It snows.
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初めてマスターに出会ったのはとにかく寒くて
僕にはとても不利な季節だった
It snows_1
『ごめんな。もうレンのこと、この家に住まわせることできなくなった」
なんど聞いたセリフか。
多分8回目。
僕は食べ物を食べたり、お風呂に入ったりしないと生きていけない、誰よりも人間に近いボーカロイド。
死ぬとかじゃなくて、壊れるだけなんだけど動かなくなるのは確実だ。
お風呂に入らなきゃ絶対に駄目という訳じゃないけど、人間がお風呂に入らなきゃ汚いと思うように僕もそう思うんだ。
ロボットが水に弱いのは誰だって知ってるだろうけど、僕は普通のボーカロイドとは違う設計、部品、材質でできてるから故障しないんだって。
食べ物を食べなきゃいけない理由は人間と同じように栄養をとらないと動けなくなっちゃうんだ。
なんで僕が普通のボーカロイドと違うのかは僕自身もわからない。
でも普通のボーカロイドとは比べ物にならないぐらい費用がかかるから、今までのマスターは必ず生活に負担が掛かるからという理由で僕を捨てる。
歌を歌うことは普通のボーカロイドと同じなんだ。
ボーカロイドの皆は『人間に近いボーカロイドなんて羨ましい』と口を揃える。
僕はそうは思わない。
だって歌っているだけで故障することはないし、マスターに捨てられる機会もあまりないだろう。
僕は普通のボーカロイドが羨ましかった。
「わかりました、今までありがとうございました」
「ホントにごめんな?好い人に拾われろよ」
マスターは僕の頭に手をおいた。
もうこの人は僕のマスターじゃないんだ。
それより、次のマスターに会うまでに食べるものを持っておかなきゃ。
どうしよう…
そのまま僕は新しいマスターを探しに外へ出た。
って言い方をすれば綺麗に聞こえるかもしれないけど、捨てられただけ。
ボーカロイドが街中を歩いてもそう珍しくは無い時代になった。
辺りを見渡せば必ず鏡音レンはいる。
きっとあの初音ミクの隣にいる人がマスターなんだな、とか、仲良さそうだなとか考えながら足を動かした。
あー寒い。
きっとあそこにいる鏡音レンは寒さなんか感じないんだろうな。
羨ましいよ。僕寒いの嫌いだし。
もうこんな生活うんざりだ。
「どうせなら故障しちゃえばいいのに」
そう不意に呟いて石段に座り込んだ。
なんか身寄りの無い人みたい。
あ、身寄りいないか。
「寒い」
「だよねー」
急に左側から声がする。
さすがの僕でも驚いて振り向くと満面の笑みを浮かべた女がいた。
「だれ」
「え?名前聞く?おしえなーい」
なにこの女。僕よりは年上みたいだけど、なんだか子供っぽい。
こんな寒い中、そんなに短いスカート履いてるんだから無理もないよ。
膝が見るからに寒そう。
「でもさ、貴方ボーカロイドの鏡音レンでしょ?なんで寒いの?」
「関係ないです」
「わっ、酷いなあ」
むすっとした顔を伏せて隠す。
まず、なんでここにいるんだ?
この人僕になにか用でもあるのかな。
「きっと悩みがあるんだね。私にもあるんだー」
「えっ」
顔をスカートに埋めたまま言う彼女の声はさっきまでの雰囲気とはまるで違った。
「どうしよう。私の大好きな人、病気にかかっちゃったみたい」
「病気?」
あれ、泣いてるの。
「っていうか、なんで僕にそんなこと言うの?」
「わかんない、キミなら話てもいいかなって思った」
意味わかんない。
ボーカロイドにも人間にもきっと理解できないとおもうけど、おもうけど
なんか凄く悲しそう。
「もー、もうすぐクリスマスなのにさー…」
「クリスマス?」
「あと10日後クリスマスなんだよ」
あ、一回だけ祝ったことある。
初めてマスターと一緒に過ごした日、僕はなんで祝うかわからなかったけどクリスマスって言ってた。
「ね、よかったらキミの悩みも教えて?」
やっと上げた顔はもう涙なんか残ってないんだけど、笑ってるんだけど、
やっぱり悲しい顔をしてた。
その時彼女の唇がかすかに動いたような気がした。
“故障なんてしちゃ駄目だよ" って。
僕の思い込み?現実?見間違い?
「僕、普通のボーカロイドになりたいんです」
出会いってやっぱり、何かしらの縁があって
すれ違う人たち全員に運命の糸が繋がってて
神様みたいな偉い人が場所、時間、全て選んで
こうやって繋ぎとめているのだとしたらさ
みんなが運命の人みたいだよね
今話してる人も、そこを通った人も
みんな
きっと運命だね
私と、レンも
マスターがずっと前に言ってた。
僕は深くうなずいたんだ。
今、目の前にいる人もきっと
彼女と僕、繋がってる
続く
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