血を零したように赤く輝く瞳。
濡れた唇は、薔薇と同じ深紅。
体のラインを出す漆黒のドレスを纏って、不気味なほど赤い満月を見つめていた。
「主――!おはようございます!!」
甲高い声に、主と呼ばれた妖艶な彼女は後ろを振り返る。ただ、それだけだというのに、何故か色っぽい。
「おはよう。セリィ。」
月の満ちた深夜。おはよう、などという時間では無い事が確実だが、彼女にとってはこれが当たり前だった。
彼女の名は、セラン=ローズ。
人の生き血を糧とし、夜に生きる不死者。世界最強の吸血鬼だ。
吸血鬼はその血液を与える事によって、眷属を増やす。もしくは、噛み殺す事によって、僕であるゾンビを作り出す事ができる。
太陽の光を苦手とし、銀は毒。心の臓を杭で打たれれば、灰と化す。だが、それ以外で死ぬ事はない死したモノ。
教会に入る事も出来ない、不浄な存在。
それが、この世界一般で言われている吸血鬼だ。
だが、セランにとってそれらは己を脅かすモノでは無い。陽光の下でも平然と闊歩し、銀を舐めても嗤う。
それ故に、彼女は「世界最強」であった。
セリィは嬉しそうにマロン色の髪を揺らして、セランへ近づいて行く。ぱっと見はどこにでもいる、人懐っこい少年だ。だが、月の色を溶かしこんだ金色の瞳と、背中でパタパタと動く小さな蝙蝠の羽が、人では無い事を物語っていた。
彼はセランにとって唯一の眷属だ。
この広い居城にはセランとセリィ以外はいない。かつて戯れのつもりで死にかけの蝙蝠に血液を与えてみたらこうなった。
本当に弱い魔力しか使えないが、セランにとってそれだけで十分だった。
セリィ以外にも眷属を作ろうと思えば作れるが、欲しいとも思わない。
「主!今宵もこりずに聖職者どもが城にやってきましたよ!」
「そうか。」
言って、セランは笑みを深くする。
毎夜毎夜、聖職者達は飽きもせずにセランを闇に還そうと城にやってくる。彼女の力ならば、彼らの侵入を許す事はないが、セランはあえてそれを許していた。
穏やかな日常など退屈なだけだ。刺激があるからこそ、楽しい。
「では、丁重にもてなしてやらねばな。」
「はい!すぐに準備致しましょう!」
少年特有の高い声を残して、セリィは部屋を出て行った。その様に、わずかに目を細めて、セランは静かに部屋へと戻る。
今宵もまた、セランは夜を支配するだろう。