Fgo

□意図的に開けた距離
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「疲れたぁー」

言葉とは裏腹に、どこかしら楽しそうな声。
未那は大学の帰り、商店街で偶然会った衛宮に誘われて家に入り込んだのだった。
季節は春、桜蕊が道路に散ったあと。
大学の授業に追い付くので一杯一杯の未那の、細やかながら最高の贅沢。それが衛宮家では楽しめるのだった。

「大学って、やっぱり大変なんだろうな」

炊事場に立つ衛宮士郎は、エプロンを纏って包丁を手にしていた。慣れた手付きで食材を捌いていく。
今日の面子は衛宮、セイバー、藤村大河。セイバーは未那の隣で穏やかな笑みを浮かべていた。

「………衛宮君ほどじゃないと思うよ」

掃除洗濯炊事雑務、家庭の全てをこなしながら学校に通い、部活も生徒会の手伝いも参加し、バイトまでしている多忙な男子高校生の食卓にご相伴に預かりに来る成年(自分)。
大学の講義と資格の勉強のみに疲労を訴える自分がこの時ばかりは情けなくなり、涙を拭う素振りをした。

「大学ってねー、そーいうものよー。自分で考えて結果を出すことが大切だもの、いつも『今』が一番忙しいし、疲れるものよー」

藤村先生の言葉が身に沁みる。……そんな彼女はテーブルに顔を乗せて垂れていた。たれたいが。
見守ってくれる人はいっぱいいる。頑張るぞ、と未那が気合いを入れ直した瞬間だった。

「未那来てるって!?」

買い物袋に缶ビールをたらふく詰め込んだランサーが勢いよく戸を開けた。



バイト掛け持ちお嬢さんキラー(年齢不問)。
コミュニケーション能力S、女誑しA+。
渡された缶ビールに口をつけながら、怨めしくその姿を見ていた。
誰もが見惚れる細マッチョ、口も上手な美形様。その正体はケルトの大英雄、クー・フーリン。

「今日は帰り際に鱈の切り身貰ってよ、丁度良いから坊主の所で……って、どうした嬢ちゃん」
「べっつにー」

来るって解ってたら今日衛宮家にお邪魔したりしなかった。……内心で未那が歯噛みする。
最近覚えたアルコールの味もどこかに吹っ飛んで行きそうな不快感が胸中を襲う。
未那はそこそこ前から、このクー・フーリンのことを憎からず想っていた。
しかし当のクー・フーリンと来たら、未那の気も知らず自由気儘に他の女性を口説く・遊ぶ・飲みに行く。すっかり気持ちも擦りきれた未那は、最近はクー・フーリンとわざと顔を合わさないようにしていたのだった。

「最近ランサーが構ってくれなくて寂しかったんですって」

そして要らぬ横槍を入れる遠坂。未那が思わずビールを口から噴き出した。

「凛ちゃん、それは事実誤認というものよ」
「そうだぜ、逆に俺が構って貰えてないんだからな」

ぶー。
再びの噴射は段違いに飛距離があった。

「らんっ………!!?」
「ずっと嬢ちゃんの為に刺身置いてたのに、ここん所全然来ないからよ」

確かに、未那は一時期足しげくランサーのバイト先である魚屋に通っていた。夕飯や酒の肴にと刺身を頻繁に買った。……資金面でも心情でも、それはすぐに駄目になる。
結局自分は客の一人で、ランサーにとってはその他大勢で、特別になれる訳がないと。
………当たり前だ。知っていた。
彼の伝説に上る女性の名前はひとつではない。浮名を流した彼の名前の側に連なる女性の一人にはなれないのだと。

「……お酒飲んでる暇も無くなったのよ。もう友達も就活始めてる」
「就活って……未那さん、司書志望だっけ」
「一応ね。……でも求人って殆ど無かったの。司書って飽和状態らしいし、地方行くしかないみたいで」

煽る缶はやがて空になる。それを見越してか二本目をランサーから手渡された。
既に出来上がりつつある未那の目の前に、衛宮手製の夕食が運ばれてくる。今日は鱈のマヨチーズ焼きと芥子菜の和え物、高野豆腐にお麩と若布の味噌汁。

「うわー、最高の夕食ー。衛宮君いたらコンビニ弁当とか食べてられないー」
「簡単な物しか作ってないよ、未那さん。……未那さんって自炊してる?」
「時間ある時だけ。……あー、衛宮君と結婚する人幸せだなーいいなー」

ひとつずつ順番に箸を延ばす。どれも違わず美味。
家庭の味に舌鼓を打ちながら、二本目のビールも空になる。

「私、衛宮君ちの子どもになるー。わーい士郎父さん、未那は明日餃子が食べたーい」
「未那さん、俺より年上じゃないか」

空になった缶は衛宮が回収。そして未那の前には、ランサーの手により三本めのビール。

「年上とか年下とかもうどうでもいい!士郎父さん、芥子菜おいしい!!」
「おー、鱈もいいツマミだなぁ。『とうさん』、明日も宜しくなー 」
「……ランサーまで……。………って」

衛宮が、はたと気付いたようにランサーを見る。

「ランサー、そのニュアンス」
「嬢ちゃん、イケるクチだな。ほら飲め飲め」
「うっちゃいわねぇ、わかってぅわよ!」
「………ランサー…………」



小一時間後、散々飲まされた未那が一番先に潰れて寝た。
悪酔いの無様を晒すこともなく、セイバーの膝枕で眠っている。その姿はさながら母に甘える子どものようで。
未那が潰れた後もランサーと藤村は飲んでいたが、やがて持ち込みのビールも尽きてツマミも無くなった。時間を見れば午後9時。

「んじゃ、俺もそろそろお暇しますかね」

飲んだ先からアルコールが抜けてるんじゃないか、と疑いたくなるほどしっかりした足取りで、ランサーが未那の側に寄る。
その頬を撫でても、身動ぎするだけで起きはしない。

「おーい、嬢ちゃん。帰るぞー」
「………んん、………んー」

セイバーの膝の上が心地いいのか、全く起きる気配がない。そんな未那を米俵よろしく担ぎ上げるランサー。

「ランサー、そんな手荒にしては」
「起きゃしねぇよ、大丈夫だ」

セイバーの抗議もいなして、米俵状態の未那の服のポケットを乱雑にまさぐる。上着、スカートと順に探っていってアパートのものらしい鍵が出てきた。それから横抱きに変えてやる。

「ランサー、これ持ってってくれ。未那さん、自炊してないっていうから」
「ありがとよ、坊主」

タッパーに入れた今日の夕飯の残りをランサーに持たせる衛宮。

「んで、明日も来るのか?」
「おう、嬢ちゃんーーー未那が来るんならな」
「ったく……、別にお前まで来る必要はないだろ?」
「何言ってんだ、それだからお前は坊主なんだよ」
「な」

全てを抱えたランサーが背中を向ける。
腕の中には寝こけた女が一人。

「惚れた女が余所の男の家に行くって聞いて、心中穏やかな男が何処に居るんだよ」
「………見てたのか」
「ランサーさんはアレね、自分は良くて他の人はダメーってタイプ?」
「俺は一途だぜ。いい女とはすぐ縁が切れちまうだけだ。なるだけ繋いどきたい縁があったって可笑しくねぇだろ?」

ランサーが足で戸を開く。去り際

「んじゃ、明日な。ーーー『義父さん』」

いい笑顔で、衛宮に言った。
聞いた衛宮は頭を抱えた。





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