Fgo
□意識的に詰められた距離
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これは大変よろしくない。
昨日酒をどのくらい飲んだ?
ビールを一、二本。なにかしらの焼酎が一、二、三、四杯。
出されるがまま勧められるがまま、目の前の缶やグラスを空にした。最近覚えたアルコールの味は嫌いではなかった。けれど。けれど。
「ーーー起きたか、嬢ちゃん」
隣で寝てるこの裸の男は一体全体どういうことだ。
対して私はーーーこれはこれでアカン。下着だ。
「おはよう、未那」
これは本当に大変よろしくない。
部屋は確かに自分のアパートなのに、明らかに異質な存在は寝起きの瞳でこっちを見ていた。
こうなるまでの記憶が無い。
昨日の衛宮家から頂いたらしいおかずで朝食にする。自分は覚えていないが、帰るときに渡されたらしい。
何故か部屋にはまだ同衾した男が一緒にいるのだが、そうなると流石に用意しない訳にはいくまい。
「おー、一晩経っても良い匂いだなぁ」
「ちょっ、ランサー!裸やめて!服着て!!」
ノースリーブとホットパンツの部屋着を纏い、レンジで簡単朝食準備。……その側を全裸のマッチョが歩く光景はちょっと辛い。そのマッチョは自分の想い人だ。
記憶がないぶんのアレコレを、昨日の私は見ていたのかも知れない。羨ましいと同時に後悔もする。
「いーじゃねぇか、減るもんでなし」
「私が見てらんないの!」
「今のうち見とけ。何事も経験経験」
目を手で覆い隠して見ないようにする。ろくでもない女誑しは全裸に対する抵抗が無いようだ。
今日の大学の講義は何時からだ。それまでにこの全裸マッチョを適切に処理(朝御飯食べさせて服を着せて外に追い出す)しなければ。どうせこの男もバイトがあるだろうし。
「っあ……やばっ、あと30分しかないっ……!!」
壁掛け時計で時間を確認したら、家にいられるのはあと30分だった。身支度の『み』の字も出来てない。お風呂に化粧に、と考えたら食事とこの男の世話を切り捨てるしかなかった。
「ランサー、信用してるから、ここに鍵置いとく!んでこれ全部食べてって!!」
着替えと化粧品を手に脱衣所に急ごうとした時だった。
「待てよ」
手首を掴まれ、足が止まる。
「そこまで急ぐ事ぁねーだろ、飯くらい食ってけ」
「………も、もう……時間が、ないの」
「未那」
こんな状況で。
時間もないのに。
昨日一夜を共にしたかもしれない想い人が目の前にいて。
薄ら笑いを浮かべられ、その顔を見続ける勇気もなくてすぐに目を逸らす。
腕を引かれて対面の形になるも、抵抗は出来なかった。
「食べたくなるようにしてやろうか」
「っ、え………?」
引き攣った声は自分のものだ。
目の前にいる男の発言の意味が解らない。瞬間
「っ、ん―――!!」
唇に押し付けられた、ランサーの唇。喫煙者の筈なのに、今はそんな残り香さえ感じなかった。
キスの時間は一瞬だったか、それとも数分だったかも解らなくなって。
「―――どうする?」
顔が離れた時、凶悪な唇は弧を描いていた。
「行く、ってんなら、俺はこのまま続けるぞ」
「………っ」
「メシ食ってくんなら、その後で続きする」
「はっ、………!?」
結局やることやるんじゃないか。途端脱力してしまう。抱き留められたものの、下げた顔がランサーの下半身を見てしまった。
「ぴゃっ」
「おー、その反応初々しいねぇ」
雁首もたげたランサーの肉製ゲイ・ボルク。
ちょっと待てさっきまでこんなんじゃなかったぞ。
「ちょっと、ま、待ってよ!私、そんなつもりは」
「ん?俺は『そんなつもり』だがなぁ?」
「は………」
あれよと言う間に抱き上げられた。
ヤバい。マズい。逃げないと。逃げないと―――
「……ラン……サー」
「おう」
逃げたくない自分に気付いた。
行為の是非はともかく、自分の感情は、ランサーに向いている。
「………私……こういうことは……好きな人同士がする事だって、思ってる」
「お前、俺のこと好きだろ」
「っ〜〜〜〜」
そんな事も見透かされていて顔が熱くなる。
もう否定も出来ない。
「っ……だ、からっ……。私はっ、私を好きだって言ってくれる人とじゃないと」
「ああ?」
素頓狂なランサーの声。少し面倒臭そうな色も見えて、身が竦む。
そんな恐怖も感じ取られたのか、耳許の髪を手で掻き分けられ、ランサーの唇が近付く。
「―――言ってもいいが……お前、聞いたら二度と逃がさねぇぞ」
囁くように言われたそれは、やけに熱っぽくて。
「っそんな事、言って、どうせランサーが逃げる気で―――」
「好きだ」
「っ………!!!?!?」
「好きだ、未那。お前ばっかり見てた。お前に逢えない日はお前の事を考えてた。お前に逢えた日もお前の事を考えてる。どうすればお前が俺のものになるか、一時期そればっかり考えてた」
「い、一時期?」
「だってお前、俺の事かなり好きだろ」
「っ…………!!!ああもう!」
抱き上げられた状態で、顔の位置が下になるランサーの瞳を見る。
どこまでも飄々としてて。女好きで。バイトばっかりしてて。あと釣りもしてて。
そして多分、ずっと一緒にはいられない。
「お前は?」
「……。」
「俺にばっか言わせるのか?」
それでも、好きになってしまったから。
「………すき」
「声が小さい」
「……好き!」
「聞こえませーん」
「馬鹿ぁ!!!」
わざとらしく聞こえない振りをする耳の側で叫んでやった。
「ばかぁ……。女好き……。スケコマシ……。浮気者……」
「人聞き悪ぃな……。特定の相手は作ってねぇよ」
「私が、どんだけ、嫉妬したって、思ってんの」
「そりゃ光栄。素直に俺のものになっときゃ良かっただろ」
馬鹿にしたように鼻で笑われた。……その言葉に、素直に頷いた。
それが意外だったらしく、当のランサーは目を見開いている。
「………あー」
「……?」
「メシ、後でで良いよな。後にしてくれ」
抱き上げられたまま、足早にランサーが寝室に歩を進める。手早くぽいっとベッドに投げられた。
体制を整える間も無く、覆い被さるようにランサーが乗って来る。
「ランサー!?」
「散っ々我慢してきたんだ、もう限界」
「やぁっ……待ってよ、せめてお風呂」
「言ったろ」
顎を掴まれ、目線を上げさせられる。真紅の瞳と目が合い、その綺麗さに息が詰まった。
「もう逃がさねぇよ」
先程のその宣告は、今現実となる。
終……?