Novel
□恋、音色 16
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恋、音色 16
なぜだろう。
「マスター!宿題手伝うよ」
「あ、いや。大丈夫だよ」
「じゃあ喉渇かない?今飲み物持ってくるから!」
「あ、ありがと…」
なんだかレンがいなくなった日から急激に優しくなったというか、素直になったというか…
「マスター、お待たせ」
満面の笑みを浮かべ、レンは麦茶の入ったグラスを机の上に置いた。
「ありがとう」
「これぐらい、どーってことないよ」
ニカッと笑うレンの姿は、数日前までは考えもしなかっただろう。
ネクタイを弄る姿を見れなくなるのは少し寂しかったりもする。
何があったんだろう?
何か企んで…ってことはないと思うけど。
私は数学の宿題とレンの急激な変化に混乱しながらも、麦茶を口にした。
シーンと静まりかえる部屋にカランと氷の音が鳴り響く。
夏には涼しげな光景だが、レンの視線が痛々しく突き刺さる。
な、なんでこんなに見てるんだ…?
レンの方を見れない。
私は半分ぐらいまで飲み干したグラスを置き、宿題に目をやる。
見てる。ジーッと。
「レン…?」
恐る恐る問いかけると、レンは「何?」と笑顔で返された。
「あ、いや。なんで見てるのかなーと…」
「マスターが可愛かったから♪」
…違う。
レンはこんなこと言わない。いや、嬉しいんだけどさ。なんか変だよ。絶対!
「…レンはどこ?」
「…え?」
「本物のレンはどこ?」
少し怖くなった。本物のレンだったら、傷つけてしまうかもしれない。
それに目の前にいるレンが違う人だったら、余計に怖い。
少し恐怖心を抱いていると、目の前のレンはにやりと笑った。
「よくわかりましたね。はじめまして、鏡音リンです」
にっこりと笑い、ぺこりとお辞儀をしてきた。
さっきまでのボーイソプラノとは違い、凛としたかわいらしい声だ。
「リンって双子の…?」
「はい。双子の姉みたいなもので知られていますね」
やっぱり。
レンの姿で声だけリンだなんて、少し違和感がある。
そんなことより、本当に鏡音リンなんだなろう。
「ま、まず、レンはどこ?」
言いたいことはたくさんあった。
なんでここに居るのかとか、どうしてレンの格好をしているのかとか。
でもやっぱりレンのことが心配だ。
だって違和感があったのはリンがレンとしてすごしていたから?
じゃあ、レンが見つかった日からレンはレンじゃなくて、リンだったってことで…
そうだ。私気づいてなかったんだ。マスター失格だ…
「レンはクリプトンへ戻されました」
「どこか故障してるの…!?」
何かあったから調べられているのだと悟った。
リンはにっこりと微笑んだまま、口をあけた。
「はい。オイルの流れに異常が見られたんです」
「それって直るの!?」
つい大きな声を出してしまった。
異常、とは、人間でたとえれば怪我や病気に当たるわけだし、病気にも治らないものもある。
心配になってきた。
戻されたからといっても長すぎだと思う。
だってもう、一週間以上は経つ。
「大丈夫ですよ。オイル点検に移っています。長引くんですよ、オイル関連のことは」
安心した。無事ならなんだっていい。
「そう…。で、なんでリンがここにいるの?」
「レンに頼まれました。マスターが心配しないようにオレの代わりになってて?と。一応外見は似てますし、声は調節すれば変えられます」
レンは私のことを気遣ってくれたんだ。
そんなことを言ってくれているとは思っても見なかった。
嬉しい。非常に嬉しい。
「でも、一つだけ変なことが」
「変なこと?」
「はい。レンは人間のことを気遣う気持ちはなかったはずです。レンは人間を酷く恐れていましたから」
人間を恐れていた?
なんだろう。
何故か、そんなの私にだってわからないはずなのに、
レンが先日から言っていた、前のマスターに何か関係していると私は確信した。
続く
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