中編

□Bitter Sweet
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ディンガルの要である、首都エンシャントの政庁。その場所は皇帝の居住場所も兼ねており、観光名所としても有名な場所である。

現皇帝というのが、それはそれは有名な元冒険者だった。ディンガルの血筋は引いていないが、民からの信頼が篤い。部下からの信頼も然別。
それが妙齢の美しい盛りという女性だから更に神秘性が増す。

女性だった。

はず、だった。


























「ぎぇええええええぇえ!!!?」

その日朝早く、将軍カルラの奇声が政庁に響いた。
場所は皇帝居住区、その寝室。普段は蟻一匹入れない厳重さで警戒されているが、将軍は皇帝の友人な為に簡単に入れる。
その将軍の叫び声、というのだから尋常ではない。地位持ちの、それも幹部クラスの人間が一斉に走り出した。
既に早い者は仕事に着手していたが、それさえお構いなしに一方向に一目散。
その中でもいつの間にか先頭を走っていたのが―――――



「ご無事ですか、陛下!!」

一番最初に寝室へ乗り込んだのは、帝国宰相ベルゼーヴァ。息を切らす事なく、とことん平静を保っている。

「将軍、なにが、あっ、…………」

た。
声にならない言葉を唇が語りながら、ベルゼーヴァの視点は一点から離れない。
視線の向こうには、ガタガタと震える将軍―――カルラと

「……ベルゼーヴァ?お早う」

寝台に居る、赤髪の人物がいるだけだった。

「気持ちの良い朝だね」

皇帝と同じ色をした髪の、『男』だった。



「ど、っ、だ、どぁれだ貴様ぁ!!」

ベルゼーヴァの背後で声がする。誰か将軍付きの幹部だった気がするが、ベルゼーヴァは今それどころではない。

「……?やだなぁ、私だよ。マフェイドル」
「う、ぅぅううう嘘を吐け!!陛下はもう、こう、可愛らしい女性で………!!」
「ああ、そうか。そうだね多少驚くよね」

多少か!!その場に集まった幹部が心中で声を揃えた。
でも、だって、認められない。認める訳にいかない。国家転覆を謀る人間に謀られる訳にいかない。もし本物の陛下が別にいるなら、偽物に騙される訳にいかない。

「マフェイドルしか知らない事………。何かあるかな。そうだ、ベルゼーヴァ」

呼びかけられたのは宰相であるベルゼーヴァ。しかし

「………ベルゼーヴァ?」

彼は真っ白になっていた。

「ベルゼーヴァ?……ベルゼーヴァ?おかしいな、この位で動揺するとは思わなかったけど」

アンタ鬼畜すぎるだろ。
ベルゼーヴァの想いを知っている幹部が心中で声を揃えた。
帝国宰相ベルゼーヴァはその冷徹さで知られているものの、ただ一人には弱くて甘い。
それこそ現皇帝マフェイドル。宰相がただ一人、心から愛する人。
現状は両想いだが遂げる事叶わぬ恋として、またこれもディンガルに伝わる悲恋のひとつに数えられている。

「別にいいか。……ザハク、ザハク!!」

凜とした男性の声が響いた。

「呼んだか、ある、……じ、………」

やがてどこからか現れたのは、薄笑みを浮かべた一人の男。
……人を嘲るような不遜な笑みが、一瞬凍り付いた。

「………昨晩と随分印象が違うな、主よ」
「私の呼びかけに応えておいて、それも何だね」

将軍の一人であるこの男は人間ではない。かつては人間と敵対し暴君と呼ばれた『魔人』である。
今は勝手に皇帝マフェイドルを「我が主」と呼び、勝手に側にいる。魔人なものだから戦力としての使い勝手が良く、マフェイドルは比較的早くに将軍の地位に就かせた。

将軍とは名ばかり、実際は皇帝親衛隊である。

「き、っ、………さま……」
「………。」
「陛下を変えたのは貴様か暴君!!!」

漸く宰相ベルゼーヴァの思考が動いた。そのやっとの発言もザハクは一笑に伏す。

「我とて、女としての味見を果たす前に男に変えるなどという愚行はしない」
「殺す」
「冗談だ闇太子。……そもそも性別転換など我の領分ではない。望まれても出来はしない」

ザハク含め魔人の欠点は、すぐに婉曲な言い回しを使う事だ。しかし、否定する時は全てを素早く言い切る。
話術は巧みだが魔人なだけに人と同じ感性は無い。それが他の面々を苛立たせる原因になる。

「……貴様は、この男が………陛下、だと、……そう言うのか」
「貴様が一番解っているのではないか?……この狭い政庁、『あの』主を、誰がどうこう出来るという。それも、我にも誰にも気付かせぬままに」

皇帝マフェイドル。
伝説になった最強の、元冒険者。

「……随分信用無いね、私も」

ベルゼーヴァは認めたくなかった。

「じゃあ、何かクイズをしよう。私しか……マフェイドルしか知らないような問題を出してごらん」

認める訳にいかなかった。
最愛の人が、同性になるという悪夢を。

「………陛下」
「何だい?」
「貴方が答えられない場合、即座に斬り捨てますが宜しいか」
「……構わないよ。」

ベルゼーヴァが息を吸った。認めたくないのと、薄々気付いているのと。二つの感情が苛む。

「……では」

とはいえ、ベルゼーヴァは未だ思考が固まったままだ。逡巡しながらも、視線はマフェイドルから離せない。

「貴方が皇帝になるまで、市井で言われた通り名を全て。」
「………だめだめ、ベルゼーヴァ」
「……?」

ちちち、とマフェイドルが指を振る。今まで一度も、女性の姿では見せた事がない仕種。

「そんなの、全員知ってる。……全員。そうだろうカルラ?」
「はぇ?……え、どうして私に振るの」
「そんなのは問題にならないよ。……別のにしてくれないか」
「………。」

それがベルゼーヴァは、上手く煙に巻かれた気がして苛立ちを覚えた。

「……では貴方の家族構成を」
「実兄がひとり、義兄がふたり。実兄には妻がいて、子供がふたり。ああ、奥さんには弟がいるね。そうか、今考えると私の親戚かぁセラは」
「………。正解です」
「駄目だよベルゼーヴァ。……これは、主要幹部の大半は知ってるし、将軍は皆知ってる。ねぇガラーナさん」
「………私に振られますか、陛下。いやしかし、確かに」

またもや小馬鹿にした言い方に、苛立ちを募らせるベルゼーヴァ。

「ベルゼーヴァ、君らしくないよ。下手すれば私でも知らないような問題出すだろう」
「……迷っているだけです」
「私しか知らない事。そう、だから君も知ってる。二人だけしか知らない事。……例えば」

マフェイドルの口許に、指が運ばれた。その仕種は男の見た目なのに、どこか艶がある。

「……紅茶」
「………?」
「服に、紅茶。……馬車。廊下の一番奥って、言われた。……あれ、あの日のお茶菓子は何だったかな」
「………!!」

みるみる、ベルゼーヴァの表情が変わる。他の面々の表情は不思議そうにしているだけだ。

「帰りたいなら帰っていい、と言われた。……取引じゃない、お願いだった。お願いの内容、流石に今は言えない。…………ひとり、たりない。」

それは確かに『二人』しか知らない事。彼女が誰にも漏らしてなければ。

「ねぇベルゼーヴァ」

『彼女』が、漏らしてないなら

「全部言っていいのかい?」

何故『彼』が知っているのか。……答えは一つしかない。

「――――――解りました、もう、結構」
「よかった」

全然良くない。ベルゼーヴァの表情が悔しさで歪む。その表情を覗き込むようにして、カルラが問い掛けた。

「……ねぇねぇ宰相、今のって」
「気にするな、何でもない」
「……………………。あやしーんだ」
「そうだ、ベルゼーヴァ。お願いがあるのだけど」

何も気にするでもない風のマフェイドルが、寝台の中から声をかける。

「………何、でしょうか」
「服、貸してくれない?男の体は初めてだから」
「……………。」

そのあまりの呑気さに、ベルゼーヴァが唇を噛み締めながら寝室を後にした。







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