Fgo

□同じ顔
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今はきっと、かつて夕日が世界を染めた時間。カルデアにいる今、もう本来の外の景色なんて見ることが叶わないけど、時計の針は正確に時を刻み続けていた。

「未那さん」

夕暮れを見た訳でもないのに郷愁に包まれているのは何故なのか、考えながら廊下を進んでいた所をマシュに声を掛けられた。
振り返ると眼鏡を掛けた小柄な彼女が立っている。

「あの、少し良いでしょうか」
「手短にな」

大丈夫だよ、と返答しようとした瞬間、頭の上から声が降ってくる。

「ちょっと、クー・フーリン」
「ようマスター。俺との野暮用が詰まってるんだ、用事は手早く短く頼むぜ」

呼んでもないのにすぐ現れる。緊急事態ならこの上無く有り難いのだろうが、特段緊急でもないだろうに何故出てくるんだ。……言いかけて止めた。

「………すっげぇ嫌な気配がするからよ、早く終わらせて戻るぞ」

その真紅の双眸が、まるで敵と対峙したみたいな目付きになっていたから。



「あ、未那」

通されたのは立香の部屋だ。ふわりと香るのは女の子特有の香りか。
何故かドキドキしている。この誘いが、何かしら私に変化を及ぼすんじゃないかと思っている。

「ごめんね、急に」
「ううん、大丈夫。……それで、用って」
「大方、アレだろうな」

この前来たときは無かったような、背の高いパーティーションを樫の杖で指しながら、クー・フーリンが声を出す。確かにこの部屋の中だとアレが一番不自然だ。
とくん、胸が鳴る。

「出ておいでー」

立香が声を掛けた。
聞こえる足音、そして真紅の長物の柄が見える。姿が見えるまでの間、ひどく長い時間に思えた。

「ーーーーよう」

聞き慣れた筈の、聞き慣れない快活な声。

「久し振りだな、嬢ちゃん」

見慣れた筈の、見慣れない顔。
青い髪、青い服、若干若い。
思わず、側のクー・フーリンを振り返った。

「………やっぱりかよ……」

最悪な苦味の毒でも飲んだかのような、世界を悉く憎む顔をしていた。
ぽん。思考がパンクした幻聴がする。



立香の所に召喚されたのはクラスが『ランサー』のクー・フーリンだった。振る舞いや思考に若干の違いはあれど、ほぼほぼ同一人物らしい。
あとは『召喚された後の記憶の共有は座に還るまで無い』らしく、自分の痴態を知る人物が増えていないことにはひたすら安堵した。

「俺の事、覚えてねぇんだってな」

先に立香から説明を受けたらしいランサーのクー・フーリンが口を開く。答えにくかったが、大人しく頷いておく。

「さ、顔見せは終わったな。じゃあ未那、帰るぞ」

再び口を開きかけたランサーのクー・フーリンを知らない振りで、キャスターのクー・フーリンが腕を強く引いてきた。

「い、った……」
「こっちはこっちで予定詰まってんだ。じゃあな、『俺』」
「待てよ」

真紅の長物が、キャスターのクー・フーリンに向けられた。

「ちったぁ引っ込んでろよ、『俺』。俺は未那と話があんだよ」
「引っ込めだ?誰に口利いてんだ、俺のに気安く声かけやがって」
「お前のーーー?……成る程、そういうことか」

ランサーのクー・フーリンにも、樫の杖が突き付けられる。

「俺もあの時、とっとと手ぇ出しとくんだったなぁ」
「殺すぞ」
「ハ、良く言えたな『俺』」

一触即発の空気に、立香の控えのサーヴァントが次々に姿を現す。超ごめん。
しかしそのマスターである立香は、いいぞもっとやれと顔に書いてうんうんと頷いていた。

「俺ん所、来いよ未那」

ランサーのクー・フーリンから掛けられた声。
ざわり、肌が粟立つ。
彼は笑顔だ。どこかで見た気がする笑顔、あぁ、だけど、駄目、思い出せない。

「もう、俺は途中でいなくなったりしねぇ。お前が望むだけ、側にいてやれる」
「………やっぱり死にてぇらしいな」

キャスターのクー・フーリンの、樫の杖の先が光りだす。停止していた思考がそれを見て活動しだし、咄嗟にキャスターのクー・フーリンの腕を掴んで止めさせようとした。

「駄目、クー・フーリン!ここ立香の部屋ーーー」
「知ったことか!!!『アンサズ』!!」

放たれたルーンが、ランサーのクー・フーリン目掛けて飛んだ。見越していたらしい彼は回避し、行く宛をなくしたルーンはデミ・サーヴァント化したマシュの盾に防がれて終わる。
空気が張り詰める。二発めを準備しようとするキャスターのクー・フーリンに

「ーーー『令呪に於いて命ずる』!!」

反射的に、初めての令呪を使用した。

「『ランサーのクー・フーリンに対する一切の攻撃を止めよ、キャスターのクー・フーリン』!!」
「っ……!!?」

その瞬間、キャスターのクー・フーリンの瞳が揺らいだ、ように、見えた。
ルーンは不発。それを見たランサーのクー・フーリンが満足そうに笑った。笑い声に振り返る。

「おー、怖ぇ。俺様ながら超怖ぇ」
「………ねぇ、ランサーのクー・フーリン」
「ん?」

その顔を見て、思った。
ーーーああ、やっぱり違うなぁ。

「私は特異点から来た……らしい、未那……って事は、聞いた?」
「?……ああ」
「じゃあ、本来の世界線には、本来の私がいるーーーみたい、ってのも、聞いた?」
「………。」

これだけ訊けば、聡い彼は理解する。伏せたように目を細め、槍を両肩に担ぐように持ち替えた。

「本来の私と、今の私。私達が貴方を取り合いしたら、貴方は多分『あっち』を取る」
「ーーー……俺は多分両方取ると思うがな」
「でも何より、『あっち』は貴方を愛してる。……私は知らないけど、覚えてないけど、解る」

キャスターのクー・フーリンの腕が回ってきた。その腕に抱き付く。ーーーとても、大事なものだから。

「私、は。キャスターの貴方を愛してる。ランサーの貴方には、ずっと待ってる『私』がいる」
「……待たせ過ぎて見せる顔もねぇよ」
「大丈夫よ、私なら。きっと」

いつまで待たせる気なの、って、怒った振りをしても。

「きっと『今』でも、貴方を夢に見るほど慕ってる」

何年経ったと思ってるの。
何処で何をしていたの。
ーーーああもう、そんなことどうでもいいから、ランサー。聞いて、わたしは

「貴方に、付いて、生きたかった筈だから」

私がそうであるように。

でもね、ランサーの貴方。
もう外の世界は無くなってしまった。
貴方を待つ『私』はいなくなってしまった。だから。

お願い、力を貸して。





その夜は、やけに上機嫌なキャスターのクー・フーリンにいつも以上に良い様にされてベッドに沈んでいた。
ひどく疲れた。夕方からの時間が濃密すぎて、未だに頭が働いてない。

「ほらよ」

優しい振りした悪魔みたいな男は、冷たく冷えた飲み物を入れたグラスを持ってきた。中身はなんだ。麦茶か。

「……ありがと」

受け取って口に運ぶ。麦茶かと思ったそれは、花のような香りがした。

「大丈夫か」
「解ってて無理させ過ぎ」

飲み終えたグラスは、彼が回収してくれる。思ったより渇いていたらしい喉は、受け取った液体全てを飲み干していた。

「……お前が」

彼もベッドに座って花の香りのお茶を飲んでいた。彼も、こういうの飲むんだ。そう思ったら不思議な気持ちになった。彼にあまり似合わない、どこか華やかな香り。

「令呪使った瞬間、俺は捨てられんのかと思った」
「……そんな訳ないじゃない」
「俺はもう、令呪のせいでアイツに何も出来ねぇ。殴る事も、ルーン吹っ飛ばす事も」

グラスが、ベッドサイドに小さな音を立てて置かれた。

「次、お前がアイツの所に行くことになったなら、俺は指咥えて見てるしか出来ねぇんだよ」
「……だから、そんな訳」
「アイツは、お前を諦めてねぇ。……そりゃそうだろうな、幾らお前が『少し違う』っつったって、中身はほぼ同じだ。俺とアイツの違い程度だけで、同一存在なんだからよ」

不思議な気分だ。こんな事を言うクー・フーリンを、私は今まで知らなかった。
声を聞きながら、どんどん瞼が重くなるのを感じる。一番大好きな人の声が、安心させてくれるのかも知れない。

「……でも……くーふーりん……」

ああ、眠い。しあわせ。

「あなたいがいの……あなた、なんて……しんでもごめんだわ………」

最愛の人が傍にいるんだから。
その言葉を最後に意識を手放す。堪らない多幸感に、きっと夢も幸せなものを見るだろう。

「………。」

………一方、クー・フーリンは浮かない顔だった。
当たり前かも知れない。今日のあれは『自分の過去』。どういう理由があるにせよ、あれは一人の女を置き去りにして、何も言わず、残さず、消えた。
それをこの女が覚えていないのは、正直有難い話で。何も知らない『無垢』を、今度は手放さずにいられそうだった。
……けれどあれは、それが全て出来ない。手に入れる事も手放すことも、置いていくことだって、もう。

「………未那」

そろり、眠る女の髪に触れる。身動ぎもせずに寝入るのは、余程疲れていたからか。勿論その無理も、七割がた自分がさせたのだが。

あれはーーー槍を持った過去の自分は、いつまで堪えられるか。
『来い』と言ったからには、易々と諦めはしないだろう。早く、早く堕ちろと願うはず。ーーー嘗て、自分がそうしたように。
ごめんな。声に出さずに、代わりに口付ける。口腔を侵すものでなく、優しく押し付けるもの。

「……早く、もう一人のお前を連れて来ないとな」

お前を抱けない辛さは解る。恋しくあれど、決して腕の中に来ない相手に想いを募らせる苦しみも。
早くこの諍いを終わらせなければ。そうすればきっと、もう一人のお前もーーー

「………。」

二人とも囲えねぇかな。
少しだけ頭に擡げた欲望は、何かを察したかも知れない未那の寝返りによる裏拳で霧散した。





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