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□悪戯心に包む好意と行為
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通称『鳴鳳荘殺人事件事件』、事は薬を飲んだ紫式部が倒れた所から始まった。
あの事件を含めた一連の微小特異点での居座古座が終わった後、誰もがあの話を笑い話にできるようになった頃。

「……?」

私室に白い皿とチョコレートが置かれているのに気付いたのは、穏やかな昼日中。特に予定もなく、かといって立香はレイシフトしており、カルデアにいるサーヴァント達も皆静かなものだ。
皿の上のチョコレートは金色の包装紙に包まれていて、数は十二粒。市販のものにも見える。指でつまみ上げるも、食指は動かない。
―――出所が解らない。この部屋に入るのは限られた面子だし、誰からのものか解るような書き置きも何もない。

一瞬、ざわりと胸騒ぎがした。
誰だ、こんなことするのは。
勝手に部屋に入り、得体の知れない物を置いていく。食べたら、どうなる?
思わず同じように置き直して、踵を返して部屋を出ていく。誰かに聞かないと。もし、出所が解らなかったらどうしよう?

「わっ……!」
「おっと」

曲がり角で誰かにぶつかった。注意を払っていなかった自分のせいだ。謝ろうと顔をあげて

「……りつ……か」
「うん、ただいま」
「レイシフト、行ってたんじゃ」
「さっき帰ってきたの」

それが立香だと気付いた。疲れているだろう彼女の腕を掴んで、さっき部屋で見たものの事を話す。すると

「……あー、ごめん、それ私」
「へ………」
「貰ったから一緒に食べようって思って、持ってったけど未那いなくて……。メモ用紙とか持ってなくて、それで取りに行ってて」

立香がメモ紙を出してきた。それにはこう書いてある。

『いつかの紫式部が飲んだ、あの薬の効き目を弱くした効果があるチョコレートらしいです。
 少し眠くなるけど起きられない訳じゃなくて、疲れが少ないなら起きていられます。効き目はバッチリです。栄養ドリンクだと思ってどうぞ 一日一粒がいいらしいです 立香』

「………なぁんだぁ………」
「ごめん、ビックリさせたね」
「誰の仕業だって思って……ビックリしたけど、立香なら大丈夫」

心の底から安堵した。これでまさか敵性サーヴァントが、とか考えるだけで恐ろしい。

「じゃあ、部屋に戻ってチョコレート頂きましょうかねー」
「あ、そこにも書いたけど一日一粒らしいよ」
「そんなに効き目良いんだ?あの薬、実はちょっと興味あったの」

二人で並んで部屋に向かう。
チョコレートを楽しみに、扉を開いて

「――――!!!?」
「おう」

皿の上のチョコレートを食べている不届きものと目があった。

「頂いてるぜ」
「あ、あ、あ、ああぁぁあぁあーーーー!!!!!」

散らばる包み紙は五つ。そして今、その五つ目らしいチョコレートが不届きものの口の中に入っていった。

「………あんだよ」
「っば、馬鹿ぁ!馬鹿クー!!吐き出しなさい!!!」
「あぁ?お前何、」

流石の不届きもの――キャスターのクー・フーリン――も動揺している。まさかチョコレート如きで私がこんなに激昂するなんて思ってなかったらしい。
確かに無断で食べられたのは怒りたい。けど、理由は別のところにある。

それは、普通のチョコレートじゃない。
錬金術師謹製の、疲労回復薬入りチョコレートだ。
それも推奨使用個数を大幅に上回る数の摂取。

「………言っ………」

目の前で分かりやすくクー・フーリンがふらついた。一気に閉じかける瞼を押し返すように掌で抑えながら、なんとか持ち直して机を支えに立つ。

「………何盛った」
「盛ったんじゃなくて、元から薬の入ったチョコレートなの!一粒以上食べたら駄目なんだって!!」
「……くす、り………あー」

これはもう、吐き出しても駄目だ。今にも寝そうなクー・フーリンの肩を支えてベッドに運ぼうとすると、その逆の肩を立香が支えてくれた。
ベッドに転がすと、クー・フーリンは二・三度僅かに開いたような瞬きをして、それから規則的な寝息を立て始めた。

「………本当にもう………馬鹿クー」
「まさか、クー・フーリンが食べちゃうなんてね」

本人には敢えて言わないが、クー・フーリンは疲れている。
私のような非力なマスターのサーヴァントになり、レイシフト先では必要な魔力が足りなくなる事も時折ある。それなのに不満をあまり溢さず、よく支えてくれる自慢のサーヴァント。
……サーヴァントとマスターという関係だけではないのだが。

「寝てても、同席してるって思うと居づらいね。私は部屋に帰るよ」
「え、いいのに」
「いーの。未那も、たまには無防備な恋人の寝顔でも見てたら?」
「!!」

そう言って立香は部屋を出ていく。手にはチョコレートを四つ持っていたから、多分誰かと食べるのだろう。
残るチョコレートは三つ。

「………。」

昏倒と言うに相応しい事態になった、ルーン使いの光の御子。
これだけ無防備なのも珍しかった。キャスターといえど猛禽の瞳をした大英雄、少なくとも自分の知っているクー・フーリンはこんな風に深い眠りに就いたりしない。

「本当に良く眠ってるね」

顔に掛かった前髪を撫で付けてやりながら、返事の無い言葉を掛けた。
寝顔、殆ど見たことが無かった。それもこんなに無防備じゃなかった。こちらが少しでも動いたら絶対に目を開けていた。それなのに。

「……クー」

………『こちらが動いたら目を開けていた』。そんな状況は決まって共に夜を過ごす時だけだ。思い到って顔が勝手に赤くなる。
光の御子としての性なのだろうが、絶対に油断を見せない大英雄。例え、それが何度も組み敷いた自分のマスターでも。

「……悪戯しちゃうよ?」

あまりの無防備さに、思わず口をついて出てきた言葉。勿論、返事などない。
シーツを自分の肩に掛けて、ベッドに四つん這いで上がる。寝ているクー・フーリンにもシーツを掛けて、その中にもぞもぞと入り込んだ。
元から二人きりの部屋の筈だが、こうしてシーツの中にいると、外界から完璧に遮断されたような気がする。
横たわるその体に覆い被さるように乗って、クー・フーリンの顔に下から近付く。唇を重ねるのは、最早然程恥ずかしく思わなくなった。
薄い唇に、そっと唇を重ねる。やがて触れるだけじゃ満足出来なくなって、唇で唇を甘咬みする。
甘い、チョコレートの香りがする。

「……クー……」

返事をする声は無い。確かにクー・フーリンは此処にいるのに。
その事実と重ね続ける唇のせいか、次第に下腹部に甘い痺れを感じ始めた。彼によって拡げられ、覚えさせられたもののひとつ。
指で、舌で、肉そのもので、しつこいまでに『求められた』のは魔力だけではなかった。

「クー」

聞こえるのは、寝息だけ。

「………、すき」

今ならきっと、恥ずかしげもなく自分から何でも言える。何でも出来る。
彼の体の上を滑るように、今度は下に位置付く。彼の腰より少し下、両脚の間に入り込んだ。
やり方は、覚えさせられた。腰紐に手を掛けて、もたつきながらも解く。解いて、退かして、そしてーーー

「…………ぅ」

彼の小さな声が聞こえた。思わず硬直する。
しかしそれ以上、身動ぎするでも声を出すでもなく、クー・フーリンは再び寝入ったようだ。
危ない。ビックリした。だって今起きられるとーーー

「………。」

眼前に露出した、キャスターであるクー・フーリンの『魔槍』。悪戯中だということがバレれば半端なく気まずい。
ーーー気まずいどころか、多分そのまま永遠に主導権を握られて反撃もできなくなる。二度と。


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