中編
□Bitter Sweet
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「…………陛下、一体」
「ち、ちちちちぎゃうぞ!わ、わたしはべつに、そんな、べ、ベルゼーヴァ、誤解しないでくれ!!」
何故この男――本当は女性だが――は、叫ぶ声だけは裏返った声なのだろうか。声の高低はきちんと男性のそれなのに、その奇声には女性らしいものを感じさせた。
元々の性格なのだろう、とベルゼーヴァが無理に納得し、双剣の鞘を抜き、遠く後方へとその鞘を投げた。
「……将軍、何を吹き込んだ」
双剣を地面へと突き刺し、軽い準備運動を始めたベルゼーヴァ。対するマフェイドルは顔を真っ赤にしたまま、ベルゼーヴァに倣うように二振りを地面に刺し屈伸を始める。
「私は違う」
オイフェが平然と否定し
「えー、私だって。特別何か言った覚えなんてないわよ」
カルラもしゃあしゃあと言ってのけた。しかし、それだけでベルゼーヴァは薄々感づく。
「………。陛下」
「あ、う、……な、何?何だいベルゼーヴァ」
この狼狽ぶりは今日初めて見た。
ベルゼーヴァが溜息を吐いて剣を抜く。
「何を吹き込まれたかは知りませんが」
マフェイドルも剣を手にし、ベルゼーヴァの間合い外まで歩み寄る。集中しようと呼吸を整えながら。
「……それを言い訳には使わないで下さい」
「……解っているよ」
「本気で行きますので。……、後将軍」
オイフェの役職を呼んだベルゼーヴァに、本人が応えた。近場の石を手に拾い上げる。
二人の呼吸が整った頃を見計らい、オイフェが石を―――投げた。
地面に当たる音。
それを合図に、二人の脚が走り出す。
刹那、剣戟。
「っ……!!」
ベルゼーヴァの息が零れた。
元々最強と謳われたマフェイドルの剣だ。しかし、それは魔法力も相俟ってのもの。魔法を使用していない状態では、力勝負ではベルゼーヴァに今まで分があった。
しかし、今マフェイドルは男性だ。女性故の力不足が解消されている。しかも――
「どうした、ベルゼーヴァ!!」
金属のぶつかり合う音。振るう回数は、明らかにマフェイドルの方が多い。
女性のしなやかさそのまま引き継いだマフェイドルの剣は、ベルゼーヴァを圧していた。
乾いた音。四本の抜き身が重なった。
「……流石、陛下はお強い」
鍔競り合いになっても、優位なのはマフェイドルだ。
「褒めても何も出ないからな」
その言葉が、ベルゼーヴァの胸に刺さる。
このような姿になってまで。
それまでの性を捨ててまで。
これが彼女の望みだったのかと思えば。
想うが故に告げた言葉が、絶望しか与えなかった。……これで何回めだ。
一際大きい金属音。ベルゼーヴァが刃を振り払った。
「わ、っ!」
力の先を流されたマフェイドルがよろめく。向かってくるベルゼーヴァの切っ先を寸前で躱したものの、地面に膝を付いて避ける姿。
立ち上がる頃には、マフェイドルの髪を括っていた紐が解けていた。
「陛下の悪い癖です。油断をすると余分な力が篭る」
「……いつも言われてたっけ。流石師匠」
「………。」
『昔の方が良かったね』。……この口からは一生聞きたくなかった。
言いたいのはどちらだと思っている。最愛の人に、完全に拒絶されている今と比べたら。
叶わなくなるなんて夢にも思わなかった。今でも、あの頃の幻想に苛まれて苦しいのに。
「――陛下、私は申し上げました。本気で行く、と」
「……ああ」
「腕一本、……足一本くらいは覚悟するのですね」
それは警告だった。マフェイドルの背筋に一瞬氷のようなものが伝う。
どんな要求にでも応えてくれた最愛の人の、絶望を覚えた拒絶。貴方が私を皇帝にしたじゃない。なのに、何それ。
叶って嬉しい筈なのに、胸にある虚しさは何なのだろう?
「……斬り落とせたら、執務室にでも飾って欲しいな」
こんな形でしか愛を交わせないのなら
「では、その四肢全て頂きましょうか」
こんな形でしか想いが叶わないのなら
何故、最初から同性として出逢わなかったのか。
――――――金属音。
………銀色が、弾け飛んだ。
剣が真ん中からばきりと折れた。
柄を失った銀色だけが宙を舞い、地面に刺さる。
弾けた剣はマフェイドルのものだった。一本が折れ、その刃が抑えていたベルゼーヴァの切っ先がマフェイドルに向かう。
「――――!!」
マフェイドルが着ていたベルゼーヴァの服が破れた。
肩口に吸い込まれるようにして、その刃が肉を切り裂く。
「………っ、う、あ!!」
「陛、下………っ!!」
鮮血が溢れた。幸い、折れる前の剣に力が消費され、骨に到達した頃には刃の浸蝕は終わっていた。
それでも怪我には変わり無い。それも、随分深い。ベルゼーヴァが直ぐに刃を抜き、地面に放った。
「陛下、今回復を」
マフェイドルを座り込ませ、ベルゼーヴァが回復魔法を唱え始めた。黒い布地故に血は目立たない。それでも鉄の香りは鼻につく。
マフェイドルも剣を下ろし、されるがままになっている。そもそも、剣が折れた事で負けは決まったようなものだ。
「………腕、貰ってくれるんじゃなかったのか」
痛みを堪えた瞳でマフェイドルが問い掛け
「……腕を飾るより、貴方自身に側に居てほしい」
伏せた瞳で、ベルゼーヴァが答えた。
「わたし、……男だよ。」
「それが?」
「マフェイドルだけど、マフェイドルじゃなくなった。……貴方と、手合わせしたかった。どうしても。突き放されたみたいで嫌だった」
「……他には?」
「他には、って……!!」
回復途中に、ベルゼーヴァの腕が背中に回る。温かい魔法を肩に感じながら、頭を胸に押し付けられた。
「……突き放すくらいなら、最初から貴女を妻にとは望まない」
「………。」
「貴女だから、……君、だから。『マフェイドル』だから、欲した。君が君である以上、男だろうと女だろうと……いっそ、どちらでも構わない」
その胸が、女である時に感じたものより少し狭くて。胸が苦しくなって閉じた瞳から涙が零れた。
「……ベルゼーヴァ……っ」
「………。」
「……私を、あいして………。私に、好きだって……聞かせて……」
マフェイドルを抱きしめる腕に力を込めた。回復魔法なんて、唱える暇なんて無い。
望まれるままに、ただ、強く。
「愛している、マフェイドル」
「っ……ぅ、うぅぅっ……!!」
「……そのままでも、いい。……側にいてくれ。もう、離れないで……」
「ちょ、オイフェ、これってかなーりオイシい所だよね。あたしたちお邪魔?」
「間違いなく邪魔ね。退散するわよ」
カルラの首根を掴み上げ、二人とは逆方向へ歩み出すオイフェ。なにぶん二人の姿が男にしか見えないだけに、かなり背徳的な世界と化している。見るだけなら充分すぎる同性愛だ。
「……でもさ、オイフェ」
「何」
「陛下って、ちゃんと女性に戻れるの?」
オイフェが黙り込んだ。
伝承にも、性別転換の記述は無い。不老不死の伝承なら幾つかはあるが、伝承にないものを調べられる訳が無かった。
オイフェが一度だけ振り返る。
性別なんて簡単に変えられる訳、ない。それを知っているかのような二人だった。
「……戻らなくてもいいんじゃないの?」
「………。」
「決めるのは私達じゃない。私達は陛下に従えばいいの」
それだけ言うと、もう無言でカルラを引きずった。
残された二人の事を、少しだけ憂うような瞳で。
続……?