仮想空間

□寝相
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「おい、どうしたんだ三成」

振り返ると、不思議そうな顔をした清正がいた。
それはそうだろう。

首を傾げたまま歩いている人を見かけたら、おそらく俺でもそう声をかける。

「いや、どうやら…寝違えたらしい」
「寝違えた?首伸びないのか」
「ああ、痛くてな」
「ふーん…大事にな」

てくてくと、清正は俺とは別の方向に歩いて行った。

「おぉ?三成?」

体の向きを進行方向に戻すと、今度は正則がいた。
こちらへ歩きながら、話しかけてくる。

「なにやってんだぁ、お前?」
「うるさい。寝違えただけだ」

それだけの会話で、正則とはすれ違った。

「おや殿、どうなさったんです」

角を曲がったところで、左近に会った。

「寝違えたんですか?」
「まさしく、な」
「ははぁ。なら、冷やした方がいいですよ」
「む……そうか」
「そうか、って…じゃあどこに向かってたんです?」
「とりあえず、おねね様のところに行こうかと…」
「なるほど」

くる、と左近は踵を返す。

「左近?」
「俺が部屋まで水と手ぬぐい持って行きますよ。戻って待っていてください」
「あ、あぁ…すまん」
「いいんですよ」






「しっかし、殿でも寝違えるんですねぇ」

左近はじゃばじゃばと桶の水で手ぬぐいを濡らして絞り、俺に差し出す。

「なんだ、その人を人と思わないような発言は」

それを受け取って首の右に当てながら、左近に文句を言う。

「いやいや、殿は寝相がいいですから…そんなことは無いのかと」
「俺も寝違えることぐらい…いや待て、俺の寝相がいいというのはどこから出た?」
「いや、まぁ……」
「おおかた、清正や正則だろう」
「なんだ、わかってるんじゃないですか」

餓鬼の頃、三人で寝かされたことが多々あった。
だがその時は、安眠できたためしがない。正則の寝相に苦しめられた。

「あの馬鹿、俺の鳩尾に裏拳をかましてきた。死ぬかと思ったな」
「あっはっは、その場で大喧嘩でしょう?で、雷が落ちる」
「おねね様の、な。その間、清正だけはどういう訳か、すやすやと寝ていた」
「図太いですねぇ」
「鈍感なのだ」

これで戦場を生き抜いて行けるのか、とさえ思った。
だが実際、眠れる時にしっかり寝ておく、というのも大切。

ある種の才能だ。

「…でも、寝違えたこと無かったんですよね?」
「む…?」
「寝違えた時の対処法、知らなかったんですもんね」
「………まぁ、な…」


「三成ー!」


「…は」

声の主はすぐに分かったが、振り向けなかったので、体ごと声のした方を向いた。

「おねね様…」

その手には、桶と手ぬぐい。

「あれ?左近がもう手当てしてたんだ」
「廊下でこんな殿を見かければ、臣下としては心配ですから」
「よせ、左近」
「そっかぁ、ならいいんだ!」

にこっと笑って、踵を返して行ってしまった。


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