中編

□Bitter Rose
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女帝が病の床に伏せっている。

そんな噂が首都に流れる頃

「困ったなぁ」

八方塞がりな皇帝が、頭を抱えて報告を聞いていた。





「困ったねベルゼーヴァ」

場所は皇帝執務室。小高く盛られた書類の山が鎮座する机の上に、頬杖をついてそう漏らす『皇帝』。

「ええ、困りました」

小一時間立ちっぱなしで書類の仕上がりを待つベルゼーヴァは、一枚も判すら押されない現状に溜息を吐いた。

「女帝は急病、長くないかも……って、ごめんまだピンピンしてるよ。女帝じゃなくなったけど」
「まだ元気であるなら早く書類を片付けて下さい」
「………。」

ベルゼーヴァの諌めの言葉に、皇帝マフェイドルがぷぅ、と頬を膨らませた。たいそう不満顔だが、もうベルゼーヴァは気にしない。

「……私も、執務を残しておりますので」
「え、っ……。べ、ベルゼーヴァ、もう行っちゃうのかい?」
「はい。……陛下はお疲れのようですので。暫くしたらまた様子を見に戻ります」

あまりに素っ気ない態度でベルゼーヴァが部屋を出ていく。取り残されたマフェイドルは書類を睨みながら、尚も不満そうな顔をするだけ。

「………ベルゼーヴァの、ばか」


女帝が男性になってから、早一週間が過ぎた。政庁の者は大半が知っているが、民の混乱を防ぐ為に厳重な箝口令が敷かれている。
それまで物腰柔らか控えめだった女帝は、今はおおらか朗らかな男前皇帝になっていた。


「どうした、我が主」

不満そうに机に伏せるマフェイドルを見に来たのはザハクだった。見に来た、と言っても入って来たのは扉からではないが。

「……べつに。」
「闇太子に相手にされず、悩んでいるのだろう?」
「うっさい黙れ」

核心をつくその言葉に、マフェイドルが睨むような視線とともに返事をした。正しくその通り、なんて言っているのと同じだそれでは。

「……だって、……皆、知ってるんだよね?」
「何をだ」
「……………………………その、……男同士だと、……どう…………スるのか」
「あぁ、(ぴー)(ぴーぴー)か?」
「うわぁあああああああああ!!」

なんとも過激な言葉が魔人の口から出た辺りで、マフェイドルが耳を塞いで絶叫した。顔も赤い。

「主よ、それは処女の反応だ」
「う、ぅうるさい!黙れ!!私を阿婆擦れと一緒にするな!」
「そうだな、故に面倒だ」
「………。」

マフェイドルがばさりと言われて少し黙り込んだ。

「闇太子は異性愛者だ。望む事が間違いであろう」
「………。」

全てを見透かしたようなその言葉に、更にマフェイドルが落ち込む。
どんな形でも、変わらず愛してくれる。そんな甘えが無い訳ではなかった。それが甘えというのなら。
実際、愛してくれている。その筈なのだ。……自分が男にならなかったなら。

「闇太子に縋るが憚られるなら、いっそ我のものになるか?」
「ひゃっ……!!?」

ザハクの唇がいつの間にか耳を掠めていた。形を確かめるようなその感触に思わず声が漏れる。
肩も押さえ付けられ、身動きがとれない。

「ざ、ザハク!?」
「我は主が主であるなら、属性としての男女などどちらでも構わぬ。……大人しく我のものになれば、あのような人間崩れよりも悦い目を見せてやろう」
「………っ、や、どこ触っ……!!」

肩を押さえ付けた逆の手が、服の上から胸元を通り過ぎ、腹部に到達し、ゆるゆるとその場を撫で回し始める。幾ら男になって筋力もあがったとはいえ、魔人のそれはまた別次元のものだった。

「やめ、ろ、この……変態魔人……!!」
「変態結構。しかし我の矛先は全て主に向かっているという事を忘れるな」
「―――――。」

その言葉は、不安定に揺れているマフェイドルには染みるように入ってきた。
自業自得とはいえど、それでも差し出される手があれば縋りたくなる。その手が暖かくても冷たくても。

「―――――――っ、やめろって言ってるだろうがぁああああああっ!!」

それでも、マフェイドルの中では自制心が勝利した。寧ろ、圧勝した。
振り払うより先に肘鉄一発、鈍い音がする。

「痛ぁああああ!!?」

痛みに呻いたのはマフェイドルだった。
ザハクの何処か解らない場所に打ち込んだ肘が痛みを訴える。
運よく拘束を逃れた体を起こし、痛む肘を抱え込んだ。

「ったく、一体どんな体だよ。皮膚の下に鉄板でも仕込んで、る、の、………か」

痛みによる涙目でザハクを振り返るマフェイドル。しかし、今まで居たであろう位置にはザハクはいない。

「……ざはく……?」

その視線をゆっくり下に移動させる。……全身を覆う青色を着込んだ茶髪が、背中を向け膝を付いていた。

「…………。」

後頭部向こうに、仄かな光が見える。あ、回復魔法だ。

「……主のじゃじゃ馬振りにも呆れたものだな」

すぐに口をきいたザハクだが、その声がくぐもっていた。

「悪いザハク」
「何がだ」
「鼻だったか」
「何の事だ」

文字通り、鼻をへし折った。色んな意味で。
不機嫌そうなザハクはあっと言う間に闇を呼び出しその中へ帰る。……そういや今まで顔面狙った事は無かったなあ、とあの美形魔人に思いを馳せて。

「どうしました、陛下!!」

入れ違いで執務室の扉を開いたのはベルゼーヴァだった。相変わらずの駿足にマフェイドルが乾いた笑いしか返せない。

「あー、なんでもないよ。ちょっと肘打っただけで」

一番に側に来てくれるのに、一番気持ちが解らない人に。





 ねぇベルゼーヴァ

 この体で何を言っても、もう、駄目かな?
 油断してみせても、ずっと側にいても、貴方はただ素っ気ないばかりで。


 もし「欲しい」なんて言ったら


 ………引く、よな。流石に。







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