銀翼と赤の軌跡
□Episode.01
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▽Episode.01
白暦50年。
見渡す限り、どこまでも荒野が続いていた。
視界を遮る物といえば、ゴツゴツとした岩くらいで他には何もない。時折吹く乾いた風に、乾いた土がさらわれていくだけだ。そんな大地を踏みしめて、二人は荒野を進んでいた。
クリーム色のフードを目深にかぶっているせいで、表情も性別も分からない。だが、一人は背の低さから子供であることが分かる。親子か、兄弟姉妹か。いずれにしろ二人の存在は、この世界にとって異質でしかなかった。
普通、たとえ昼間であろうとも、移動するときは集団で行う。もしくは身を隠しながら移動する。それもこんな軽装ではなく、必ず武装しているものだ。そこまでしなくては、『やつら』の襲撃から逃れることは出来ない。二人だけでなど殺して下さいと言っているようなものだ。
ふと、会話という会話もなく進んでいた一人が、足をとめた。それにならうように、子供も足をとめる。
次の瞬間。
地の底から、ドンッと大地を震わせる巨大な音が響いた。断続的に続くその音は、徐々に大きさをましていく。
自分の荷物を預けて子供を後ろに下がらせると、残された一人は何をするでもなく、その時を待った。
一際強い揺れが襲い、音が爆発して大地が割れる。
砂塵が舞い、よく見えなくなった視界の中。ソレは姿を現した。
血走った眼。鋭く尖った8本の肢(あし)。甲殻虫の様な外殻を身に纏い、口にはずらりと牙が並んで、肉食を彷彿とさせる。3メートルをゆうに超えた身丈を持つソレは、立ったままの人間を、まっすぐに見つめていた。
異形。
「審判の日」を境に突如現れた人を襲う怪物だ。何故、どこからやつらがやってきたのか、はたまた生まれたのか、それを知る者は誰もいない。
ただ、人々は畏怖を込めて呼ぶ。
邪悪なモノ、「ヴィシアン」と。
常人ならば、その姿を見た瞬間に叫び、逃げまどうはずだ。けれど、その人は叫ぶ事も逃げる事もしなかった。ただ、フードを風に踊らせて異形の存在と対峙している。
「ガアアアアア!!」
耳を塞ぎたくなるような咆哮を上げて、ヴィシアンは鋭い肢(あし)をその人に向けた。
空気を切り裂くような速さで繰り出された攻撃に、何の動揺も見せず地を蹴る。跳躍し、異形の攻撃をかわす事に成功すると、宙に舞いながらマントに手をかける。そのまま勢いよく脱ぎ捨てた。
焼けつく陽射しに照らされた、長い黒髪がなびく。髪は意志を持って輝き、まるで黒く美しい羽根を羽ばたかせているかのように、その人は大地に降り立った。
薔薇の様に色づいた唇。華奢な体躯。短いスカートから覗く足はまるで雪の様に白い。
ロングコートを翻して、ヴィシアンの背後に立った「彼女」は、真っ黒な瞳を敵に向けた。
細い腰にはホルスターがまかれ、銃を所持している事が分かる。不釣り合いな筈の無機質に輝く銃器は、冷然とした彼女に違和感なく溶け込んでいた。
彼女はホルスターに手をかけると、ためらう事無く二丁の拳銃を引き抜く。
闇の様に黒く、男でも扱う事が難しい程の銃身を持った銃だった。だが、まるでそれは彼女の元にある事が当たり前だというように手になじんでいて、違和感がない。
冷たく輝く銃を真正面に構えて、彼女は銃口をヴィシアンに向けた。
口の端を吊り上げて、異形に振り返る時間も与えずに。
彼女の細い指が引き金を引き、閃光と轟音、肉の爆ぜる音が響いた。