中編

□Sweet Rose
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女帝危篤。
酷い噂は立つもので、十日前後公の場に出なければ皇帝というものは勝手に殺されるらしい。
面白いので配下に城下の様子を探らせると、

「冒険者時代は活発な方だったから嫌でも気になる」
「ディンガルの血筋を受けない女が皇位に就いた天罰だ」
「仕立屋の所で大掛かりな衣装制作があってたって聞いたわ。代替わりの為じゃない?不謹慎だけど」
「崩御なんて事になったら国は荒れるだろうね。問題なんて特になくて、最近は平和だったから」
「ロセンが黙っちゃいないだろうな」
「陛下以下は宰相も将軍も鬼だから、また戦争始まったりしてな」

配下の報告を謁見の間の玉座で聞きながら、マフェイドルが鼻で笑った。そこまで愉快な話ではなかったが、神妙な顔して聞くような真面目な話でもない。

「よくもまぁ人間ってばひとつの噂に尾鰭も胸鰭も大量につけるものだね。良く解った、御苦労だったね、下がっていい」

配下が頭を下げた。見送った後、揃っている面々――宰相と四将軍――の顔を見渡す。一人だけ居ない振りをして姿を隠してはいるが気にしない。いつもの事だ。

「そろそろ、限界だ。少し視察に出過ぎだったかな、私も。庶民感覚の皇帝ってのを売りにしたかったんだけど」
「陛下は些か庶民的過ぎて困ります」
「フ、そのような娘を手篭めにしようとしたのは誰なのやら」

誰もいない場所から聞こえた声にベルゼーヴァが睨みつけた。姿が見えずとも、大体の見当はついているらしい。

「あー、はいはい。喧嘩は御法度だよ謁見の間じゃあ。……カルラ」
「あいよ、何?」
「鬘作って私の代わりに姿だけちょっと出してくれない?」
「喋らなかったらすぐ偽物だってバレそうだけどいいの?」
「……………。それは駄目だ。えーと、ベルゼーヴァ、私はピンピンしてるって声明を」
「……三日以内に陛下が姿を現さねば更に騒ぎは大きくなると思いますが」
「……オイフェ、私に似てる人見繕えない?」
「無理ね」
「………ザギヴたすけて」
「……陛下、心苦しいのですが」

マフェイドルが頭を抱えた。どうしようもない、案が無い。大人しくこのまま出るしかない?いや、でもそれでは混乱が酷くなるだけだ。

「……ベルゼーヴァ、『皇帝は男になった』とかいう噂は流せない?」
「荒唐無稽すぎる噂はすぐに立ち消えます」
「『呪いをかけられた』とか」
「ならば私は言うでしょう――『呪いを受けるような皇帝は直ぐに皇位から退けるべきだ』と」
「あぁぁあもー、どうすりゃ良いんだ!?」

気怠げに手摺りに肘をつき、頬杖をついてぼんやりと天井を見上げる。どうしようもない。もとより、マフェイドルには元の体に戻りたいという遺志が無いようだった。戻れないと解っているからかも知れない。

「………、退位しようかな」

そう呟いたマフェイドルに、全員が驚いた顔を向けた。全員の視線に気付いている筈のマフェイドルだが、ベルゼーヴァを見るだけで何も行動を起こさない。

「冗談だよ。聞き慣れたものだろう?」
「ちょい待ち、陛下。今冗談のトーンじゃなかったよね?」
「冗談だと言ってるだろう?カルラ、そんなに細かいとお局扱いされるぞ。縁談くらい来てるだろうに」
「大きなお世話!!男はもう陛下と宰相とどっかの徒労野郎で間に合ってる!!」

カルラが怒鳴るとマフェイドルが立ち上がる。少々疲労の色が見えるようだ。
女性だった時なら素早く見抜くベルゼーヴァが手を貸したりするのだが、姿が男性だからかベルゼーヴァも今回は見ているだけだ。

「悪いなカルラ、私はどうやら疲れている。君の不興をこれ以上買わないうちに、休ませて貰うよ」
「また逃げる気!?こないだだって陛―――――危ない!!」

マフェイドルの表情が曇った一瞬、足が段差を踏み外した。一瞬ではその場の誰も反応できず、マフェイドルの体が大きく傾いだ。

「―――相変わらず危ない女だ」

その体を抱き留めたのはザハクだった。

「……あ、」

傾いだ上半身を抱き留める、その長い腕がしっかりと胴体に回っていた。美形で体躯も並以上のものなだけに、騎士の真似事は良く似合っている。勿論、彼は『闇の円卓騎士』ではあるが。
『女』と呼ばれたマフェイドルが放心している。ベルゼーヴァがその間に半ば無理矢理ザハクからマフェイドルを奪還していた。

「陛下、戻りましょう。休まれれば疲れもとれます」
「………ん。ありがとうベルゼーヴァ……ザハクも」

多少ふらつきながらも、礼を口にしてベルゼーヴァと共に謁見の間を出ていく。顔色がいつもより青い。
今更ながら、その表情の悪さに不安を覚えるベルゼーヴァだった。





顔色の悪いマフェイドルを、着替えもさせずゆっくり寝室の寝台に横たえた。
そういえば最近は食も細いようだ。何かの病気かと思い付き、取り敢えずはマフェイドルの肩まで毛布を引き上げた。

「……ごめ、ベルゼーヴァ」
「今は休んで下さい。貴方が心配する事は何もない」
「ありがとう、でも」

それでもマフェイドルが起き上がろうとする。ベルゼーヴァが肩を押さえ付け、寝かせようとするがその場で膠着状態の睨み合いが始まる。

「離してくれないか、ベルゼーヴァ」
「出来ない。寝ていろ、真っ青だ」
「幾ら貴方の指示でも出来ない。……疲れさせてくれるなら別だよ?」
「っ……今はそんな状況じゃないだろう!!そんな体力も無い癖に……!」

真っ青になっても笑い話で済まそうとするマフェイドル。耐えられなくなったのはベルゼーヴァだった。

「怒らないで。大好きだよベルゼーヴァ。愛してる。ほらいい子いい子」
「……本気で怒らせる気か」
「怒ってくれたらうやむやになるかな、って。無理そうだね」

絶対に離さない、という遺志が掌から伝わってくる。間違った方向に情熱的なのは良いが、今は迷惑だ。

「……腹上死が望みなのか?残念ながら、位置は譲らないが。逃げられたら事だ」
「いいよ別に。私の上で啼いてくれるならね」
「………」

ベルゼーヴァの唇が、マフェイドルの首元に下りてきた。言い得ぬ感覚に小さく声を漏らすも、マフェイドルの吐息には若干困惑が混ざっている。

「……死ぬ気か」
「……ベルゼーヴァ」
「女帝が死んだ事にすれば、滞りなく代変えは可能だ。民からも咎めは無いだろう、逃げた訳ではないのだから。……だが!!」

いきなりマフェイドルの胸倉を掴んだ。苦しむような表情を見せるが、お構いなしにベルゼーヴァは上体を引き上げさせる。

「私から逃げようとするのか!?」
「……!」
「うやむや?馬鹿にするな!散々私を弄び、都合が悪くなれば捨てるのか、あの日のように!!」
「くる、し……」
「私は道化か!君の玩具か!?それでよく愛してるなどと言えたな、裏切り者が!!」

裏切るなんて。けれど首を絞められているような圧迫感で言えなかった。見たことのない程の、怒りに燃えた顔。
振り払えない。体力が削られた体で、そんな事できない。
苦しい。

「………散々踏みにじって………満足か……?私が君を想う、その一欠片さえも踏み付けて、君は自らの死を望むのか?」

苦しいのに、逃れられない。男になっても、間の悪さには勝てはしない。

「君と共に過ごすだけの小さな幸せを、未だ望む事は許されないのか?例え君が男になっても、それでも………私は」

ゆっくり手が離れていく。
寝台が跳ね返すように、マフェイドルの体が弾んだ。

「抱きたかったのは君の体だけじゃない。君の心に、私は触れも出来なかった」
「ベルゼーヴァ」
「私を想ってくれたなら、そのような背信行為など無かっただろうな。……堂々巡りは終わりにしたい」
「待って、……お願い、待って!!」
「待てない。……もう、私は充分苦しんだ。君が居なくなる世界を味わう位なら、私は自ら君を忘れよう……永遠に」
「やだ、やだやだ嫌!嫌だよ!!ベルゼーヴァお願い待って!一人にしないで!!」

縋り付きたくてベルゼーヴァに手を延ばす。何も掴めない指はベルゼーヴァの肌だけ撫でた。
もうベルゼーヴァは握り返しもしない。離れていく指が、引っ込んで、そのまま扉へと向かう。

「――――――――っ、嫌ぁあああああああああああああっ!!!」

振り返りもしないその背中を見つめて泣いた。泣いて、哭いた。
慟哭が聞こえてもベルゼーヴァは振り返らない。無慈悲に閉まる扉が見えて、糸の切れた人形のようにマフェイドルが寝台に倒れた。







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