It snows.

□#3
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美味しい。食べ物は美味しい。
マスターと食べるともっと美味しい。
味覚があって良かったって
今は心からそう言える

It snows_3


「たーだいまー」

玄関からマスターの声が聞こえると、すぐに僕の脳内では“玄関へ行け”という指令が通る。
「おかえりなさい」
「うん。今日は寒かったよー」
「でしょうね。冬ですもん」
「あは、そうか」

マスターの家に住むことになってから2日目。
やっぱり慣れない。
新しい家に住むことなんて何度も体験したし、そろそろすぐに慣れることができるはずなんだけど
なんか、今回は違う。

「ううー。ホントに寒いなあ」

マスターは寒そうに両手で方を抱えた。
僕も温度を感知する機能ついているから、寒いのはわかる。
本当に不便だ。寒いのは嫌い。
痛いし、なんとも言えない淋しさが押し寄せてくるようで。
こんな機能いらないのに。

「待っててください、今温かい紅茶いれますから」
「ありがとレン」


「はい、どうぞ」
カップに入った紅茶を二つ。
一つをマスターの前の机に置く。
ありがと、と言って紅茶を手に取るマスター。
息を吹きかけ熱を冷ます。
軽くカップの縁に口を付ける。

そこまで全部見届けた。
マスター、火傷しないかな、とか、
うっかりカップ落とさないかなとか御節介なことばかり頭を通る。

「あー、あったまるー」
やっぱりマスターの笑顔を見るとなんか不思議な気分になる。
心の中があったかくなる。
あ、僕に心なんてないのに。

僕もカップを手にとって、そのまま口に運ぶ。
その瞬間、口の中に痛みが走った。

「あつっ」
「ああ、少し冷まさないと。大丈夫?」
「はい。すみません」

あれ。笑顔が消えた。
僕の、せいで。

「さてと。温まったけど、又出かけてくるね」
「どこか行くんですか?」
「うん。ちょっとね」

そういえば昨日も同じ時間帯に出かけてた。
どこだろう。
でも僕が聞いても何の意味もない。

「あ、そうだ」

何かを思い出したように僕に視線を送るマスター。
「どうしました?」
「帰ってきたら、又紅茶入れてくれる?美味しかったからさ」

あ、笑った。
凄い安心感。

「はい。勿論」
「あ!、やっと笑った!」
「…え?」

にひっと笑いながら僕を指差す。
な、んだ?

「初めて笑った所見たからさ」
「そう、でした?」
「そうだよー」

僕、いつも笑ってるはずなのに。
マスターには笑ってる風に見えてなかったのかな…

「もっと笑ってよ」
「え?」
「レンは笑顔が似合うから!」

似合う?笑顔が?
そういえば、僕自分の顔そんなに見たことなかった。

「無理、ですよ」
「どうして?」
「だって、どうやって笑えばいいか分からないし、上手く笑えない」

笑顔は自然に出てくるものだから、僕は無意識の内に笑う以外笑うことができない。
だから笑う回数も少ないんだ。

マスターはよく笑う。
羨ましい、というか。どうやって笑うか教えてほしいぐらい。

「じゃーあー」
「えっ」

マスターはニヤリと笑い、僕の腕を上げる。
そのままマスターの指は僕の脇で動く。
「ひゃっ、ますたあだめ!やっひゃはあ」
「こーやれば笑えるでしょーっ」
「しんじゃう!だめだめ!」
「これぐらいにしといてやろーう」

なんだ、今の感情。
今までで死ぬと思ったのは初めてだ。
マスターは僕の頭に手を置いた。

「今、レン、笑ってたよ」
「うそ。今ので?」
「超笑ってた!いつでも言って?笑わしてあげるからねー。」
「無理!死ぬ!」

僕、笑ってたんだ。
こうやれば笑える。そうか。これで僕も。
でもなんか、マスターの笑い方と違うような気がする。
でも、なんだろう。
マスターと話してると胸の奥が温かくなる。
これも、僕だけに具われた機能?

「じゃあ、行って来るね」
「あ、はい。いってらっしゃい」
「いってきまーす」

マスターがドアを開けると冷ややかな風が部屋にも入ってきた。
外、かなり寒い。
マスター風邪引かないかな。
心配になってきた。

それより、どこに行くんだろう。
早く、帰ってきてほしい、な。

あれ。こんな感情も初めてだ。
今日は色々初めてすることが沢山あった。

僕は部屋に戻ってもう一杯紅茶を飲んだ後、いつの間にか眠っていた。

***

「レン、起きたー?」
「あっ、マスター!帰ってきてたんですか」
「うん、今さっきね」

マスターは又笑う。
優しく微笑む。なんでそんなに起用に笑えるんだろう。

「すみません、寝ちゃって」
「大丈夫だよ。それより、何か食べない?レンもお腹減ったでしょ」

そう言いながら手に持っていたビニール袋を僕に見せ付ける。
そういえば、お腹減った。
でも此処でお腹減ったなんて言ったら迷惑がかかる。
マスター一人暮らしみたいだし、特に迷惑かけちゃいけないのに。

「え、っと。そんなことは」
「ふーん。まぁ、レンが食べたくないなら私だけ食べちゃうけど」

何か見透かされたような気分だ。
僕は我慢できる。大丈夫だ。

「じゃあ、食べちゃうからね?オムライスに、デザートもあるんだけどなー。デザートはレンの好きなバナナが入ったアイス入りミニパフェなんだけどなー…」

僕を横目に、持っていたビニール袋から言っていた品物が出てくる。
バ、ナナ。
僕の大好物、といっても過言でもない。
オムライスだって好きだ。

目の前にある食材にお腹が返事をする。

「本当にいいの?」
「…お腹、へり、ま、した……」
「えへへー。素直でよろしい」

恥ずかしい。僕は本当に我慢ができない男だ。
マスターの顔が見れないで下を向く僕に追い討ちを掛けるように僕の頭を撫でるマスター。

なんだか子供扱いされてるみた。
でも、マスターの指の感触は気持ちが良かった。

「じゃあ、食べよっか!」
「は、はいっ」
「ねぇ、レン」
「はい?」

箸を手にマスターは口を開いた。
「レン。我儘言っていいんだからね。何でも言ってね」
「…はい」

まただ。
本当に見透かされてるようだ。
でも、僕はずっとマスターに迷惑掛けちゃ駄目って。
今までのマスター全員、気を遣っていた。
今回のマスターは違う。
なんだか開放さてたような、無償に自由になった気分がした。

「ん。おいしー!」

頬に手を当て微笑むマスター。
幸せそう。
僕はいても経ってもいられなくて、箸を動かした。

「あ、本当だ」
「でしょー。レン、幸せ?」
「はい」

口の中に広がる味。
そうか。美味しいっていう感情は普通のVOCALOIDには無い。
僕だけ、

「やっぱり、美味しいモノ食べると幸せな気分になるよね。それに、一緒に食べるともっと美味しいし。レンが食べ物食べることができてよかったー」

そっか。
僕は食べ物が食べれるから、こんなに幸せな気分になれる。
マスターと一緒に食べれる喜びがある。
味覚あって、よかった…


普通のVOCALOIDじゃなくてよかった…

普通のVOCALOIDになりたいって何度も願った。
この足枷がある限り僕は一人になる運命だと。
でも、このマスターは違う。

僕は初めて普通のVOCALOIDじゃなくてよかったって思えたんだ


続く


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