中編

□4.空白を埋めるように
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映画を見たい、と言われて直ぐに駅前に向かう。移動手段を考えたが、彼女の願いで歩く事にした。
見える全てのものに一々『変わってない』とか『あれは見たことない』だとかはしゃぐ姿を見て、彼女が居なかった年月を改めて考える。もしかすると、他の人間にはこの少女が見えていないんじゃないのか。

「………、秀利君?」
「ん……あぁ、いや」

そんな風に考える自分の様子を不自然に思ったのか、首を傾げて聞いてくる。ふと目に入ったショーウインドウに視線をやると、やはり彼女も映っている。

「……喉、渇かないか」
「喉?で、でも」
「映画館まで少しある。……寒いだろうから、温かいものでも」

タイミングよく視界に入った自動販売機に歩を進める。あ、と小さく声を漏らした彼女も、暫く考えた後で怖ず怖ずと後ろをついて歩いて来た。

「何がいい」
「……ほっとタンジェリン」

なんとも言い難い赤色のミニペットボトル飲料のボタンを押すと、下へと飲料が転がる音が聞こえた。
彼女は笑顔でそれを手にしてキャップを開ける。……強すぎる柑橘系の香りがして淀んだ赤色が見えた。

「ありがとー。あったかいよ」
「でなければ意味が無い」
「ん、美味しい」

本当か?……と問い掛けたかったが我慢して、自分は緑茶のボタンを押した。手にしてまた目的地に向かって二人歩き出す。

「……そういえば」
「どうした?」
「最近ってどんな映画やってるの?」
「………君は下調べも無しに映画を見たいと言ったのか……!!?」







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