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□キミのセイ
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毎夜毎夜、これまで支払うことが出来なかったツケを払わされ続けていた。
泣いて、啼いて、彼のカタチを体が覚えるまで時間は掛からなかった。
これは業務。これは仕事。これは生きるための任務。そう思い続けて自分を騙すのにも限界があった。
気付けば医務室で寝ていた。
「大丈夫ですか?」
マシュが上から覗き込んできた時、自分がどうしてそんな状況下に置かれているのか解らなかった。
「倒れたんですよ、私と先輩の前で」
倒れた?誰が?
最初は意味が解らなかったが、どうやら強く打ったらしい体のあちこちが鈍く痛んだ。頭が痛くないのがせめてもの救いか。
「メディカルチェックはしてありますから大丈夫でしょうけど、もう少し休んでください」
「……ありがとう、マシュ」
「先輩も、もうじき来ると思います」
先輩―――立香。ああ、心配かけてしまったな。
私は大丈夫。少し疲れてるだけ。そう、少しだけ。
………少しだけの筈なんだ。なのに
「っ………ぅ、っく」
涙が流れるのは何故だろう?
「……未那さん」
「だい、じょ、ぶ」
「………あの」
マシュはおずおずと、しかしきっぱりした口調で続ける。
「……何か、悩んでることがあるんじゃないですか?」
この際だと思って、マシュに洗いざらいぶちまけた。
マシュは最初はうんうんと頷きながら聞いていたものの、途中から顔色が赤くなったり青くなったり忙しそうだった。
「………そんな、ことが」
「私、もう、普通にクー・フーリンの側にいられない……いたくない」
「…………」
「側にいたら、私が駄目になる。……好きなの。でも、辛い」
「…………………あの」
口を開いたマシュは、言いにくそうに、けれど確かに言葉を紡ぐ。その声には躊躇いが見える。
「………以前、聞いた話ですが」
「……?」
「その、……『そういうこと』で魔力供給をする場合………一度だけで、いいそうです」
「………………………ーーーーーーえ?」
理解が追い付かなかった。
「一度、『そういうこと』をすると………マスターとサーヴァントの間に、供給のパスが繋がるそうです」
「…………」
「そもそも、魔力供給というだけなら、相手に直に触れるだけでも大丈夫……なんです」
理解したくなかった。
じゃあ、何故。
あんなに、あんな風に、体を繋ぎ続けたのか。
「………彼が、未那さんに触れ続けたのは、きっと―――」
「ちょい待ち」
闖入者の声がする。
気付くと、顔の片側を赤く腫らしたクー・フーリンが立っていた。
「……それ以上は俺の口から言わせてくんねぇか、流石に男として情けねぇだろ」
「……女性を傷つけて泣かせて追い込んで、これ以上情けない事ってあるんですか」
「マスターの嬢ちゃんにも殴られたし、俺が言わなきゃなんねぇ事を言われかけた事かな」
「自業自得です」
珍しく辛口のマシュが立ち上がり、クー・フーリンの隣を抜けた。
「いいですか、今度泣かせたら次は私が相手になりますから」
そう言って医務室を出ていくマシュ。扉も閉まり、部屋には二人だけ。
「……おー、怖」
呟いたクー・フーリンはベッドに腰かけた。軋む音に思わず身が竦む。それに気付いたのは彼が、罰の悪そうに頭を掻いた。
「……体」
視線が宙をさ迷っている。
「大丈、夫………な、訳ねぇからココにいるんだよな」
「…………」
「……俺はな」
そうして話始めた彼の表情は、少し暗かった。
「お前さんに逢うのは、あの冬木が最初じゃなかった」
「―――え」
「………覚えてねぇんだな。俺達は、俺がキャスターじゃない時に会ってたんだよ」
「……それって、いつ」
ぽつぽつ話された内容は、自分の知らない世界だった。
記憶が混濁しているのだ。特異点とやらで出逢い、そのまま付いてきた私は、『そう』なるまでの記憶がひどく曖昧で。言うなら、ここ半年ほどの記憶のうち、大部分が虫食いのように抜け落ちていた。
話に出てくる私は、私の知らない私で。
話に出てくるクー・フーリンも、私の知らないランサーだった。
「また逢えるたぁ思ってなかった。……だが、お前さんは俺を覚えてなかった」
「………」
「仕方ねぇ事なんだろう。特異点とやらはそんなものだ。それでも………俺は、納得できなかった。特異点じゃねぇ世界のお前さんは、望んで俺の側にいたからな」
未那、と。
小さな声が名を呼んだ。
「俺の事、言い寄らなくても不自由しない、って、言ったよな」
「………」
「俺がお前に言い寄ったら、俺の側に来る気はあったか?お前が自分から、俺に抱かれに来るか?」
掠れた声だった。
「………嫌、って、言ったら……言い寄らないつもりなの?」
「それは」
「卑怯だよ、そんなの」
そんな安牌を掴むような方法、私には許されてなかったのに。
ゆっくりベッドから起き上がった。まだくらくらするが、そんなのに構っていられない。
「……すき、なの」
私は記憶も抜けてて、何も持ってなくて、不安で苦しくて。
「クー・フーリンのことが、好きなの」
「………未那」
「卑怯だよ」
私の知らない私を、貴方じゃない貴方が知っていて、私の知らない私は、貴方じゃない貴方の側にいて、それを知らない私は、それでも貴方の側にいたくて。
「言い寄られたら?……側に行くに決まってるじゃない。貴方だったら、少しでも一緒にいたいって思うに決まってるじゃない。触れたいって、触れられたいって、そう思うのは当たり前じゃない」
時間も、心も、躰も、全て奪われていた。言い寄られる前から。
それを聞いた彼は頭を抱えて掻き毟っている。
「………あー、無理」
「ーーー」
「無理!無理だって!!いや絶対無理だろこんなの!!!」
普通だったら屈辱に卒倒しかねない言葉だが、こっちを向いた彼の顔を見てーーー動けなくなった。
「ここ医務室だぞ!?んな事言われたら抑えらんねぇよ!!生殺しかよ、質悪ぃな!」
ひどく、真っ赤だった。
「今すぐ抱いて滅茶苦茶にしてやりてぇ。俺がこれでも抑えてた分、全部吐き出してやりてぇ。俺でしかイケねぇようにしてやりてぇ。俺にしか欲情しねぇようにしてぇ」
並べられた言葉は全部、下半身直結のある意味最低なものだったけど。
「……欲しくて、堪らねぇ」
「………クー・フーリン」
「解ってんよ!俺が無理させたから!だからしんどいって知ってんだよ!!」
尚も吠えるその背中に手を添えた。肩に額をつけ、その温かさを味わう。
「………場所、変える?」
「……お前」
「介抱、してくれるよね?」
それは今出来る、精一杯の誘い文句だ。部屋のカードキーを出してその手に握らせて、あとは彼が抱き上げてくれる。
「……泣いても止めてやれねぇからな」
「気分悪くなったら止めてよ」
「さぁな?……こんだけ煽って、今更ナシになるなんて思うなよ」
彼の腕の中、これから始まる甘い宴を思うと下腹部が切なく疼いた。逃げる気は更々無いが、逃げられないようがっちりと力を籠められているらしく、悪い気はしない。
「絶対、逃がさねぇからな」
「……逃げないよ。でも、優しくしてね」
医務室から部屋までの距離、それがそのまま猶予期間だ。
部屋についたら、その先は。
続