星霜
□星霜V
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唐イ褒美はお菓子
「さあやちゃん」
「?何か御用?」
廊下を歩いていると、どこからか現れたメイドに手招きされるまま近付く。
はい、とエプロンのポケットから取り出されたのは個包装された赤い飴。
「良いの?」
「頑張ってるからご褒美。」
「ありがとう!」
笑顔で飴を受け取り、早速口に含む。
「歯磨きは忘れないこと。それとこっちは二人のお友達?に」
その様子を微笑ましく見守りながら更に飴を二つ。掌に乗せる。
それにこくりと頷いて、笑う。
「良い子ね。もう少しだから、頑張っていらっしゃい」
「うん」
また頷き、促されてメイドに背を向けて立ち去る。
「変わらないわねぇ」
その背中を微笑で見送ると、別方向へとメイドは歩き去った。
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「ママ…そのお菓子はなんですか?」
「二人の分、だって」
「こんなにいりませんが」
さあやの姿を見つけ、呼び止めたまではよかったが、受け取らされた遥は片手一杯に盛られた様々な菓子の小山を眺めながら苦笑を浮かべる。
菓子の小山は遥に出会ったことで半分に分けられ押し付けられていた。
遥は知らないことだが、どうやらさあやが歩く度、同じことをあちこちで繰り返されてきた模様。
「どれも美味しいよ」
「遥!うわ、お前それどうした!?」
「えっ、と…頂きました」
そんな会話に割り込むように現れたのは丸井。だが、さあやに気付いたという訳ではなく、遥の手に──正確には菓子に──目を奪われていた。
ちらりとさあやに視線を向ければ唇に人指し指を立てて、そっと立ち去ってしまった。
「なぁなぁ、ひとつくれねぇ?」
「え?あぁ、良いですよ」
「やりぃ!」
「丸井先輩ー、なーにやってんすか?」
「遥が菓子…」
「あ!遥!オレにもくれっ」
「いいよ。あとは全部あげる」
ひとつだけ飴を取り、残りを切原に押し付けてしまう。
「ずりぃぜ遥!贔屓だ!」
「あとは切原くんに貰って下さいねー」
ちゃっかり怒りの矛先を切原にすり替えて立ち去る。
それを呼び止めることなく丸井の意識は切原に向けられた。
「赤也!」
「えー、ま、ひとつ位なら良い…ってそれ全部じゃないッスかー!」
「さあや、また貰ったの?」
持ち歩いていた菓子の残り半分。彼もまたさあやに遭遇し、すぐに菓子を押し付けられていた。
「食べるよね?」
「食べないよ」
だがこちらは笑顔つきの即答で拒絶。
「女の子は甘いものが好きじゃないといけません」
「女じゃないから良いんだよ」
「ふぅ。ワガママですねぇ」
「鳳。」
「え?はい、何ですか?」
そこを偶然通りがかったらしい鳳は幸村に呼び止められ、足を止めて振り向く。
「差し入れだよ」
幸村は貰ったばかりの菓子をそっくり押し付ける様に鳳の手を掴み、載せた。
「え…」
「精ちゃんひどーい」
「あとの処分は任せるよ」
棒読みのさあやの抗議をものともせず、笑顔でスルー。
「え、あの…?」
「さあやは太るからもう食べちゃ駄目。食事が入らなくなるからね」
「──はぁーい」
「さ、行くよ」
「精ちゃん、自分で歩けるよー?」
「はいはい」
だが、幸村が抱き上げたさあやを下ろすことはない。声を上げたさあやも声を上げても暴れることなく、運ばれていた。
呆然と二人を見送り、苦笑を浮かべた鳳もまた歩き出し、向かった先には…。
「長太郎…何だよそれ?」
「差し入れだそうです」
「は?」
ぽかんとした宍戸に鳳はまた笑った。
そんなことが何度かあったりなかったり…。
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