中編

□6.
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それはよく晴れた夏の午後、政庁の一室で紅茶を口にする二人の男女がいた。
男女とはいえ二人ともまだ若く、仲が良さそうでありながら恋人達とはまた違う雰囲気を出している。
二人とも黒い髪で、青年は黒の瞳。少女は翠の瞳で向かい合って座り互いを見つめていた。

「……私が母上様にお聞きしたのは、そこまでです」
「………。」

士官服を着ている二人は、人を寄せつけ難くさせる雰囲気を纏っていた。
目の前にある二人ぶんの紅茶は既に冷え、茶菓子であるクッキーも枚数としてはかなり残っている。
青年が額に手を宛て、気難しそうな目付きの瞳を伏せた。その仕種は、この国の宰相の若い頃によく似ている。

「私が聞いた話とは大分違うな」
「……と、仰いますと」
「私が聞いた時は、式までは滞りなく進んだが式当日に発熱したらしいベルゼーヴァ様がとても不機嫌に見えた―――かい摘まめばそんな話だ。少なくとも刃傷沙汰など聞いていない」

青年が少々大袈裟に肩を竦めてみせた。少女はといえば、先程まで恋人達の馬鹿な擦れ違いの顛末をどこか嬉しそうに話していただけに、青年の言葉には少々不本意そうな顔をしていた。

「……私、騙されたのですか?」
「……寧ろ、素直に信じるお前に問題がある。二人の馴れ初めさえ、『川に落ちた母上様を洗濯に行っていたベルゼーヴァ様が見つけて拾った』……なんて、普通大体誰が信じる?」
「………………………。」
「……ああ、そうだな。お前だけは信じたな」

青年が鼻で笑い、冷めた紅茶を口にした。
青年の目の前の少女はやはり不満そうな顔で。

「作り話をする母上様は生き生きとしているから、素直なお前は騙されても無理はないだろうが」
「手伝いの皆さんも、お二人から強く口止めされているようですし……真実は未だこの手にあらず、ですね」

少女もまた紅茶を口にする。時計を見れば、休憩時間ももうすぐ終わる。

「……お兄様、今日の帰りはいつ頃に?」
「日付は変わらないだろう。……あぁ、そうか」
「?」
「いや」

何か思い至ったような青年の表情に、少女が首を傾げた。その表情は母親に似て、どこか無垢さを漂わせる。

「一箇所だけ間違いない所があるな、二人の結婚について聞いた話は」
「……ど、どこがですか?」

青年が少女のそんな表情を見て、唇で孤を描いた。

「式を挙げ、祝福される程度には歓迎されていたのだろうな。……二人の結婚も」
「………。」
「元は、とはいえ敵国の重鎮二人の結婚など、私がもしその場に居たならば止めさせていただろうが」
「そ、それは」

辛辣な青年の意見に、少女が顔を顰めた。もう大分昔の話を、今でも有り得ないと跳ね退ける姿は父親に似て頑なだった。
跳ね退けることが自分の存在を否定することに繋がるとしても。

「まぁ良い」

紅茶を飲み干して青年が立ち上がる。

「どんな親でも私達の両親だ、産まれた事自体に不満は無い」
「……お兄様のその不遜な言い方、昔の父上様にそっくりだそうですね」
「……その辺りは不満以外無い」

青年が眉を顰めた、その時扉からノックが聞こえた。

「……時間ですね」
「そのようだな」

二人は今日はフル回転で執務をこなしていた。

―――結婚記念日だから。

そう笑いながら、一昨日両親は二人きりで旅行に出て行ったのだった。
勿論、二人とも仕事を子供に残して行ってはいないのだが、それでも毎日のように執務室に運ばれてくる書類の量は半端ではなかった。

「私も今日は少し遅くなるかも知れません」
「無理だけはするな。後回しで良いものは二人が帰って来た時に引き継いで構わない」

今でも仲睦まじい両親に苦笑いが浮かぶ。
子供の前では喧嘩もしない二人。
とある事が原因で、年齢が外見に現れなくなった母親。
その特殊な出自により、自ら茨の道を歩んだ父親。

「一年に一度の結婚記念日ですもの、私達のお祝いで出来ることはこれくらいですから」
「全く……」

二人の全ては、子供である二人から見ても謎に包まれていた。
それでも自分達の自慢の両親だと言える。過去の話を煙に巻きたがるとしても、想い合う姿に偽りは感じなかった。

「……来年は伯父上様に聞くとしようか」
「……伯父上様こそ、きちんと話してくれるなんて思いませんけれど」

二人が育てた小さな種は、幸せな花が咲こうとしている。
笑い合う二人の兄妹は、短く別れを口にして同じように部屋を出て行った。







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