persona

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「小田桐君!!」

2月14日。その日は彼女との前日の約束で、ポロニアンモールで待ち合わせしていた。
クリスマスとは違い町中が、という訳ではないがイベント事だからか幾らかは飾り付けがされている。
朝は用があって、と言った彼女との待ち合わせ時間は夜。恋人達で溢れるモールを眺めるのに飽きた頃だった。

「ごめんね、ちょっと大変な事が起きてっ……!!」
「……君の人生で『大変な事』が起きない日の割合を聞きたい所だが」

本当に急いでいたらしく、大きく息をする姿を見てしまえば責める事など出来なくなる。何の為か解らないが、トート式の鞄は少し大きいように思える。
………ただでさえ、最近は校内で見掛ける事が少なくなっていた。見掛けても体調は良くなさそうで、それがずっと続いているのだという。

「寮で飼ってるコロマルって犬がいるんだけど、……ほら、寮には桐条先輩や真田先輩もいるじゃない」
「……ああ」
「先輩目当てな人達が寮に来て、大量にチョコを……!しかもそれ、コロマルにまで食べさせようとかするんだよ!!?」
「……。ああ」

言われただけで、ましてや興味さえない内容だが恐ろしいもので風景だけは容易に思い浮かべられた。
三年の二人は恐ろしい程に人気がある。生徒会長の桐条美鶴、といえば知らない人間はこの辺りにはいないだろうし。
しかし、二人に近づきたいがための手段を履き違えた者も居たようで。

「犬にチョコは毒だったか」
「そう!!だからどれだけ苦労して追い返したか………、って……ごめんなさい。小田桐く……秀利君を待たせていい理由にはならないよね」
「……僕は気にしていない」

―――寧ろ、気にするのはこちらだ。
顔色が良くない。寒いせいもあるだろうが、少し前まで血色の良かった艶やかな唇は、今は乾いて皮が剥けている。

「暖かい所へ移動しよう―――シャガールで良いか?」
「あ、うん、……でも少し待って」

ごそごそと漁る鞄から、薄紫色のオーガンジーでラッピングがされた大きめの丸い箱が出て来る。リボンは濃く、上品な艶がある赤いもの。
箱は本当に大きい。……例えるなら、ケーキが入っているような。

「朝から頑張って作ったの」
「……これは……?」

受け取ると軽いが、感覚としては重い。
こんな場所で開ける訳にはいかないが、渡されれば確認したいと思うのも事実で。

「ザッハトルテ!」
「ザッハトルテ……?」
「知らない?フォンダンたっぷりのチョコレートケーキだよ」

名称だけ言われても、少し困る。菓子もそれほど興味がある訳ではないし、ましてやそれで想像できるくらい想像力が豊かな訳ではない。
今は暖を取るより先に確かめたい興味が現れてしまった。

「……君の時間があるなら、少しだけカラオケにでも行かないか?」
「え、う、うん?いいけど、……どうして」
「中身が気になるじゃないか」

まさか人目に晒す訳にはいかないしな、と笑いながらカラオケボックスへと向かっていく。
少し驚いたが、日曜日は特に混んでいるカラオケボックスが今日は何故かギリギリ空いていた。滑り込むように部屋を取ると、部屋に向かう途中の廊下でその事が少し気になった。

「………バレンタインともなれば、カラオケボックスは満員でも良い筈なのにな」
「……ああ、……それは」

思い当たる節があるように、彼女が目を逸らした。視線を追う気はないが更に気になる。

「バレンタインはクリスマスに比べて、女の子だけだと外出したりー、って無いじゃない。逆に外出しなかったりして」
「……。そういうものなのか?」
「けどね、恋人達の数は変わらないじゃない?」
「……ああ、まぁ、な」
「争奪戦はクリスマスと変わらないんだよ」
「何の」
「気付かない?」

続きの一言が

「白河通り」
「…………。」

ある意味、禁句でもあった。

「………。君は何か歌えるか?」
「え」

話題を逸らすまで、五秒。その労力はどれだけのものだったか。恐らくはカラオケ5時間など目ではない。
割り当てされた部屋の前に着くと扉を開き、その中に彼女を招き入れる。

「岳羽さん達と行っていると聞いた、レパートリーはあるんだろう?」
「い、いくらかは……」
「部屋で無音というのも気まずいだろう」

扉を閉めれば密室だが、不思議と不健全な雰囲気にはならなかった。生徒会室で慣れてしまったせいかも知れない。

今はとにかく、ケーキの形を、味を、確かめたい。
それで一杯だったから。











――小田桐と(健全な)長い夜を過ごした――








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