中編

□Bitter Sweet
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「わは、サイズぴったりだ!!」

暫くして、ベルゼーヴァが持ってきたのは自身の制服の代えだった。同じサイズ同じ形、それを着こなしたマフェイドル(♂)は凛々しくも格好良い。
肩までの髪を軽く縛り、普通に見ればとても朗らかな好青年ではある。……本来は男性ではなく、女性なのだが。

「一回このデザイン着てみたかったんだよなー、格好良いな!!」

無邪気にはしゃぐ姿は皇帝とは思えない。そんな皇帝を取り巻くのは四人いる将軍のうち、二人。
ザギヴとザハク。そして壁際でうなだれるようにして立っているのが宰相であるベルゼーヴァ。

「は、……はい、その、よく……お似合いで」
「ありがとうザギヴ。……ベルゼーヴァ、いつまでふて腐れているんだい」
「誰のせいですか誰の。」

全て解っている癖に、全てを笑顔で煙に巻く。ベルゼーヴァはマフェイドルに、マフェイドルと近しい者の影を見ていた。
流石兄妹。……脳裏にそう浮かび、首を振ってその言葉を思考の奥へ追いやった。
性別転換というものは性格まで変わるのか。これでは別人のようだ。
何故男になったのだ。しかも本人は性別が変わった事に対して何も言わない。自ら変わりたがったというのか?……これでは、もう―――

「闇太子。よもや、主が男になったから手を出せぬ……と、思っている訳でもあるまい」
「!!」

そんなベルゼーヴァの胸中を悟ったかのような、ザハクの一言。

「へ……、ザハク、何を言って」
「寧ろ、子を成す事が無いだけ良いのではないか。主も、子は要らぬと男を拒んでいるのだろう?」

ザハクの嘲笑が、ベルゼーヴァには下卑たものに見える頃

「……?ザハク、それはそうだけど」

マフェイドルが、何も解っていない顔で

「それがどうして、ベルゼーヴァが手を出すどうこうになるんだい?」

そんな問い掛けをするものだから、目に見えてザハクが凍り付いた。嘲笑さえ一瞬にして消える。

「……………………主……?」
「やだなぁザハク、男同士だよ?あ、頭の経年劣化でそんな簡単な事も解らなくなった?」

ザギヴは顔を真っ赤にして俯いている。唯一の女性だ、流石にこの状況は辛いだろう。
ベルゼーヴァは目を点にしたまま動かない。流石に三人の雰囲気がおかしい事に気付いてマフェイドルが居心地悪そうに肩を縮めた。

「闇太子、つまり」
「…………。」
「後孔は処z」
「消えろ」
「……?………???一体何の話なのかな?」
「わ、っ、私ガラーナに仕事を任せたままですのでっ、失礼します!!」

ついに耐え切れなくなったザギヴが走って逃げ出した。露骨な発言をしたザハクのせいだが、ザハクは更に楽しそうに笑みを深めた。

「大切にしてきたようだな」
「私のものだからな」
「手垢がついていようが、主が主であるならば我は欲する。……しかしそうか、それさえ知らぬか」
「下品な事を考えるのは止めろ。妄想の中でも陛下を汚すな」
「では実際に汚していいのか」
「余程もう一度眠りたいとみえる」

宰相が抜刀する構えになって

「べ、ベルゼーヴァ!流石にここは汚さないでくれ!!」

マフェイドルが焦ったような声をあげた。

「私は別に、喧嘩させたくて男になったんじゃないんだよ。……目的があってね」
「目的?」
「そ、目的。」

ベルゼーヴァが問い返す。マフェイドルが笑顔のまま、ベルゼーヴァの側に歩み出した。
一歩。
二歩。
三歩。
四歩を数えた時、ベルゼーヴァの頬を何かが掠めた。

「………っ、!?」
「……この姿なら。……私が男なら、してくれるんだよな?」
「へ、……い、か」
「私が皇帝だから。女性だから。……だから駄目だった。昔はもっと、一日中二人で……。」

ベルゼーヴァの頬から、一筋の血が流れた。
掠めたのは銀色の刃。皇帝が振る一対の双剣。
驚いたのはベルゼーヴァだけではない。勿論ザハクも。抜刀したのがわからなかった。それが、何故ベルゼーヴァに向いたのかも解らない。

「手合わせ、して。」
「………。」
「だから私は男になった。……昔の方が良かったね、私達はもっと解り合えてた」

マフェイドルから朗らかさが消えた。
女性的な執着心が現れ、外見とちぐはぐな雰囲気をさせている。

「外、出よう」

マフェイドルが顎で促す。女性であった時は可憐さや気の強さが表立っていたが、今は違う。

「今度は逃がさないよ。……ベルゼーヴァ」

男性としての潔さではなく、女性としての粘着性を帯びた声がベルゼーヴァを捕らえた。
元々女性だ。綺麗盛りの女帝だ。今は倒錯的な雰囲気で、それに酷く色気を感じる。

「………は、い」

今は男なのに。
ベルゼーヴァは応えるのに精一杯だった。
とても綺麗で、一本芯の入った男。
でも違う。ベルゼーヴァが愛したのは『マフェイドル』というひとつの個だったのだから。

「……主よ、我が問いに応える気はあるか」

それまで二人を見ていたザハクが不意に尋ねた。見守る訳でなく、ただ、見ていた。女帝至上の魔人なだけに、女帝が殺意さえ帯びている決心を邪魔する程野暮でもない。

「……何だい、ザハク」
「この迂闊な闇太子は、昨日主に何と言ったのだ」
「簡単な話だよ」

女帝至上なだけに、主の感情には敏感だ。なにかにつけ自分の感情を隠したがるマフェイドルではあるものの、結局はザハクには筒抜けになるのだが。

ザハクには解っていた。今日明るく振る舞うのは性別が変わったせいではない。昨日、泣いていたからだ。

「久しぶりに手合わせしたい、って言ったら、皇帝だし女性だから駄目だ、って。」

刃を鞘に仕舞う音。それを最後にマフェイドルが外に向かって歩き出す。
残されたのはベルゼーヴァとザハク。ベルゼーヴァの表情が、少し赤い。

「………闇太子、男でも構わぬといった気になったか?」
「っな、な、何を馬鹿な!!」
「先に言うが、我はあれがあれであるなら性別などに頓着しない。……徒労だな闇太子、手を出す気が無いなら早目に手を引け」

嘲笑に慣れたベルゼーヴァでも、ザハクが一瞬見せたその笑みに言葉を呑んだ。ザハクの嘲笑には、時折別の感情が含まれる事がある。その殆ど全てが女帝に関するものだというのは割愛するとして。
今回の嘲笑は『侮蔑』と『勝利』。……既に勝ち誇った気分でいるのだ。

「……誰が!!」

先に消えたザハクに吐き捨てるように言い、マフェイドルの後を追う。
彼女―――いや、彼は本気だ。

だからこそ、ベルゼーヴァが己の刃を握る手に力が篭った。







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