中編

□Bitter Rose
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そんなつもりで言ったんじゃないと解ってる。
傷付けたくないと思ってるって信じてる。

それでも。
あの日の夜の誘惑には勝てそうになかった。




現れた異質な気配に瞳を向けた。月明かりしか無い、広い部屋の中に混ざったその黒い影に、寝台の上で思わず身構える。
誰かを呼ぼうと息を吸い込んだ時

「僕だよ」

聞き覚えのある声がした。

「……まさか」

その姿は見なくなって随分と久しい。どんな力を以てしても『殺す』なんて出来なかった者。
光でも闇でも、ましてや人間でもない。どんな勢力とも相容れない、それでいてどんな勢力にもその力を貸す者。

「―――シャリ」

虚無から生まれ虚無に消える、『虚無の子』シャリ。
少年の姿をしたその影は、視界の中で笑っていた。

「久しぶりだねマフェイドル。やっぱり泣いてる?」
「………何か用?」
「否定しないんだね。なんで泣いてるの?」
「……寝室はあまり荒らされたくないけど、私がいいかザハクがいいか選びなさい」

やや乱暴に涙を拭う。この虚無の子には地位など関係ない。ただ自分が『無限のソウル』なだけで、それ以外には彼は興味すら抱かない。

「ふふ、相変わらず力にものを言わせようとするんだね。君と闘うのは嫌いじゃないけど、別に君はそんなの望んでないよね?」
「……何が言いたいの」
「相変わらずベルゼーヴァは鈍いね、って話だよ」

その言葉に、寝台近くに置いていた愛刀を一振り抜いた。

「そんなに、また暫く眠りたい?」
「ねぇマフェイドル、思わない?『皇帝』だし『女性』だから駄目、なんてさ。じゃあどっちか覆ったら手合わせ受けてくれる?って言いたくない?」
「―――。」

月光に、刃が輝く。
そんなの、改めて言われなくても。

「……だから?」
「皇帝にしたのは彼だよねぇ?大体君も好きでやってるんじゃないじゃない?相変わらず唐変木というか激鈍というか。頭が回るだけに考えに柔軟性が無いんだよねー」
「何、ベルゼーヴァの悪口だけ言いに来たの?」
「でも彼って、皇帝じゃない時の君を知ってる。手合わせもしてる。今更『女性』を言い訳に使われたくないよねぇ、その恩恵に与った事がある男にはさ」

人の話を聞かない性分は相変わらずのようだ。抜いた剣をそのまま、狙いを定めてブン投げた。
勢い良く宙を裂いた切っ先だが、残念ながらシャリの肌を裂く前に見えない何かに止められる。

「だから何」
「君の願いを叶えに来たよ」
「……今更?私の願いなんて」
「今ひとつ、あるはずだよ」
「そんなもの、叶えてどうするの」
「それは君が決めるんだ。僕は叶える為に来ただけだから」

シャリの体の前には、時を止めたかのような刃がそのままだ。シャリは近づく事も無い。
相変わらず、人を誘惑する言葉に長けている。案外、悪い手段ばかりでないから質が悪い。

「……皇帝、辞めさせてくれるの」
「それは出来ないよ。君は案外この生活、楽しんでるじゃない」
「……、叶えてくれるとしたら、『それ』しかないの?」
「君が本当に、手合わせだけ出来ればいいってなら他にも手段はあったけどね」

シャリは見抜いている。隠そうとして、実際誰からも隠せていた筈の思いを。

「……君は、本当はベルゼーヴァを諦めたいんだ」
「………。」
「けれど二人で誓ったね?永遠の愛。だから、ベルゼーヴァにも諦めて欲しい。ベルゼーヴァには幸せになって欲しいんだ。自分が関与出来ない形で。でも、そんなの絶対に出来る訳がない。君は自分で解ってる筈だよ」
「………うるさいっ……」

誰に言える、そんな事。求婚を跳ね退けただけで周りの人間は随分驚いていた。
好きだから離れたいなんて、そんな馬鹿な話があるか。けど、結ばれない想いに何の価値がある。
マフェイドルが耳を塞いだ。改めて思い知りたくない。こんな、自分に芽生えた二回めの裏切りを。

「ベルゼーヴァの笑顔、好きなんだよね?」
「っ――――!!」
「自分が見られなくなっても、笑ってて欲しいんだよね?」

今のままで、それが叶わない事も解っていた。
『永遠』の効力は今も継続中だ。お互いに言えずとも気持ちがある事くらい解る。
マフェイドルはベルゼーヴァが誰かに想いを寄せる日が来るなんて、考えただけで吐きそうになる。
恐らくはベルゼーヴァも同じだ。けれど、今のままでは彼は幸せにはなれない。

「………シャリ」
「なに?」
「心を変えてくれる、って、できないの」
「……出来ないよ。少なくとも君達は、それこそイチから構築しても出逢ったら全部パーだね。なにこれ呪いの一種?」

冗談を交えながら口にするシャリだが、伏せるように寝台に丸くなるマフェイドルに足音をさせて近付いた。

「後悔なんて、しないよね?」
「……しないわよ。どちらにしろ、私は子供を産めない地位なんだから」
「もう戻れないかも、って言ったら怯む?」
「……怯むけど、結局同じよ。いいから、早くやって……!!」
「はいはい。……じゃあ、もう……寝てていいよ」

刃が鞘にしまわれる音がする。それを聞きながらマフェイドルが瞳を閉じた。

「痛くはないけど、少し苦しいから。……絶対目を開けちゃ駄目だよ。」

途端襲う眠気は、泣き疲れたからか。はたまた別のせいか。
もう、マフェイドルにはどちらでも良かった。それ程にベルゼーヴァの拒否が辛かった。

「おやすみ、マフェイドル」

その声を境に、さして苦しみもなくマフェイドルが眠りにつく。

流した涙の跡さえも、明日には消えてくれればいいと願いながら。







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