Fgo

□意外性に溢れた獣
1ページ/1ページ

白の花弁が赤く染まり散らばった。
夢と現に微睡んだ昨日は、何もかもを溶かした気さえする。
……具体的には、安定した単位取得に向けた受講予定の講義とか。



「いらっしゃ……、うわぁ…………」
「その反応は傷付くよ衛宮君」

約束していた、衛宮家の餃子を堪能しに呼び鈴を鳴らした。出迎えてくれた家の主はこちらを見るなり、何もかもを理解した顔をして一歩後ずさっていたが。

「邪魔するぜー」

その反応は正しい。
昨日までぎこちなかった男女二人組が、今日は男が女の肩を抱いて家の前に立っているのだから。
狭いわけでない玄関、そこを二人並んで入り込む。流石に框では窮屈なので、先に靴を脱がせて貰った。

「餃子っつったらコレだろ」

大きい買い物袋にパンパンに入れた缶ビールを持ち上げながら、連れの男ーーランサーが嬉しそうに言った。結局ソレか、という突っ込みが衛宮君の瞳から見て取れる。
ランサーも見事に衛宮君に胃袋を掴まれているらしい。

「ごめんね衛宮君、色々。もう私は衛宮君の家では二度と飲まないから」
「え、別に俺は気にしーーー」
「私が気にするの。本当にごめん、もう二度と飲まない」

優しい衛宮君が構わないと言ってくれるのも解っていた。けれどこれは自衛にして意地だ。
衛宮家、もとい、この男―――愛しく憎っくきランサーの前では金輪際飲まない。場合によっては死ぬまで飲まない。

いつもの居間に上がり込み、セイバーに軽く手を振った。向こうも振り返してくれるのだが、私の後ろから現れたランサーを見て嫌な顔をする。

「衛宮君、これどうもありがとう。昨日のおかず貰ったタッパー」
「また今度でも良かったのに……。いや、どうも」
「何か手伝うことはある?」
「いや、無いよ」

手伝いの申し出をするも家主から否を貰ったので、安心して寛ぐことに決めた。卓前に座ってセイバーを見る。

「ねぇセイバー」
「何ですか、未那?」
「セイバーってお酒飲んだとこ見たことないけど、飲まないの?」
「いえ、飲もうと思えば飲めるのですが……それよりもシロウの食事の方が」
「なるほど解った」

単純明快な理由に笑みが浮かんだ。確かに彼の食事はそう言わせるだけの味がある。

「そんな食事の分け前貰う贅沢をお許しくださいー」
「そんな風に言われても、食事はシロウの厚意で用意……ん?」
「……どうしたの?」
「未那、喫煙者でしたか?」

怪訝な顔でセイバーが言った。
鋭い指摘にドキリと心臓が跳び跳ねる。

「……ち、違うけど」
「その割には、未那から煙草の匂いが」
「あー、それな」

背後から覗き込むように、ランサーが話に入ってくる。セイバーの表情が一瞬で警戒したものに変わったが、彼は一切気にしていない。

「俺のマーキング」
「まー………?」

セイバーの表情が間の抜けたような、理解が追い付かない顔に変わる。ランサーの発言は、純粋な人にはすぐに理解出来るものじゃないだろう。
しかし台所からはなにやらガッチャンと食器の鳴る音が聞こえたから、衛宮君にも聞こえていたらしくてちょっとだけ後悔した。

「ランサー!」
「ま、つまりはこういう事だ」

ばっ、と首元に手を入れられ、胸元近くまで服を広げられた。あちこちにがっつり付いたキスマークを晒され、自分もセイバーも顔が真っ赤だ。

「ひゃーーーー!!!」
「ランサー!貴方は未那まで毒牙に掛けたのですか!!」
「人聞きの悪ぃ事言うなよ、互いに同意の上だ」
「未那!?そうなのですか!!?」

喉奥で笑うランサーの意地悪な笑顔が小憎らしくて、睨み付けてやっても手をヒラヒラさせて逃げられた。多分煙草吸いに外にでも行ったのだろう。
セイバーからの問いは……まぁ、否定できる訳もなく。

「………うん」

頷くと、セイバーが目の前でふらりと眩暈を起こしていた。机に突っ伏して呻いている。

「セイバー!?」
「あの男に、まさかこんな近くで毒される者がいようとは……」
「……セイバーってランサーのことそこそこ嫌いよね」

こんな華奢なセイバーとランサーの確執(といってもランサーは遊んでるだけに見えるが)は、多分聞いてはいけないものの類いなのだろう。
私だって、ランサーについて知っていることは多分、皆よりは少ない。

「大丈夫よ、ランサーだって本気って訳じゃないだろうし」
「――――未那?」

机に顔を乗せたまま、セイバーが上目使いでこちらを見てきた。その視線が気まずくて、少しだけ目を逸らす。

「その内、別の人見付けてどっか行くと思う。……傷付かないようにしてるから、大丈夫なの」

大丈夫、なんて嘘だった。多分そんな日が来たら、きっともう恋愛なんて出来ないくらいには傷付く。
でもセイバーが不安そうにしているのが嫌で、つい強がって見せた。

「………あー……未那、さん」

その強がりを遮るように、衛宮君が大皿を持ってきた。どっさり乗った餃子が香ばしい匂いをさせていて、腹の虫が反射的に声を上げた。

「………俺が見てるぶんには、だけど……あいつはそんな事しないよ」

食卓の上に大皿が乗る。
セイバーの小さな歓喜の声を横に置いて、衛宮君が話を続けた。

「簡単に女の人乗り換えるような奴なら、俺はまぁ……勝てないとしても、遠坂とかが黙ってないし」
「私だって黙っていません」
「……ほら、セイバーだってこう言ってる」
「………。」

その言葉だけで、だいぶ救われる思いだ。
でも、本当に信じられるかどうかはまだ解らない。心の深い部分が、彼のナンパを目の前にしてた部分が納得していなかった。
もう戻れない所まで来てしまったのに、まだ彼がいなくなる可能性を考えてブレーキをかける心の動きはどうしようもなかった。

「さ、未那さん。ランサー呼んできてくれないか」
「……え、わ、私が行くの……?」
「当たり前じゃないか。『恋人』なんだろ?」

言われて顔が熱くなる。おかしい、昨日までこんな事想像もしてなかったのに。
二人に急かされて立ち上がる。縁側か玄関にいるだろう彼を探したら、縁側の方から煙草の煙が漂っているのに気付いた。

「ランサー」
「おー」

勝手知ったるなんとやら。携帯灰皿を手に煙草を吸ってるランサーの姿は、なんとも言えず格好良い。縁側に座ってる彼の隣に自分も腰を下ろして、夜に成り行く空を見上げた。

「どうした。飯出来たってか?」
「うん、それで呼んできてって言われた。……変な話ね。『恋人なんだろ』って……言われて」
「あぁ?恋人なんだからそりゃ言われるだろ」

何の躊躇いもなくそう言ってのけるランサーに、再び顔に熱が溜まる。

「諦めろ、お前にゃもう俺以外の男なんざ近寄んねぇよ」
「………大した自信ですこと」
「そりゃー、近寄らせねぇからな。言った筈だぜ、もう逃がさねぇよ」

煙草の匂いが染みた手で、頭を大きく撫でられる。雑な動きだけど嫌いじゃなかった。
恋人。信じて良いのだろうか。いつか馬鹿を見て後悔する羽目になったりしないだろうか。

「………逃げたくならないようにしてね」
「任せとけ」

今だけは、この手に甘えていいだろうか。

ご飯が冷めるから、と煙草を吸い終わった直後のランサーの手を引く。
すぐに肩を抱かれて、体は再び彼の香りに包まれた。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ