中編

□Rosy ever after
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夜が明けた。


朝になり、まだ早い時間にベルゼーヴァが身支度を整えて部屋から出て来た。不機嫌そうではあるが、それはまだ眠いからかも知れない。
通常の起床時間よりまだ早いせいで、使用人がベルゼーヴァの私室まで姿を現していない。廊下を出て最初の曲がり角で、メイド長と鉢合わせた。

「……君か」

素っ気ない口調でベルゼーヴァが口にした。メイド長は屋敷の主を見て頭を下げる。

「おはようございます、ベルゼーヴァ様」

挨拶も手早く終わらせ、次にベルゼーヴァへ言ったのは

「マフェイドル様は、明け方お帰りになりました」

聞いてもいない、しかしベルゼーヴァが一番気にしていたであろう事。

「っ……!あの体調でか!?」
「いいえ、夜中に私を呼び付けて下さいまして。粥が美味しかったからまた食べたい、と」
「……食欲は、出て来たようだな」
「お代わりまでして下さいました。御自分で歩けるようでしたので、見送りに一人遣わして……そうそう」

真顔で安堵の溜息を漏らしたベルゼーヴァに、メイド長が思い出したように口を開く。

「『入れ違いになっては事だから』と、言付かっている話がございます」
「………? 言え」
「『私が良いと言うまで決して顔を見せないで欲しい』、と。」
「………!?」
「『暫く一人で考え事したい。顔も見たくない』だそうです」

ベルゼーヴァが一瞬よろめいた。なんという言い草。顔も見たくないなど、今まで一体、宰相として誰の為に忠誠を捧げたと思っているのだ。
しかし宰相ではない部分はそれだけの事をしたのかも知れない、とベルゼーヴァが複雑な感情入り混じる、なんとも言えない顔をした。実際気まずくてあれから会いに行っていない。

「…………言いたくはありませんが、奥様としてあの方をお世話出来ない無念をどうしたらベルゼーヴァ様にお分かり頂けるのか……。この年寄りに主の御子の顔さえ拝ませないおつもりですか」
「……黙れ」

伝言を聞いてからベルゼーヴァは頭を抱え、痛むように顔を顰めてメイド長から離れて行った。





「宰相ー、いるー?」

登庁し、執務室に向かい、椅子に腰を下ろした途端に部屋がノックされた。
ペンを持とうとした指が声に引き攣るが、構わず手にとり書類に向かう。

「開いている、入れ」

声の調子で誰かは解っている。カルラだ。
気にせず書類にサインを書き込む、その途中で扉が開いた。

「宰相、陛下どうしたのよ?昨日行方不明ってんで、どれだけ探し回ったって、……ふわぁあ、眠い……。一応将軍以下何人かには謝罪貰ったけどさあ」
「……さてな、私も知らない」
「知らんって……二人で手綱握り合ってんだからどうにかしてよ。昔みたいにロイの手借りれないんだからね?」

そこまでカルラに言われて、ベルゼーヴァが手を止めた。ペンを紙の上でさ迷わせ、それから瓶へ戻す。

「カルラ」
「………な、なに?」
「ひとつ、遣いを頼まれる気は無いか」
「嫌だっつっても無理矢理やらせるんでしょ。聞くだけはしたげるけど」

一枚、質の良い便箋を出したベルゼーヴァ。先程のペンを手に取り、少し考えながら文字を認め始める。
暫くつらつらと書き綴り、乾くのを待ってから二つに折った。便箋には文字だけ、印なども無い。

「これ、何?」
「中を見てみろ」
「どれどれ、……………。何これ」
「見たままのものだ」

興味津々だったカルラが、便箋の内容を見て固まった。滲みもしてない几帳面な字面が並んでいる。
ベルゼーヴァが『頼み事』として話す内容をかみ砕いて理解したカルラが溜息をつき、取り敢えずは『頼み事』を了承した。その便箋をしまい込もうとして、ふと思い出す。

「そうだ、宰相」
「……?」
「陛下から伝言があんのよね。『私ベルゼーヴァの顔暫く見たくないから来ないでって言って。あの顔見てたら考え事も出来ないわ』って」
「…………………。多少君の心情も混ざっているようだが?」
「いんや、一字一句違わず陛下が言ったのと同じ。だからどうしたのって聞いたじゃないよ」

カルラの伝言を聞いたベルゼーヴァがえも言われぬ顔をする。朝のメイド長からの伝言と変わらないくらい敵意に満ちている。
ベルゼーヴァが頭を抱えた。机に肘をついて溜息も吐く。

「……目通り叶った時には今度は吊してやりたい」
「……え、陛下にそんな事してんの?」
「男である分手荒く扱っても構わないだろう。見える部分に傷さえ残らなければ問題ない」
「……鬼だね。あー、でも陛下は、……」

何かを言おうとしてカルラが言い淀む。ベルゼーヴァが怪訝な顔をするが

「………陛下って若干被虐思考あるからねぇ」

さっとニヤついた顔をしてベルゼーヴァへと言い放つ。

「大きな世話だ」
「でもさー、宰相にだけなんだよねー。政務の時とかザハクにゃ微妙に嗜虐的じゃん?両方イケるのかな。ねぇ宰相、実際どう?」
「知らん」
「ヤり合った仲でしょ?」
「品のない事を言うな」
「否定しない所が生真面目だよね。からかいがいのない」

ベルゼーヴァの追求をされるまえに躱したカルラが身を翻し、扉へと歩みだした。扉が開いて姿が消える。
出ていくカルラには興味ない様子で書類に視線をおとしていたベルゼーヴァだが、ふと何か違和感に気付いて顔を上げた。

口に出す事すら出来ない、些細な違和感。
首を捻ったベルゼーヴァだが、答えが出て来る訳では無かった。

カルラが漏らした『一字一句違わず』。
その意味をベルゼーヴァが知る事になるのは、まだ少し後。







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