月下に嗤う
□月下に嗤う
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「ようこそ。我が居城へ。今宵も歓迎するぞ。」
一瞬にして人の心を掴む、低く艶やかな声がホールに響いた。無駄に広い階段の上から、高い靴音が鳴る。
胸元を大きく開き、肩も全開に出して、体のラインに沿った漆黒のドレスを床に滑らせながら、彼女は彼らの前に姿を現した。
闇の眷族にすら恐れられる最強の不死者。
吸血鬼セラン=ローズだ。
「ふんっ。いつ見てもお前は変わらんな。」
ウィリアムは腕を組んだままセランを半眼になって睨む。
「そういうお前は、随分と歳をとったな。昔は誰もが振り返る美しい男であったというのに。我は悲しいぞ。」
本当に悲しんでいるのか、セランは目を伏せて眉間に皺を作る。それすらも優雅で美しい。
「う、うるさいわっ!これでも、渋くて素敵だと言ってくれる女性もいるのだぞ!?」
「そうだそうだー!」
「ウィリアム隊長は女性に人気があるんだぞ!?」
顔を真っ赤にして怒りだすウィリアムを擁護するように、周りにいた男達も声を上げる。
「ほう?そうなのか。良かったなウィリアム。」
驚いた様に目を瞠り、セランは嗤う。
「くっ。なんだか馬鹿にされている様な気がするのだがっ。」
「なにを言う。我は心から思っているぞ。残念ながら、我の好みでは無くなってしまったが。」
玉座に座り、肘掛に肘を付きながら、セランは肩をすくめた。
「っええい!その様な事はどうでもいいわ!今宵こそお前を滅ぼしてくれるわっ!!」
言って、ウィリアムは腰に挿した剣の柄に手をやりながら、セランに向かって駆けだした。続く様に、辺りにいた男達も駆けだす。
それを嫣然と見つめて、セランは椅子にもたれかかった。
十字騎士団との戦いがいつから始まったのか、彼女も覚えてはいない。やってくるから返りうちにする。だが、決して命を取る事はしなかった。
殺してしまえばそれで終わり。それではすぐに人など滅んでしまうだろう。それでは、セランを楽しませてくれるモノがいなくなってしまう。
だから、殺さない。
そのかわり、彼らから血液をもらう。
それを続けていれば、挑んで来る者達の中に顔見知りが出来るのも当たり前な事だった。ウィリアムもそのうちの一人だ。彼が青年の頃からセランは知っている。
「今宵も、我を滅ぼす事は出来ないよ。」
優雅に、右手を振る。王が下々の者に、下がれと言うように。たったそれだけだというのに、男達の動きは止まり宙に浮かぶ。気付いた時には階下に放り出されていた。
セランの魔力に当てられた彼らは、動く事が出来ない。
「っぐ。ま、またもや動けぬ。」
動けなくなった彼らを見渡しながら、高い靴音を響かせてセランは階段を降りはじめた。
「さて、今宵は誰にしようか。」
くつくつと嗤う。
「っつ。ま、まだだっ。」
苦しげな声を出しながら、一人の男が立ちあがった。ウィリアムに声をかけた、若い男だ。
「ほう。起き上がるか。」
「…っ。あたり、まえだっ。」
「ふむ。顔もなかなか良いな。では、今宵はお前にしよう。」
笑みを一層深くして、セランは床を蹴った。気が付いた時には、男の目の前にセランの美しい顔があった。
「っなっ!」
驚愕に声を上げそうになった男の口を、冷たい手が覆う。そのまま、白い服に隠れた首筋を露わにした。
セランは艶やかな唇をひとなめしたあと、疼く牙をその首に深々と沈める。
例えようのない、甘く甘美な味がセランの舌に広がっていく。
初めは抵抗しようともがいていた男も、次第にされるがままになり、意識を手放した。そこでセランは首から顔を離す。これ以上飲めば、この男は死ぬだろう。
口の端から垂れる赤い雫を舌で舐めとって、意識をなくした男を床に寝かせた。
「まあまあだな。ガッカリだ。やはり、我としてはお前の方が好みな様だ。」
不満げにセランはウィリアムに視線を向ける。セランの考えが分かるのか、ウィリアムは一瞬、肩を震わせた。
「い、いや。きっとそれは気のせいだろう!さっきは俺の顔は好みではないと言っていたではないか。」
ひきつった笑みを浮かべながら、ウィリアムは後退さろうとする。だが、体がしびれて動く事が出来ない。
「確かに顔は好みで無いが、それとこれはまた別の話だ。」
「い、いや!ちょ、待て!」
セランは一層深い笑みを浮かべる。
「待たぬ。」
再び、気がついた時にはウィリアムの眼前で、セランが笑んでいた。