Fgo

□もしもの悪夢
1ページ/1ページ


光が弾けたのは、何回目の召喚だろうか。
今日も今日とて見物に来たクー・フーリンが目を見開いていた。ーーーどうだ、ついに出来た。私にも、サーヴァントを召喚することが出来た!

「……んな、バカな」

聞こえるように呟かれた言葉に突っ込むつもりも今は無い。
召喚とはこんな感じなのか。なんだか身の回りでも何かが弾ける音がする。
誰だ。何が来る。一人しか従えることの出来なかったマスターの所に喚ばれたのは誰だ。
雷光が大きくなる。視界一杯に広がる光、そしてーーーーー



「……………。」
「………」
「……………」

食堂に集まっている立香のサーヴァント達が遠巻きに見ている。それはいつものように、私とクー・フーリンの仲を気にしてではなく。
もう一人増えた、私のサーヴァントのせいだ。

「フフフ、皆様警戒していらっしゃいますね」

さっきから昼食であるパスタを巻くフォークを持つ手が凄い勢いで震えている。

喚んでしまったのは、日本でも知る者が多い反英雄。物語のモデルにもなった血腥い逸話の持ち主だった。
ーーージル・ド・レェ。
喚んだ瞬間からマスターと認識してくれたのはいいけど、まるで深淵の泥から湧き出たような邪悪さを纏うその存在に震えが止まらなかった。
立香も遠巻きに見ている上、ランサーのクー・フーリンもキャスターのクー・フーリンと同じ顔をしてこちらを見ている。まるでパンドラの箱を開けた者を見ているかのような………。

「……ジル・ド・レェさん」
「おおマスター!どうぞ!私めのことを!!ジルと!!!御呼びください!!!!」

声が大きい。

「………じ、じゃあ……ジルさん」
「何ですかなマスター」
「次、立香達がレイシフトする時に一緒に行くから、それまで待機してて」

耐えきれなくなって待機命令を出した。
ジルはなんとも言えない上機嫌なのかどうか解らない感じで食堂を後にする。……歩いているのかも解らないなあの動きは。
ジルの姿が消えてから、キャスターのクー・フーリンが椅子の背凭れに身を任せて大きく溜め息を吐いた。

「………ったく、よりにもよってなんであんな………」
「来てくれて嬉しいけど、まさか本当にキャスターが被るなんてね」

一時期確かにキャスターに来て欲しいと思ったが、それは片恋の彼と離れたいと思っていたからであって。

「嬉しい、だ?」

召喚に応えて貰えた事については素直に喜んでいいと思うが、それは彼には不本意らしい。

「あんなゲテモノ喚んで嬉しいのはお前くらいだろ」

解る。
確かに『誰でもいい』と願ったこともあるが、喚ばれて出てきたのはあのジル・ド・レェだ。まさかいきなり反英雄が来るなんて思わなかった。

「いやー、まっさかあんなのが嬢ちゃんの所来るなんてな」
「テメェ、誰がこっち来ていいなんて言ったよ」
「喧嘩しないの」

ランサーとキャスターのクー・フーリン同士が言い争う横で、食堂を出ていったジルの背中が見えなくなっても、未だに視線が追っていた。
何があっても、彼は自分のサーヴァントだ。……仕えてくれようとするその精神には酬いねばならない。

………自信は無いが。




「おい」

道行くジル・ド・レェを呼び止めたのは、ランサーのクー・フーリンだった。カルデア内には敵も居ないというのに槍を携えた姿は、どう見ても安穏とした会話に誘う態度には見えない。
そんな意図に気付いてか、ジル・ド・レェもまた低い音で笑う。

「もう一人のマスターのサーヴァントが、私にどのような御用件でしょう?」
「とぼけんじゃねぇよ、『青髭』。何の為に召喚されやがった」
「我がマスターの声に応じたのみ。……ああ、貴方は『出来なかった』のでしたっけ」

ランサーの真紅の双眸が苛立ちを湛えた。

「御安心を。私はマスターに危害を加える為に召喚に応じた訳ではありません故に……。そうですね、強いて言うならば」

魚類めいた大きな瞳が愉悦に歪む。

「彼女の裡に確かに存在する、『違和』」
「……違和?」
「特異点にて生じた彼女は、何故カルデアへ来られたのか。貴方の同一存在と契約を交わした状態で。……そして何故貴方の同一存在は、ルーンを仕込んでまで他のサーヴァントの召喚を阻止していたのか?」
「………んなの、ただ単に邪魔が入らないようーーー」
「『邪魔』とは?」

がくり、と壊れた人形のような動きでジル・ド・レェの首が傾げられる。その不気味な動きにランサーも眉を顰めるも、言葉の意味が何を示すか解った様子で。

「自分に惚れたマスターほど御しやすいものはありますまい。定期的に餌さえ撒いておけば、多少のことで目移りもしないでしょう」
「……魅了持ったどっかの槍使いが来ないとも限らないだろ」
「『貴方』は、それほどまでに自信がおありでない、と?……そもそも『貴方だったら』、このような事態でもそこまで頭が春色になれるのですか」
「馬鹿言え」

ランサーが鼻で笑った。

「俺が『俺』であるなら、どんな状況でも獲物を逃がす真似なんざするかよ」
「その意気や良し、しかし『彼』はそうでなし。ならば、その理由とは何か」

キャスターのクー・フーリンが、他者を入れたくない理由。
ランサーが顎に手を当てて考える。

「………嬢ちゃんの魔力量」
「恐らくは、貴方のマスター殿の方が質も量も宜しいかと」
「直接回路を繋げば、実は質が良いのが隠れて」
「ほう、接触しなければ気付かないでしょうに。自分以外の他のサーヴァントとの接触をお許しになると?」
「っざけんな誰がそんなこと」
「でしょうな。平均的なマスター以下の魔力回路しか持ち得ぬ彼女に、自分にのみ回路を直接繋ぎ、恩恵に預かるのは彼一人ーーーそこ、なのですよ」

ジル・ド・レェの瞳がぎょろりと動いた。
その動きに、流石のランサーも『こいつと同じマスターに召喚されなくて良かった』と僅かながら思う。

「生前縁があった訳でなく、それなのに何故貴方がたはそこまで彼女を気になさる?」
「ーーーー」
「直接召喚されたならいざ知らず、契約も結ばなかった小娘に。その辺に転がる路傍の石のような存在に。召喚が終わり座に還れば、記憶を辿らない限り二度と思い出すこともないようなものに」

サーヴァントの『召喚の記憶』は『本の頁』のようなものだ。
頁を開かなければ思い出すこともほぼ無いような。
ジル・ド・レェの言葉そのままに、召喚中に出会った一般人など、普通であれば二度と思い出すこともない。ーーー今の『クー・フーリン』が異常なのだ。

「不思議ですねぇ、彼にとって何が『邪魔』にあたるのか。……そして楽しみですねぇ」
「………お前、何考えてやがる」
「勿論、我がマスターの事を」

そして青髭から語られたものは

「ーーーもし。あの特異点Fとやらが、もし『2016年を生きる我がマスターが望んだもの』だったとしたら………如何されますか」

彼の憶測でしかない、寝言にも満たない空想。
その一言は、ランサーの顔色を変えるには充分で。

「これは私の空想のお話。さて、脚本は何方にお願いしますかな」

そしてジル・ド・レェは歩き去る。姿を消すでもなく、ただ悠然と。
その背中を視線で追い続けるランサー。

ランサーは『路傍の石』と言われた女を思い出していた。
『あの時』と殆ど変わらない、声、姿、笑顔ーーーそして、彼女の消えた半年間の記憶。
誰が書いた脚本だろうと、ジル・ド・レェの言葉は不吉すぎて恐怖物、もしくは駄作にしかならなさそうだ。

青髭が彼女の許に召喚されたのは、幸か、不幸か。
彼女が持つ深淵を、ジル・ド・レェは既に覗き込み始めていた。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ