SS.WORST ♯1
□くちづけたい
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腹が減った。二人きりの時、貴方が言った。
それだけで、俺は馬鹿みたいにはしゃいでしまうんです。
一緒に食事が出来るから。一緒に居られる時間が増えるから。
それが、とてもとても嬉しいんです。
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空腹を訴えた黒澤さんのリクエストで近くのバーガーショップに寄った。
向かい合って、席に着く。さっきから、俺の心臓は鳴りっぱなしだ。
黒澤さんは、空腹時とは思えないほど、興味なさそうにバーガーを囓る。
この人は、あまり美味しそうに物を食べない。…俺と一緒ですね。
俺はいつも貴方の触れるものに嫉妬する。
まさか、生きている内に真剣にそのハンバーガーになりたいなんて。
そう、思う日が来るなんて考えもしなかった。
「げ。」
バーガーを囓った黒澤さんの眉間にしわが刻まれる。
「…あのバイト使えねぇ。」
「どうしたんですか?」
「ピクルス。抜いてくれっていったのに。」
入ってやがる、と黒澤さんは舌を打った。
「あ…。嫌い、でしたっけ?」
この台詞は演技。
貴方の嫌いな食べ物。そんなモノ、昔から知っている。
でも、俺は知らない振りをするんです。
貴方の事を意識的に知ろうとしているなんて悟られてはいけない。
そう、この想いは秘め事だから。
「あ、あのっ…!俺、ピクルス好きなんで貰いますよ。」
「そうか?」
こんなすっぱいモン、よく食えるな。お前。
嫌いな食べ物に愚痴を零す貴方が、とてもとても可愛くて愛しい。
…貴方が大好きです、黒澤さん。
「あ、直に摘んじまっていいか?」
「あっ、はい!構いません!!」
黒澤さんは器用にピクルスを摘んで引き抜く。
それを受け取ろうと自分のバーガーを差し出そうとしたら……。
「ほらよ。」
嬉しい誤算だった。
指で摘まれたピクルスは、バーガーの上には置かれず、
俺の口の前に差し出されたのだった。
あの。黒澤さん、これは『食べろ』って事ですか?
貴方の手から、食べさせて貰えるんですか?
嗚呼。これで、俺はまた貴方に尻尾を振ってしまう。
俺をこんなに掻き乱して。貴方は…本当に罪な人だ。
まるで恋人同士の様な光景に眩暈を覚えながら、黒澤さんの手から美味しく頂く。
その時、黒澤さんの指が、少しだけ舌先に触れた。
どくん、と、心臓が縦に揺れる。
身体中、熱した鉛のような血液が脈打つ。
全身、火傷してしまいそうだ。
黒澤さんは、そんな俺の状態に気付くわけもなく。
『お前、犬みてぇだな。』と楽しそうに笑った。
ああ、もう。貴方が喜んでくれるなら、
俺は、犬でも猫でも何にでもなりますよ…?
俺に嫌いなピクルスを食べさせたその指にはソースが付着している。
黒澤さんは気にすることなく、その指をちゅっと口に含んだ。
嗚呼、また誤算だ。
俺の舌先が触れた指を、黒澤さんが舐めた。
黒澤さん。黒澤さん。
それ、間接キスってやつですよ?
キスがしたい。キスがしたい。俺は貴方にキスがしたい。
貴方の、その口唇を直接吸えるなら。
俺は、この寿命が縮まってもいい、と………。
でも、これは秘め事の恋。
キスなんて出来るわけもなく。
出来ないから、せめて。
俺はこの人に触れて貰えた舌先を、大切に大切に口に含んだ。
END