星霜
□星霜W
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72話
『冷たい、怒り』
「これ…?」
朝練が始まるにはまだ少しだけ早い時間。部室の奥に居るのは二人の女子。
差し出された白い発泡スチロールの箱を受け取り蓋を開けた遥は困惑していた。
「遥への差し入れだよ。アイス、好きだよね?」
その中身は大量のカップアイス。しかも少しだけ値段がお高いので有名な某メーカーの濃厚で多彩に展開された味が売りの、ちょっと贅沢したい気分な時とか自分へのご褒美用に食べるならコレ!って感じのヤツ。
「…あの…朝から?」
「あ、冷凍庫に入れておけば大丈夫だよ。で、これ」
「?マジック…」
遥が心配していたのは朝からコレを食べなければならないのか、という疑問。
更に現れた黒い油性マジックペンを見せられて、また首を捻る。
「名前を書いておかないと精ちゃんが勝手に食べちゃうからね」
経験談なのかさあやは苦笑いを浮かべる。
「──その前に切原君か丸井先輩が食べる様な気がします」
「?あ、そっか。なら──遥はどれが好き?」
「…おねえさまにはチェリー。ママはイチゴ…」
「遥、は?」
自分のことより優先して出てきた答えに、にっこりと笑顔を浮かべて、違うだろうと答えを修正させる。
「…あの、モンブランかラスベリーが気になり…え、あの、ママ?」
最後まで聞くことなく、早速取り出し、二つともに名前を書く。
「他には?ない?」
「──チョコクッキー、も」
視線を泳がせた遥に構わず、チョコクッキー味にも名前を書き足した。
「私はイチゴ。精ちゃんのはレモンと…ん〜…ミント…がいいかなぁ?」
箱からアイスを取りだしながら、次々と名前を書きつけていく。
「あの、勝手に決めちゃって良いんですか?」
「うん。精ちゃんは気分で食べたい物が変わるから」
「…そうですか」
さあやが気にしていないことであれば、遥に反論する気はない。
「──余っちゃった」
「先輩達も食べますから」
さあやからペンを借り、違うカップアイスに名前を書いていたのは姫と──何故か切原の名前。
「?…ふふ。にゃんこの世話も大変だね」
「え?あ…!これはその、ついクセでっ…!」
さあやに指摘されて遅れて気付いたのか慌て出した。
「良いんじゃない?大好きな人の好みを覚えてるのは大事なことだよ」
「大好きなんかじゃ…!──ないです」
すぐに否定はしたものの、頭を撫でられて怒り出しそうな気配を納め、声が小さくなる。
「可愛いなぁ…」
にこにこ笑いながら、さあやは遥をあっさり手懐けて宥めてしまった。
「これは遥の好きな時に食べなさいね」
「はい…」
そして、さあやの手によって冷凍庫へ次々に移されていくカップアイスを眺めて、遥はこっそり微笑する。
こっそり隠して差し入れられた、小さな気遣いにさあやが大好きな遥が喜ばない理由はどこにもないのだ。
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