Fgo

□想いを告げるより先に
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「ちょ、っ!?」

事の始まりは五分前、結構頻繁な口喧嘩の最中だ。
どちらが悪いという訳ではなく、よくある行き違い……だと思う。私が求めるものと彼が求めるものが違う、そんな話だ。
私は私の戦力をもっと充実させてから、立香と共に行けば良いと思っている。
彼は彼一人でも充分に戦える、と。だから立香と歩調を合わせるべきだと。
私にサーヴァントは一人しかいない。彼だけだと、彼自身も知っている筈なのに。

「少し黙れ」

低い声は怒っている時のものだ。いや、『彼』はいつもか。涼しい風を思い起こさせる、気持ちのいい声。それが今は低い音で、背筋が凍る思いをした。
彼はサーヴァント、キャスターのクー・フーリン。その強さは折り紙付きで、本気で怒れば私など一瞬で消し炭だろう。……私が彼のマスターでさえなければ。
そんな彼に、今私は自分の部屋の壁に向かって押し付けられている。

「何よ、こんな事っ……」
「黙れ、って言われてんのが解らねぇのか?」

キャスターでもこの力の強さは、流石『光の御子』といったところか。怒りで曇る力でもないらしい。両肩を掌で覆われた状態で、頬と上半身がしっかり壁にくっついている。
ああ、憎らしい。けれど恋しい。口喧嘩ばかりの間柄だが、いつしか自分には恋心というものが芽生えてしまったらしい。触れられている肩が、そして壁に付いて冷たくなっている筈の頬が、あつい。

  『嬢ちゃん、そんなシケた面してたら嫁の貰い手も無いだろうよ』
  『……良いわねぇ、英雄さんは。綺麗な女の人が側にいて、言い寄らなくても不自由しないんでしょ?』

無いわよ、貰い手なんて。ある訳ないじゃない、貴方が好きなのに。
想い人がいて、それでもいいなんて言う男なんている訳ないじゃない。貴方以外に貰われたいなんて、思う訳ないじゃない。
喧嘩の果ての、そんな売り言葉に買い言葉で今に至る。

「わっかんないよ!!」
「黙れ」
「どうせ貰い手のない女よ!彼氏もいたことないわよ!でもそんなこと、貴方に関係ないじゃない!!」
「黙れって」
「私は―――」

いつか離れる貴方に、想いを告げて良い訳が無い。

「……へぇ」

低い声が笑う。

「嬢ちゃん、処女か」

嗤う。

「っ……!」

気にしている事が、下品な言葉に聞こえて怒りが増す。歯噛みして怒りを堪える私に、彼は片手だけ外して、私の後ろ髪をその手で一纏めにしてそっと持ち上げた。

「選ばせてやるよ」
「ぇ……な、っうあ!」

低い声が近くなった。邪魔が無くなった首筋に顔を寄せた彼は、その犬歯を肌に突き立てる。
痛い。勿論痛い。でも、倒錯めいた感情が湧くのも事実で。痛みは肌を食い破られる程のものではなく、やがて鈍い痛みを残したまま唇が耳元に寄せられた。

「―――嬢ちゃんとの魔力供給がもっと上手くいけば、俺はまだまだ強くなる。それこそ、嬢ちゃんが心配するような事態も無くなる……かも知れねぇなぁ?」

耳朶に触れた唇が、低く、優しく、熱く、囁く。

「イタイのと、キモチイイのと、どっちか選べ」

髪を纏めていた手が、髪を離れ、肩を過ぎ、背中を辿り、腰を擦る。

「あー……、どっち選んでも、もしかしたら最初はイタイかも知れねぇな?」

その意味が、何を示しているかなんて、解りたくなかった。
心臓が早鐘のようで、彼に心音が届いているんじゃないかと思うくらいには煩い。
やがて何も考えられなくなって、膝が先に崩れた。彼が脇に手を入れて抱きかかえてくれて、それで。

「言っとくが」

考えるのを、止めようと思った。

「一回じゃ終わらねぇからよ。今までオアズケされてた魔力分、利子つけてしっかり寄越して貰うまでな」

ベッドはすぐそこだ。簡単に担がれて、放り投げられて、その先何が待っているというのか。

「……俺がどれだけ待ったと思ってるんだ、ばぁか」
「……よ」
「あ?」

今出来るのは、精一杯の照れ隠しだけだ。

「ひどいよ」
「……」

そう言えば、彼は笑って

「お前、『前』もそう言ってたよな」

私には思い当たる節の無い言葉を一つ、零しただけ。






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