中編

□Bitter Rose
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「親父さーん、邪魔するわよー」

鍛冶屋の扉を開けたのはカルラだ。馴染みの雰囲気で気さくに声をかける。
内部は夜に近いのに、炉の火が燃えていて少し暑い。マフェイドルは懐かしい感覚に頬を少し緩ませた。

「これはこれは、カルラの嬢ちゃんに宰相さん!アイリーンまで!」

炉前で声がした。
軍御用達、のこの鍛冶屋は全員を覚えているようだった。そうでなくては客商売は勤まらないだろうが、マフェイドルには自分の名前が呼ばれない事が少しだけ寂しい。
顔なじみの店主ではあるが、自分の今の性別を改めて言い聞かせる。

「……見ない顔が居るな。新入りかい?」
「……まー、そんな所だね。今回用があんのはこの子だからさ、話聞いてやってよ」

カルラがマフェイドルの腕を引いた。

「わ」
「いーい、親父さん。今回の事について、あんまり他言はして欲しくないのよね」
「俺がそんな口の軽いタマに見えるか?」

じろり。店主の、検分するような姿勢がマフェイドルに向けられた。一瞬怯んだマフェイドルだが、恥じるような事は何も無い。思い直して目を見返す。

「……店主、お願いがあります」
「言ってみな」
「まずはこれを見てほしい」

話に割り込んだのはベルゼーヴァだった。
深紅の布を巻いた何かをカウンターに置く。布を外して出て来たのは、マフェイドルの折れた愛剣だった。今は破片ごと全て鞘に収めていて、中身を取り出したベルゼーヴァに店主は苦い顔をした。

「こりゃ、陛下の剣じゃねぇか!……最近病に罹られたとかいう噂を聞いたが」
「いや、陛下は元気だ。我々が手を焼く程。……これはその証拠だ」
「ってぇと、何か。今だ陛下はじゃじゃ馬真っ盛り、ってか?」
「臣下としては恥ずかしい限りだがな。……打ち直せるか?」

店主の唸るような声が聞こえた。考えあぐねているかのように腕を組み、そして何かに思い到ったのか、店の奥がわに歩み出す。

「……難しいのかな」

マフェイドルが小さく弱音を吐いた。
見えるのは店主の背中だけ。聞こえるのは店主の溜息と、何かを探す物音だけ。
やがて、盛大な溜息と共に店主が振り返る。

「―――――ファルビィティス、だったか」
「……え」

手には何かを持っている。
マフェイドルには見覚えがあった。長い、しかし小さく削られたその鋳型。鋳型は本当に、鋳造する部分だけを除いて削られている。それが店主の両腕でカウンターまで運ばれた。

「昔はあんなヒヨッコだったのによ。それがたったの半年で見違えて、二年しないうちに化け物じみて来やがって」
「………。」
「今や帝国皇帝だ。あんな名前、自分の剣に付けた時は驚いた。……そこの」
「……え、わ、私?」

急に指名されたマフェイドルは焦った。自分の話をされている最中に自分に当てられるのは困る。咄嗟に聞き返すが、店主はさほど気にした様子ではない。

「ファルビィティス。……どんな意味か知ってるか」
「………。『色とりどり』『色鮮やか』。花の名前とも記憶してます」
「そんだけじゃねぇ。転じて『美女』って意味もあるんだぜ」
「………………………………え?」

その言葉に、見事にマフェイドルが固まる。
それを見た店主は、何が面白いのか大声で笑い出した。

「成人してもないちんちくりんな小娘が、なんて名前つけるんだって思ったさ」
「……はぁ」
「お前さん、名前は」

自分の無知に恥ずかしくなったマフェイドルだが、名前を聞かれて顔を上げた。

「あ……えと、…………ロイ、です」

思わず実兄の名前を出したマフェイドル。店主は目を細め、ただ一言

「そうか」

と、呟いた。

「ロイ、陛下に伝言だ。『明後日の夜には出来上がる』、ってな」
「直るんですか!?」

マフェイドルが思わず喜色に染まった声を上げる。カルラとアイリーンがぎょっとした顔をするが、マフェイドルには気付けない。

「当たり前だ。陛下の二振りはギルド謹製なんだ、それが俺らに直せないで何が鍛冶屋だよ。……型だけでも残しておいて正解だったな」
「暫く訪れていないからな……。陛下には伝えておく」

ベルゼーヴァが返し、店主が軽く頷いた。そして店主が

「ロイ」

マフェイドルを呼んだ。

「は、っ、はい?」
「お前、丸腰だな。護衛にしては些か不注意が過ぎるぜ」
「あ」

言われてみれば、用意したのは服だけだ。武器は『最終兵器』の事で安心して念頭になかった。下士官の服を着て、宰相が側にいれば『護衛』にしか見えないのは当たり前だった。

「お、親父さん、言わないでやって。いいトコ出の間抜けなのこの子」

そのアイリーンの言葉には拳を握ったが。

「ちょい待ってな」

店主は奥に向かう。無造作に幾つかの武器を突き刺し入れた長籠の中からひとつを取り出し、それをマフェイドルに投げる。
難無く片手で受けとったマフェイドル。見ればそれは長剣だった。

「……あ、あの、これ」
「抜いてみろ」
「はい。……わ……」

それは柄に手を掛けた時。
女から男になり、手の幅も厚みも変わったのは確かだ。それまで愛用していた二振りが握りにくくなったのは、黙っていた。
それが、この長剣は手に馴染んだ。柄の感覚や窪み、質感だって好みで。
抜いてマフェイドルが溜息を漏らす。素朴を通り越したような、なにもない剣。けれどその握りがあまりに誂えたような感覚だったから。

「これ」
「昔、余った材料で打ったヤツだ。柄の型は名の知れた冒険者のものを使った。なまくらじゃねぇくらいには使える筈だ」
「凄く馴染む……。そこまで重くないし、握りやすいし」
「気に入ったなら、やるよ。所詮余り物だ」
「え、でも」

遠慮するような口ぶりでも体は正直で、握った剣を離そうとはしない。それは刀身を鞘にしまった後も。

「剣に慣れた人間が手ぶら、ってのが耐えられねぇんだよ」
「……!!」
「普通の下士官は柄の握りなんざ気にしねぇよ。よほど合わない限りな。いいから持っていけよ」

半ば強引な口調。マフェイドルはそれ以上何も言わずに頭を下げた。





「なぁカルラ、もしかしなくても、バレてる?」
「さてね」

店を出て少し。城に向かう最初の十字路でマフェイドルが口を開いた。腰に差したその剣の柄を握ったまま。弄ぶように柄を触っては感触に唇を緩めて。

「あの親父さんだけじゃない。人間何人も見てきたようなヤツは嫌でも何か感じるんじゃないの?」
「………。」
「ところで」

徐にカルラが振り返った。
その視線の先にいたのはベルゼーヴァと、ベルゼーヴァの後ろを歩くアイリーン。

「宰相、これからどうすんの?あたしら直帰って聞いたけど」
「………。ああ、私は帰るが」
「何か用事でもある訳?」

マフェイドルがカルラの顔を見る。一瞬だけ目が合って、カルラは軽く微笑みウインクを見せた。
それでカルラの意図が解ったマフェイドルはベルゼーヴァを見る。ベルゼーヴァもマフェイドルを見ていた。

「……生憎、私も忙しい身だからな」
「だからって、ご飯食べる時間はあるんじゃない?」
「………。」

二人の視線が絡まる。
身動きが取れなくなった。物理的な拘束はなくとも、その漆黒の瞳が真っ直ぐに向いていれば。

「何が言いたい、左将軍」
「カルラちゃんお腹空いたのー。宰相閣下の御相伴に預かれればこれ幸い、みたいなー?みーんな一緒に」
「……………。いいだろう」

少しだけ考えるような表情を見せて、ベルゼーヴァが頷いた。それでもさして困った様子ではない所を見ると、それ程差し迫って忙しい訳ではなさそうだった。

「陛下は、都合は宜しいのですか?」
「わ、私?」

折角カルラがお膳立てしてくれたのだ。

「……行くさ、勿論。第一希望はアクウィラ!」
「申し訳ありませんがアクウィラは出せません。野宿ではないので調達出来ません」
「………第二希望、キャロットスープ」

少々騒がしいながらベルライン邸を目指して四人が歩き出す。アイリーンは最初遠慮がちだったが、カルラが無理矢理手を引いていた。
マフェイドルは三人にそれとなく護衛されながら、自分の胸に手を当てていた。

――――ヤバい。心臓、変な音してる。

マフェイドルの左胸も思考も、緊張でいっぱいいっぱいだった。







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