Fgo

□意味深に触れた指先
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「え、ランサー聞いてなかったのか?」

今日の衛宮家はグラタンらしい。ミトンを手につけグラタン皿を持っている衛宮が、不機嫌なランサーに問いかける。
未那と数日、連絡が取れていない。ランサーがバイトや私情で未那と離れていたが、時間が出来た今日部屋に寄っても帰ってきていなかったのだ。だから衛宮邸に押し掛けた、のだが。

「未那さんは友達に誘われて、今日は商店街にある居酒屋で飲み会らしいよ」
「はぁ?聞いてねぇよ」
「ランサーがあの人ほっといて、バイト三昧の日々送ってるからでしょ」

今日は衛宮家で夕飯をご馳走になるらしい遠坂も、ランサーの発言には呆れ顔だ。食卓に頬杖をついて、料理が並ぶのを待っている。

「……そういや、今日は合コンとか言ってたかな」

ぴりっ。
衛宮のその一言で、ランサー周囲の空気が変わる。

「…………………合………コン…………?」
「『誘われたからタダ酒飲める』って言っ、え、ランサー?」
「駄目よ衛宮君。私でも言わなかった地雷を踏みつけるなんて勇者ね貴方」

セイバーが自然な動きで衛宮の前方に入る。有事の際には衛宮を守るためらしいが、その心配は要らなかったらしい。

「―――――ハ。ハハ、ハ」

乾いた笑いはランサーのものだ。

「あいつにゃ、一回『お灸』を据えてやらねぇとなぁ………?」
「ナンパな客引きは相変わらずって聞いてるのに、ダブルスタンダードも良いところねランサー」

遠坂の突っ込みも耳に届いていないらしい。
そのまま、事件でも起こしそうな雰囲気でランサーが衛宮邸を出ていった。



ランサーが時折未那の部屋に転がり込むような関係になってからは、未那はランサーの前でアルコールを飲まなくなった。
その原因は自分だということをランサー自身も解っていたし、だからこそこれまで未那を丁重に扱ってきた。
確かに軟派な客引きは止めていない。売り上げにも繋がるからだ。だからといって私生活で未那がそんな事をする意味は無くて、ランサーへの当て付けに他ならない。

件の居酒屋の側に来た。
出入口が見える場所で様子を確認する。暖簾が掛かり磨りガラスの向こうは明るいから、営業しているのは間違いない。中から何やら騒ぐ声が聞こえ、ランサーが舌打ちする。

ランサーは、普段の未那を知らない。
秘密主義ではないだろうが、大学での生活を殆ど語らない。何をして、何を楽しんでいるのかも言わない。どんな友人がいて、どんな人間に囲まれているのかも分からない。知っているのは衛宮邸と彼女の部屋を中心とした世界のみ。

「………いい身分だなぁ、未那」

煙草を燻らせるランサーが、自分の胸から下が冷えていくような感覚を覚えた。
あれだけ躰に教え込んでも、たった数回では忘れられてしまうらしい。深く裡まで刻み込んでも、それが所有の証にならないというのなら仕方ない。

今度は死ぬ手前まで犯してやろう。
手加減ももう必要ない。二度と余所見が出来なくなるよう、泣き喚いても許さない。

その時、居酒屋の扉が開いた。

「――――……。」

出てきたのは、女性に肩を貸して笑っている未那。

「じゃ、『本当に良い』んだね?」

未那が振り返り、何やら仲間に問い掛けている。
ぞろぞろと出てくるのは、今回の飲み会の相手か。
女性は四人。うち一人は未那で、もう一人は未那に肩を貸されて俯いている。
男も四人。うち二人は一人ずつ女性と並んでいる。

「『大丈夫』。じゃ、私らはこれで」
「またね、未那。ごめんね、あと宜しく」

二組の男女のペアは、手を振って歩いていった。
残ったのは、未那と一人の女性と二人の男。

「未那さん、代わろうか?俺がその子送っていくよ」
「ふふ、結構です。すみませんね潰れちゃって」
「でも、未那さんだって」
「この子の住所知らないでしょう?ごめんなさい、そろそろ私も帰らなきゃいけないし丁度いいんです」

未那の声と話し方は、ランサーが今まで一度も見たことがない『お客様対応』だった。
………男の目的は、どうやら未那の肩で寝こけている女性にあるらしい。笑顔で対応する未那の様子に手慣れたものを感じたランサーが、未那に詰め寄る事も忘れて様子を窺っている。

「じゃあさ、未那さん。未那さんの連絡先教えてよ」

男の発言が聞こえた瞬間、ランサーの目付きが変わる。素人相手に心臓を抉るまで何秒かを試算し始めた。

「私の連絡先?悪いんですけど、私携帯無いんですよ」
「え、持ってないの?」
「はい。……あ、もうこんな時間。早くしないと、家の人がうるさくって」

家の人って――――お前、独り暮らしだろ。
そう心の中で突っ込みかけたランサーがふと気付く。家の人って、もしかすると俺の事か。

「箱入り娘なんだね、未那さん」
「…………。両親とっくに死んでる女が、どんなけったいな箱に入っているんでしょうね?」

男にとって軽い雰囲気の冗談だったつもりだろうが、未那は笑みを消して吐き捨てた。営業スマイルをかなぐり捨てる程度には地雷の言葉だったらしい。
男二人が引いている。しぶしぶ背中を向け歩いていく男達の背中を見送りながら、鼻息荒く大通りに向かい始める未那。

「……ったく、甘く見るんじゃないっての」

独り言を呟く姿を目で追いながら、ランサーが煙草を消してその後を追う。未那は大通りでタクシーを捕まえて、金と肩の女性をタクシーに預けていた。
走り去るタクシーを見ながら、溜め息を一回。

「………よし」
「何が『よし』だよ」

任務完了、とでも言いたげな頷きに、ランサーが背後から突っ込みを入れる。全身を震わせ、恐る恐る未那が振り向いた。

「………『月夜ばかりと思うなよ』って、アレ現実にあるのね……」
「俺に言うことあんだろ、未那」
「い、言うこと?」
「あの野郎共、一体何だ」

返答によっては―――――。
殺意も嫉妬心も隠しきれていないランサーの表情に、未那が息を詰まらせる。本気で『死ぬかもしれない』と思ったのは、これで人生三度目。

「……見て、たの……?」
「質問を返すな。答えろ」
「………と、友達が」

未那が震えた声を絞り出す。最近では感じなくなっていた、この男への恐怖を思い出した。
知っていた。『この男は人間ではない』と。

「………合コンするから、数合わせに来てほしいって」
「で?男漁りにホイホイ参加ってか?」
「違う!ただ、他の子が……本気で狙ってる人がいて、絶対お流れにしたくないって……お願いされて」
「………それで?」
「………今度お酒奢るからどうしても、って言われて…………。私が一番お酒強いから、最悪誰かが『潰された』時も安心だからって………。だから」

消え入りそうな声は続かず、間が空いた。未那は肩を窄めて震えている。普段の気が強い姿とは違い、小動物めいた様子にランサーの毒気も抜かれていった。
ただ、その様子がどこかおかしくて、まだ苛立っている振りをする。

「………『だから』?」
「……だから………別に、男遊びとか、考えてた訳じゃないの………」
「本当に、か?」
「っ、だって!!」

未那の瞳に涙が溜まっている。今にも溢れ落ちそうなそれは、ランサーの中で歪んでしまった支配欲を僅かばかり満たす。未那に自由意思を与える以上、完全に満たされる事がないと確定している欲。

「………私が、好きなのは………ランサーだけだもの………」

涙が流れた。

「疑わないでよ。言わずに合コン来たのは確かに悪かったけど、だって、相談しようにもランサーいなかったじゃない」

絞り出すような声は、いつもとは違う大人しい音色で。手首で涙を拭いながら、ランサーを責めるか細い声。

「自分は好き勝手してるのに、私ばっかり怒らないでよ。これでも我慢してるのに、私にだけ制限するのは酷―――」

言葉が止まる。
ランサーが未那の手を引いて、胸元に抱き寄せていた。

「似合わねぇんだよ」
「………。」
「結局お前に得なんて無ぇじゃねぇか。酒だって、俺と飲んだ方が楽しいに決まってんだろ」
「……言うわね」

結局のところ、確かに『新しい出会い』に興味のない未那に合コンなどというものは不似合いなのだ。
ランサーだって、本気で未那が男漁りに行ったとは思っていない。そんな狡猾な女だったら、あんな手段で手に入れようとはしていないし、そもそも欲しいと望んでいない。

「俺を妬かせようなんて二千年早い」
「……随分数字増やしたね……って、え?ランサー?妬いたの?嘘でしょ」
「黙っとけ」

夜の闇に紛れて、唇が重なった。
未那の唇を撫でるように触れたランサー。未那からアルコールの香りが殆どしないのに気付き、未那の顔の前で笑みを浮かべた。

「どーする、俺と飲み直すか?」
「……、………ぁ、え、ちょ」
「飲み屋か、酒買って帰るか。それとも、このまま帰るか?」

暗いとはいえこんな大通りでのキスなんて、恋愛経験のない未那には想定範囲外の事で。フリーズしかかっている未那の肩を抱いて、未那の家の方角に向かい始めた。

「お前も強情だよなぁ。どうせ俺に喰われるんだから酒飲もうが飲むまいが関係なくね?」
「………そういうのが嫌なの」
「あ?……俺に抱かれるのが嫌ってか?」
「逆」

僅かでもアルコールを摂取した未那の羞恥への抵抗は、やや弱まっていた。

「ランサーとの………は、……なるべく全部、覚えておきたいもの」

ぷちーん。
ランサーの理性の糸が音を立てて千切れる。
その場で未那を小脇に抱えた。

「え、ランサー!!?」
「捕まってろよ、部屋まで急ぐぞ」
「なんっ、うわ、きゃーーーー!!?」

跳躍。
サーヴァントとしての能力を無駄遣いするように、夜の街を部屋に向かって障害物無視で一直線に疾走する。キラキラ光る夜景も、ゆっくり堪能する暇もない。

「今日もしっかり覚えてて貰うとするかね」

景色が勢いよく流れていく中で、未那の耳にランサーの声がはっきりと届いた。

「途中で意識、飛ばすなよ」

今日はどんなことをされるんだ。未那が先程とはまた違う意味で震えだす。
自分に与えながら奪い尽くす事が好きな男のその背中に、力なくそっと腕を延ばした。





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