中編

□Rosy ever after
1ページ/1ページ


「………何をしている、暴君」

ベルゼーヴァにしては珍しく、低くドスの効いた声。マフェイドルはザハクの腕から逃げたくて藻掻くが、この有能すぎる馬鹿暴君はマフェイドルとベルゼーヴァの壁役をしているかのように微動だにしない。

「ノックもしないとは不躾だな、闇太子。これがあと少し進行していたならどうしたものか……」
「し、っ……貴様!!」
「何を怒る?貴様は主を忘れると言った。無論、最早恋愛感情など消え失せているのだろう?」

藻掻くマフェイドルを押さえ付けて、ザハクが続ける。

「下らぬ選択をしたものだ、大人しく我が物になれば苦痛など感じさせぬというのに。選択後も顔を歪ませ我に縋るくらいならば、いっそ楽にしてやろうと思ってな」
「―――!?暴君、貴様陛下に何を!!」
「決まっているであろう?殺すまでだ。苦しむ主は見飽きたのでな」

マフェイドルがその発言に身を竦ませる。氷のような声色に本気で身の危険を感じたが

「大人しくしろ、何もしない」

小声で低い音が聞こえた。珍しく入れられたフォローに、マフェイドルが恐る恐るザハクを見上げる。

「結婚などという道を選ぶから悪いのだ。有り得ぬと思わぬか貴様は?」
「………まさか、あの話は本当だと言うのか……!?」
「……どのような話があったのかは知らぬが、しかしどうする?忠誠のみになった貴様に助けられるくらいならば、死ぬより辛い運命が待っているだろうな」

ザハクは肩越しにベルゼーヴァを見ている。見上げたザハクの表情はいつもの冷笑だ。
どうやら珍しく気を回してこんな真似をしているのだろう。……でなければ、引っ掻き回して遊んでいるだけか、だが。

「丁度良いだろう、鬼籍に入れるだけなのだからな。死にかけの女帝の噂は広がっている、いっそ現実にしてしまえば誰もこれ以上苦しむ事は無い」

ザハクの唇がマフェイドルの髪に降りた。思わず身を固くするマフェイドルに、ザハクが笑った。
そんな優しい唇、今落として欲しくない。ベルゼーヴァの前でなんて。

「ふっ……ざ、けるな……!!」

低い、奥から搾り出すような声。

「……貴様も、……フェルも!!『忠誠のみ』!?本気でそう思っているのか、フェル!!」

返事が出来ない。口を塞がれている。息は出来る。けど唸る事さえ忘れていた。

「忘れたくても忘れられない……!恨んでも恨めない、それなのに君は違うのか!!」

低い声が耳から入って頭に響く。頭に響いて胸にまっすぐ降りてくる。

「私を置いていくのか!?私に縋ったのは偽りだったのか!?あの言葉を信じていた私を、今度こそ道化にするのか!!」

自然、涙が溢れていた。吸う息が震える。
叫びが懇願に聞こえる。訴えが慟哭に聞こえる。藻掻く事さえ出来ないのは、きっとザハクはこの言葉を聞かせたかったのだと解ったから。

「……私を愛した君は、過去のものか……?私達はもう、戻れないのか……?」

耳にザハクの嘲笑が聞こえた。本当に楽しそうに、愉快で堪らないかのように。

「闇太子、縋った所で我が主の心が動くと思っているのか?貴様が捨てたも同然だ、」
「……頼む」

ベルゼーヴァの声が、震えていた。

「戻って来い、フェル……!もう一度、私の傍に、……!!」

ベルゼーヴァの言葉が終わるのが早いか、それは急すぎて解らなかった。
ぽい、と投げ捨てられる感覚。つんのめったようにバランスを崩し、ザハクがマフェイドルをベルゼーヴァへと投げて寄越した。

「わ、っ!!」
「―――!?」

どさり、倒れる音。ベルゼーヴァが抱き留めていた。
マフェイドルにはもうザハクは見えない。ただ、ベルゼーヴァの肩越しに床が見えた。

「……厄介なものだ、恋情ごときに左右される愚か者ばかりの世界は」
「……ザハク、貴様」
「だが、それも面白いかも知れぬな。……筆頭が興味を抱くのも解らないでもない」

気配が消える。それを感じて起き上がろうとしたマフェイドルだが、体がベルゼーヴァに密着したまま動けない。

「……フェル」
「………。」
「本当に、君……なのか」

ベルゼーヴァの腕が、マフェイドルの胴体にぐるりと回って抱き留めていた。その居心地の良さにマフェイドルもまた腕を回す。

「……ベルゼーヴァ」
「カルラから、……君が結婚するのだと聞いた。止める資格は無いと解っている。しかし私は……」
「いい、言わないで」

続く言葉を予想していたからこそ、マフェイドルが続きを遮った。

「心配かけて、ごめんなさい。怖かったの。ベルゼーヴァの拒絶が変わらなかったらって思ったら、言えなかった」

溢れた涙は止められなかった。

「ベルゼーヴァが色々思う必要は無いの。私が悪かったの、全部。迷惑も心配もかけっぱなしで、私結局性別がどっちでも何も変わらなかった」
「……そんな事は無い。言葉を選び損ねた私も、」
「それが違うの。なんでベルゼーヴァがそんな事言うの?……結局私が悪かったのよ、甘やかされすぎたのね。我が儘すぎて気付かなかっただけだったの」

肩で瞼を抑える。

「だから、お願い。私にはベルゼーヴァしかいないの。ずっと傍にいて……これまでと少し違う形で」
「―――。」
「私を叱って。私に呆れて。でも嫌いにならないで、ずっと私を愛してください」

すんなりと出た、マフェイドルの素直な感情。言葉もなくベルゼーヴァがそれを聞いていた。
ベルゼーヴァの腕に力が篭る。息遣いが聞こえて、それが不規則なのは気付かない振りした。

「……私と結婚して、ベルゼーヴァ」

縋るような言葉に、息を飲む音が聞こえる。暫くの沈黙の後、ベルゼーヴァの返事が返ってきた。

「……二度と、馬鹿な事を言わないならな」

嬉しそうな声だったが、やはり震えている。お互い、顔も上げられない程に嬉しくて胸が詰まった。
抱き合う腕に更に力が篭る。暫くして顔を上げようとしたマフェイドルだが、その頭をベルゼーヴァに押さえられた。

「……痛い、ベルゼーヴァ」

その理由に気付いていて、涙声で笑いながら言うマフェイドル。

「我慢しろ」

暫く経つというのに、まだ震えているベルゼーヴァの声に大人しく従った。







[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ