中編

□Bitter Sweet
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女性にしても男性にしても、どちらでも魅力的だなどとそんな酷い話があるのか。
流れるような指先の動きは変わらないのに、その指の太さは男のものだ。

二振りの刃を構えた皇帝は、女性であった頃の面影を見せながらそこにいた。





「……陛下、真剣ってヤバくない?」
「だから断られたんだよ。……怪我も勲章のうちなのにね」
「断るのは当たり前じゃない。……相変わらず我が儘ね」

政庁の中庭にカルラとオイフェが先回りしていた。オイフェも将軍の一人だ。オイフェが皇帝にとって一番の諌め役。ちなみにザギヴは聞き役、カルラは皇帝と一緒に暴走をする。ザハクは論外で、強いて言えば皇帝を苛立たせる役になる。

「昔は嫌でも真剣だったんだよ?それが何を今更ひよった事……。」
「情交痕でもない限り、陛下の体に何も残したくないでしょーよ」
「かっ、カルラ!!お前なんて事」
「ははは、カルラ。日の出ているうちはあまり聞きたくない下ネタだねぇ」

マフェイドルが双剣を抜き、刃に自分を映す。

「たまにはね、ベルゼーヴァに抱かれる夢くらい見るよ」
「………!!」
「嫌になるくらい優しく扱ってくれる時もあるし、でも酷く……痛くて、強く抱かれる時もある。……はしたない夢。そんなこと、解ってる」

映っているのは、女性だった自分じゃない。
それまでの全てを否定してでも欲しかったものがある。

「仕方ないじゃないか。今交わせるものは剣くらいしか無いというのに、それさえ嫌だと言われる。もう抱いて貰えないとしても、私はベルゼーヴァでないと嫌だ。抱かれるのも傷付けられるのも、全てベルゼーヴァがいいんだ」

言い切る形の惚気に将軍二人が顔を見合わせた。甘い甘い、溶けるような戯言。純粋にベルゼーヴァのみを欲する言葉は、二人には少々きつすぎるものだったらしい。

「………あんな分からず屋な玉葱のどこがいいんだか」

カルラが小さく漏らした言葉に、オイフェが数回頷いた。

「陛下みたいな器量良しだったら、もーちょい顔も性格も良い男くらい引っ掛けられたろーにね」
「え、でもそれはベルゼーヴァじゃないんだろう?だったら一緒だよ、嫌だ」
「……どうしてこうも揃って馬鹿なのかは置いといて。ねぇ陛下」

あまりに毒性の強い惚気ばかりを振り撒く皇帝に、ついにカルラの物言いが入る。目を丸くさせて驚くマフェイドルだが

「その姿で惚気るくらいなら、男同士なんだし気兼ねなく可愛がってもらったら?」
「ぶっ、げ、げほ、げほげほっ!!」

最初に動揺して咳込んだのはオイフェだった。マフェイドルは相変わらず何の事か解っていない。

「……可愛……?えと、だから、今から手合わせ」
「違くて。」
「??……でも手合わせするのは本当だよ。乗り気には見えなかったけど、ベルゼーヴァだから手抜きはしないと思うし」
「そーでなくて。」

オイフェはまだ咳込みが収まらない。ちらりとマフェイドルの姿を見ては咳込みを続け、苦しいのか顔が赤い。
カルラは困ったような馬鹿にしているような顔でマフェイドルを見ている。

「……おかしーなぁ、ねぇオイフェ。スラム街とか男娼居たよねフツーに」
「げはっ!……ん、な……ことに、ゴホゴホっ!……頓着、す……よ……な、人じゃ、ない……で、っしょ……げほ!」
「薔薇舞い散る世界を知らないんだね。なんとまぁ溺愛されっぷりが凄い」
「ザハクもなんか似たような事言っていたんだけど、……一体何」

再度困った目に遭わされているマフェイドル。抜き身の刃を持て余しながら、ぼんやり噴水を見ていた。

遠いいつかに、誰もいないこの場所で誓った『最愛』。
今でも有効かさえ解らないけれど、少なくともマフェイドルは性別が変わったくらいで揺らぐ思いなんて無かった。……本人に積極的に言える性別をやめてしまったのが後悔でもあるが。

「……これを機会に、ベルゼーヴァにはちゃんと誰かと幸せになって欲しいんだけどね」
「…………。」
「やっぱり、我慢してるベルゼーヴァを見るのは辛いよ。……嫉妬、もちろんするけど、この体ならきっと諦めもつくから……」

体だけじゃない。声だって男だ。ベルゼーヴァをよく知る体の深い所だって、もう、ない。
刃に映る自分が、一瞬刃ごと揺らいだ気がしたが、それも自分が泣きそうなのだと解る。
誰かと結ばれる事がまたこの地に戦乱を招く事になるなら、誰の子も産まないと誓った。あれから何年も経って、今更撤回なんて出来やしない。

「………本っ当、陛下って馬鹿だよねぇ」
「!!?」

浮かんだ涙を見られたくなくて、顔は向けなかった。カルラの切り捨てるような一言に、オイフェは何も言わない。多分、同意しているのだと思う。

「あの玉葱、陛下がどんなになっても絶対好きだよ。それなのに陛下、玉葱を見捨てるような事言うんだね」
「見捨て……!?カルラ、私はそんな」
「じゃあ何。あの玉葱が簡単に心変わりするっての?今までそんな事した?……陛下も玉葱も、両想いに変わりはないけど、陛下は平気で玉葱を軽い男に見るんだね」
「……そんな、つもりじゃ」

マフェイドルの口から出るのは、そんな上辺だけの否定。確かに、本人にはそんな意思は無かった。けれど、聞く側にはどう聞こえただろう?
見るからに萎れたマフェイドルに、カルラが一転笑いかけた。

「本当ーに、玉葱大好きっ子だよねー陛下は。よしよし」
「わっ、か、カルラ……!!」

背伸びをしてマフェイドルの頭を撫でながら、カルラが邪悪な笑みを浮かべた。冷ややかささえ感じさせる笑顔にマフェイドルが一瞬息を呑むが、逃げる術は今は無い。

「そんな陛下にいいこと教えてあげるね!!」
「……まさか、カルラ、お前」
「オイフェちゃんは黙っててねー。こんな美味しそうな状況逃がす訳にいかないもーん」

オイフェもさして強く止めない事に、マフェイドルが驚いた。一体何を吹き込まれるというのだ。これまで女として生きてきて、年齢も変わらないカルラに何を。
カルラの唇が耳に寄る。女性の吐息は男にとって、こんな蠱惑的なのかとドキドキした。

「ごにょごにょごにょ」
「……………!?……へ!!?」
「ごにょごにょ」
「…………!!!!?!?」

カルラが何事かを呟く度に、マフェイドルの顔色がみるみる赤くなる。オイフェがそれを薄笑いで見守っていた。
まさかこれまで無知だとは。本当に、どこぞの玉葱と結ばれるだけで精一杯だったのだろうなと生暖かい気分になる。

「………ぁ、か、る……カルラ、か、かかかかかか」
「うーん、楽しいねぇ。背徳的なものってどうしてこうも好奇心を掻き立てるんだろ!!ねぇオイフェ!」
「私に聞くな」

髪と同じような顔色をした真っ赤なマフェイドル。口が上手く回らず意味を成す言葉は何も語れていない。尋常でない程に茹で上がったマフェイドルが

「陛下、只今到着しましt」
「うひゃあああああああああああっ!!!?」

自分の得物を手に、ようやく到着したらしいベルゼーヴァの声だけで奇声をあげていた。







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