星霜
□星霜Y
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+ある夏の日常+
「暑い」
「そうだねぇ」
夏の暑い日。
といっても毎日そうなのだが。
今日も容赦なく降り注ぐ直射日光がきつく、気温も高い。とにかく暑い。汗が止まらない。
──だというのに、変わらずさあやは幸村に背中越しに抱きつかれ、懐かれている。
「「「──」」」
ああ。またやってる。
と、仲間達はそんな二人をちらちらと気にしながらも、もはや諦めかけているのか誰も声を掛けられない。
「むぐぐ〜〜っ!」
「おねえさまっ、落ちついて下さい!」
だが、諦めきれないのがここに一人。
仁王にがっちり両腕を後ろ手に拘束し、じたばたもがく姫の口を隣で押さえている遥が声を潜めながらも必死になだめている。
「姫──もう諦めてアイツらのことは放っておけ」
「むぐぐ〜っ!」
抗議の声をあげられない代わりとばかりにジャッカルをきつく睨み付ける。
「姫。お前さんもわざわざ幸村の機嫌を悪くしとうないじゃろ?」
「!」
「──わかってくれたか」
大人しくなった姫の様子に、ホッとした様な空気が辺りに流れ始め、ようやく腕の拘束が解かれた。
「っさあや!」
「「「あ!」」」
その隙をつき、逃げ出すかの様に、姫は止める間もなく二人の元へ駆け寄っていく。
「っ、何?」
「──姫」
「離れてよっ!」
しっかり二人の間に体を割り込ませる様にしてなんとか隙間を作り、さあやを引き剥がして自分の後ろに隠し、幸村を威嚇する。
「「「姫っ!(なんて無茶をっ!)」」」
幸村の機嫌が悪くなって八つ当たりされるであろう自分達の未来を想像し、青ざめるR陣。
「さあやは渡さないわっ!」
「───へぇ?」
宣言する姫に対し。
にこり、と笑い返した幸村をしっかり見てしまったR陣はガタガタと怯え、震え始める。
「──?」
そんな空気が漂う中、今日も場の中心にいるのに一番理解できていないであろう、さあやが火花を散らす二人の顔を交互にぼんやりと見比べている。
鈍感すぎる彼女が幸村が恐い、なんて感じている筈もない。
「さあやを返してくれるかな?」
「嫌よ!」
「お、おねえさま…っ!」
「嫌なの!」
心配げな声を発して割り込んだ遥にも姫は牙を剥いて否定する。
さあやは譲れないのだ。自分は一番の親友で、だからこそ守らなければ。幸村にも譲ってはいけないのだ。
「姫。」
「嫌ったら嫌っ!」
「──ああ」
緊迫した空気を割り、何か納得したかの様な、のんびりした声が発した先に皆の視線が集まる。
「さあや?どうかした?」
「みゅー」
「「え?」」
「「「は?(何だ)?」」」
相変わらず天然すぎる彼女の思考回路は意味不明。
そんなに親しくもない彼女のことなんて自分達が理解できるはずもない。
──幸村が恐いし。
共通する仲間達の意見はそんなところだろう。
「ふふ」
「なっ!?え、あっ!」
首の後ろに両手を回され、突然のさあやからの抱擁に動揺し、真っ赤になったのは姫の方。
「さあや?」
「──豚」
「!?」
「「「!!??」」」
「俺は豚じゃねぇっ!!」
即座に叫んで否定したのは丸井。
「お前のことじゃねぇよ!」
切り返す様な相棒からの突っ込みも冴えている。
「認めたナリ」
「丸井くん…」
「また太った様だな」
呆れた視線を丸井に向けている中、しっかりメモをとっているのは参謀。
「──昨日ケーキバイキング行ってたらしいっスよ」
横からこっそり追加情報を提供を提供するのは切原。
視線を上げぬまま、柳はにやりと笑った。
「ほう…?メニュー追加だな」
「さあや、おいで」
「はい」
「──」
ショックで未だ固まったままの姫からあっさり離れ、今度は自分から幸村に懐く様に抱きついている。
それにより幸村は簡単に機嫌を直し、周囲への被害はなし。
「──触らぬ神に祟りなし。ですね」
結局、さあやが発した謎の言葉の意味が明かされることはなかったが──幸村の機嫌が良かったこともありあっさり聞かなかったこととして流され、これ以上の追及はなし。
「ところで、真田副部長はどこまで走りに行ったんスか?」
「とりあえず神奈川は走破するはずだ」
「何じゃ?スタンプラリーでもしとるんか?」
「登山じゃないですか?」
「マラソンに出るつもりなんじゃないんスか?」
空気が緩んだことで、無責任な発言が飛び交い始め、会話に花が咲く。
うん、今日もここは平和だ。
「さあや。今日の練習は何がしたい?」
「今日はお出掛け」
「また?じゃあ夜までに戻っておいで」
「──まぁ、努力はしてみるよ」
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