SS.WORST ♯1

□ハニィ・シュシュのすべて
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ゼットンが、東京の俺の家に遊びに来た。

卒業後、各々の進路に進んだ俺達は遠距離恋愛をしていた。
会いたいな、そう思っていたら、
少し時間が出来たらしいゼットンから電話があった。

つまり、今夜は久しぶりの二人の時間。
そんなわけで、ちょっとだけ…いや、かなり顔が緩んでしまう。

ゼットンは今風呂に入っていて。俺は先に入っちゃっていて。
その…ゼットンが上がってきたら…する事は…。

………。

わああああぁぁぁ〜〜〜!!!!
ぽんと出てきた過去のワンシーンに恥ずかしくなって、
思わず俺は傍らにあったプーさんのぬいぐるみを抱きしめて顔を隠した。

な、何て言って誘ってくるかな…。
あの細い目を更に細くして微笑まれて。あの蕩けそうな声で囁かれて。
何せ、こういうの久しぶりだからなぁ…。声、ちゃんと殺せるかなぁ…。

「コメ、風呂サンキュ〜な!」
「!!」

突然、後ろから声がして俺は口から心臓が飛び出るかと思った。
おそるおそる振り向くと、そこには、ほこほことした湯気を纏っているゼットン。
暑いのか、上半身には何も身につけず首から無造作にタオルが下がっている。
逞しい身体のライン。見ていたら、はしたない事に身体が熱くなり始めてしまった。

ど、どうしよう…何かもうドキドキしてきたし…。
そのまま動けずにいると黒いスウェットが近づいてきて。
ゼットンは座っている俺の後ろにドカッと座り、背中から抱きついてきた。

「いい湯だったぜ?」
そして、うなじに軽くキスされる。
ゼットンの腕に、隙間が無いくらい身体を包み込まれて。
その仕草にドキドキしていたら、ゼットンがつう、とうなじを舐め上げた。

「〜〜〜〜!!!」

神経がゾクリと逆上がる。
軽い緊張感に少しだけ俺は身を固くした。
くるのか…?くるのか…??
俺は、いつ誘いの言葉を投げかけられるか気が気じゃなかった。

「なぁ〜コメェ〜」
緊張しまくりの俺とは逆に、能天気な声が背中からする。

「な、何だよ?」
「しようぜ〜?俺さっきからずっと我慢してんだぜ〜?」
「!?」
「なぁ〜なぁ〜。」

そして、俺の肩をはぐはぐ噛む。肩を噛むな、肩を。
…つーか、こいつにムードとかを求めた俺が馬鹿だったか…。
頭を抱える俺とは対称的に、ゼットンはキョトンとしている。

ま、まぁ…そ、そんな飾らないところも…好きだったりするんだけどさ。

お世辞でも、ムードがある誘いとはいえないソレに応えるように。
俺はゼットンの身体に自分の身体を凭れ掛けた。

「ちょっ…!!コメ何だソレは!?」
「え?」

ゼットンの咎めの声にちょっとビックリする。
わなわなと彼が指差した先にあるもの。
垂れた眉に、ぽてっとしたお腹。蜂蜜が大好きなみんなのアイドル。
あ…さっきの…。

「プーさんがどうかした?」
さらりと言葉を返す俺に、ゼットンのボルテージは更にヒートアップした。

「どうもこうもねぇよ!!何で俺のコメの膝にこいつが乗っているんだ!?」

は、はい???…つーか、俺のって…。
そんな恥ずかしい事を大声で言うなよ…。
目を見開く俺とは対称的に、う〜〜っという感じでプーさんを睨むゼットン。
それに比べ、プーさんの方は睨まれても、ぽえ〜っと呑気な顔をしてる。

「くっ…!何か、凄ぇむかつくぜコイツの顔!!」
…おいおい。こいつはぬいぐるみにまで嫉妬するのかよ。
俺は、がくりと肩を落とした。

「前にゲーセンで取ったんだよ。可愛いだろ?」

そう言いながら、何気にきゅっと抱き締める。
すると、みるみるうちにゼットンの表情が暗くなって。
あ…しまった!!!そう思った時は遅かった。

「ふん……。」
ゼットンは、そう言い放つと俺の背中から放れていって。
そして、のそのそと俺のベッドによじ登り、布団をかぶった。

あっちゃ〜…。ゼットンはすっかり拗ねモードになってしまった。
こうなると、ちょっとゼットンは性質が悪い。
人一倍、優しくて、人一倍、男前な俺の恋人は、
…人一倍、独占欲が強かったりする。

「ゼ、ゼットン!機嫌なおせって…。」
デカロールキャベツ化してしまったゼットンを、布団の上からゆさゆさ揺さぶる。
俺は必死に宥めるけど、出てくる気配はなく…。

ったくよ〜!!せっかくの二人の時間なのにさぁ〜〜〜!!!
俺のこめかみに、次第に怒りマークが浮かんでくる。

「ゼットン!」

そう思うと、つい声が強めになってしまった。
俺を怒らせることに対して、ゼットンは極端に神経質だから。
これ位しないと埒があかない。案の定、そんな俺の反応に少しだけ布団が動く。
今の少しは効いたか…?俺は、おそるおそるゼットンの反応を窺う。

「…どうせ」
少しして、布団の中から小さい声が聞こえてくる。

「え?」
「俺は熊なんかじゃねぇし。」
「は、はい??」
「まゆげも垂れてねぇし。」
「は???ゼ、ゼットン???」
「…蜂蜜も可愛く食べれねぇし。」
「い、いやそれとこれとは…。」
「赤いシャツも似合わねぇし…イーヨーともお友達じゃねぇよ…。」

おいおい。イーヨーが友達にいる奴いるなら連れてこいよ。

「コメなんかプーさんと結婚してしまえ〜…」

あまりにも馬鹿馬鹿しくて開いた口が塞がらない。
何か…本気で頭痛くなってきたぞ…。この状態でいても埒があかない。

俺は意を決して、ゼットンの上にどかっと座った。
小さい呻き声が聞こえたけれど無視無視。
全部の体重をかけて、ゼットンの動きを封じる。
そして、手を布団の中に突っ込んで。

「こらゼットン!!出てこい!!」

俺は思いっきりゼットンの脇腹をくすぐってやった。

「ぶわっはっはっ!!!こここコメ!!!ちょっ…マジ勘弁し…ひゃはははは!!!」

脇腹が弱いゼットンは布団の中でのた打ち回る。
でも俺は手を止めてなんかやらない。

「ひゃはははは!!!し、死ぬ死ぬ死ぬ〜〜!!!!」
「降参するか?」
「すっ…するする!!!しますしますします〜〜〜〜!!!」

その返事に満足した俺はくすぐる手を止めてやった。
ゼットンは笑いすぎたせいで、ぐったり力が抜けていて。
おかげで、ロールキャベツを軽々と解除することが出来た。

「はぁ…はぁ…。こ、コメ…くすぐるのはマジ反則だ…。」
布団から顔を出したゼットンが口を尖らせる。

「ゼットンがくだらない事で拗ねるからだろ?」
「くだらない事じゃねぇ…。」
「ごめんなさいは?」
「ごっ…ごめんなさい!!」

ぷっ。文句を言いつつも、素直に謝るゼットンに俺は思わず噴出す。
俺の顔を見て安心したのか、ゼットンもにっと笑う。
そして、二人であははと笑った。

「でも…何か悔しいな。」
「え…?」
仲直りの後。気を取り直して俺を組み敷きだしたゼットンが、そうポツリと漏らした。

「何が悔しいんだよ。」
「ん?」

俺の問いに、自嘲気味にゼットンは微笑む。



「こいつ、いつもコメと一緒に居るんだろ?」

全てを射抜くようにまっすぐ見詰められて。

「一緒に…居てやれるんだろ?」

真面目な、大人の男の顔で。

「だから…悔しいんだよ。」

まっすぐ言葉をぶつけてくる。





ちゃんと、まっすぐ。

ちゃんと、まっすぐ目を合わせてきて。
ちゃんと、まっすぐ向かい合ってきて。

そんなお前に、俺がどれだけ救われているか。
そんなお前に、俺がどれだけ惹かれているか。





「ゼットン。」
「ん?」
「俺さ…こういう事言うのは恥ずかしいんだけどさ。」
「へ?」
「つー事で、ちゃんと聞いておけよ。」





ちゃんと、まっすぐ目を合わせて。
ちゃんと、まっすぐ向かい合って。

一つ、深呼吸。





「俺…ゼットンが居ても居なくても。」




「…いつもお前の事を考えてるよ。」




不得意なものに立ち向かうお前。
夢に向かって。脇目もふらず、がむしゃらに走るお前。
そんなお前に、俺がどれだけ救われているか。
そんなお前に、俺がどれだけ惹かれているか。


少しは伝わりますように。




ふと見ると、ゼットンは眉を少し寄せて。
俺の首筋にポフと顔を埋めてきた。




「コメはさぁ…」

小さく紡がれる、少し震えた声の後。

「マジ最近、反則多いんだよ…。」

そう、ちょっとだけ涙が混じった声がした。


俺はそれに気付かないふりをして。
ゼットンの頭をちょっとキツめに抱き締める。

あんな小さなヌイグルミに、お前の代わりなんて出来ないよ。
そうだろゼットン…?

END
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