SS.CROWS ♯2

□Ultra Heaven
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突然、激しい雨が降り出した。夕立というヤツだ。
あんなに晴れていたのに。ついていない、と思った。

雨宿り…と思って辺りを見回すと、屋根のついた潰れた店舗があった。
温かくなりはじめた空気を切りながら、砂臭いアスファルトを蹴る。
重たい滴を、身体中に目一杯浴びながらその狭いスペースに駆け込んだ。
濡れて重たくなったシャツに、チッと舌を小さく打つ。

そんな時。背中の方から聞こえてきた、
パシャリパシャリと水を踏む音。
そいつは、この午後からの雨の為にちゃんと傘を持って出たのだろう。
ゆっくりと鳴る、その足音で分かる。


羨ましい限りだ。
そう思って、何気なく振り返った。


「「うっ…!」」


傘を持った、その黒ずくめの男は。
俺と同じタイミングで、低く呻いた。






ザアアアァァァァ………。


「………。」
「………。」

雨音だけが二人の間に立ちこめる。

何でよりによって、コイツとこんな場所でバッタリ会うなんて。
…しかもバッチリ目が合っちまったじゃねぇか。

俺は、目の前で同じく不機嫌そうにしている九能龍信を見据えた。


**********************


過去に様々な確執はあったものの、顔も知らねぇ仲じゃねぇ。
その辺り、無駄に律儀な龍信は、傘をさしたまま俺に向かって歩み寄ってきた。

「…そこで何してンだ?」
「雨宿り以外の何に見えるんだ?龍信ちゃんはよ。」
「あぁ!?」

これ以上、無駄な会話をしたくなくて。
龍信の言葉を遮る様に、胸ポケットから少し湿った煙草に火を点ける。

「お前…ズブ濡れじゃねぇか。」
「突然降られたんだよ。」
「この梅雨に入ったばかりの時期で不用心だな。」
「傘、嫌いなんだよ。」

何か無駄にデケェし。折り畳みっつっても、やっぱり邪魔だ。
確かに外出する前に、グレーの低い空が少し気にはなったが、
降り出す前には帰り着くだろうと思っていた。

「集中豪雨の恐れって、昨日からテレビで一生懸命言ってたじゃねぇか。」
「そんなモン知るか。予報云々の前に邪魔にならねぇ傘でも発明しろってんだ。」
「お前ってヤツは…。」

龍信の溜息に、フンと、鼻を鳴らして、すぅ、と紫煙を肺に送る。
シケた煙草は、やっぱり美味くはなかった。

「…一緒に入って行くか?」
「!!」

龍信が、そうボソリと呟いて。傘をちょっとだけ上げた。

思わず肺へと送り込んでいた煙が逆流し、渇いた喉咽に張り付く。
それから、俺はゲホッゲホッと何度もむせた。

「あぁ!?テメェと相合い傘でもしろってか!?」
「なっ…!!んな気色悪い表現すンじゃねぇッ!バカヤロー!!」

龍信の意外な申し出に、思わず動揺してしまった。
つーか、言った張本人までもスゲェ慌てようだ。
こいつ自身、特に深い意味は無かったのだろう。

「いらねぇよ、別に。」
「あ?何でだよ。」
「テメェんトコの者に見られたらどうするんだ。示しがつかねぇだろ?」

武装の頭の龍信と、鳳仙の頭であるオレ。
そんな二人が、何で一つの傘に仲良く入らねぇといけねぇんだ。
美人でグラマラスなイイ女だったらまだしも、こんなゴッツイ男となんて…。

「そんな事言っている場合じゃねぇだろ。風邪ひくぞ。」
「あっ、おい!」

龍信は俺の意見に聞く耳を持たず、腕を掴んで引き寄せる。
そして、傘を左手に持ち替えて、俺を自分の左側に押しやった。

「……!」

何、わざわざ俺を歩道側にやってんだよ。
俺は、テメェの女じゃねぇっつーの…。

右肩に当たる、龍信の左肩が俺を無性に気恥ずかしくさせた。

コイツはあんな大勢の仲間から、頭として慕われている。
こういう気遣いも、別に意識してやっているわけじゃないのだろう。

春道も言っていたな。コイツは、ああ見えて面倒見がイイって。



「お前ン家、近いのか?」
「あぁ?何だよ。家まで送るつもりかよ。」
「熱出して寝込むよりマシだろうが。」

しつこくそう言うものだから、渋々と近くも無い自宅の住所を言う。
そうしたら、龍信から盛大に呆れられた。

「お前…こんな所で雨宿りなんかしても、帰れなかったぞ?」
「美人でグラマーなイイ女の傘に入れて貰うつもりだった。」
「そりゃあ、悪かったなっ!」

龍信が俺の軽口に、むっ、と口を子供のように尖らせる。
その表情が、何だか意外で。思わず俺は目を丸めた。

ふぅん…皆が恐れる、武装のヘッド様も、
こんなガキみてぇな顔するんだな。

秀幸みてぇ、なんて。ウチの末の弟を思い出させた。
あぁ…そういや、コイツも末っ子だって言ってたな…。


「…何だ?」
「っ…!な、何でもねぇよ。」


あまりにも長く見詰め過ぎたせいで龍信から訝しがられた。
俺は、それを誤魔化すように龍信の腕を引いて歩き出した。



傘の中は沈黙ばかりが漂うものだと思っていたが、そうでもなかった。

「げ。すげぇ、水たまり。」
「…越えるぞ。」
「馬鹿じゃねぇか?ガキじゃあるまいし。」
「俺は越えられるがな。」
「あぁ…?テメェに出来て俺に出来ないって言うのか?」

デカい水たまりがある度に、無理矢理越えたり。
通りすがりの車に水を跳ねられて、二人で文句を言ったりした。

雨音煩い外の開放感がそうさせたのか、
俺は、久しぶりにガキみたく笑った。



**********************



「ここだ。」
「…イイ家住んでるじゃねぇか。」

軒下まで送られた所で、俺は龍信の傘の外に出た。
結構遠い家までの道のりが、とても近く思えたのはこれが初めてだった。

「あーあ、テメェに貸しが出来ちまったな。」
「てめぇ…素直にアリガトウゴザイマスとか言ったらどうだ?」
「アリガトウゴザイマス?」
「ウソくせぇなぁ…。」

素直じゃない言葉に、噛みつかれるかと思ったが、
龍信は、そんな俺に小さく笑っただけだった。


…感謝はしてるさ。…盛大にな。

雨に降られた俺を傘に入れて。
近くない自宅まで付いて来てくれた。

しかも…ここまでの道のりが、楽しかったと思わなくも…。



でも。アリガトウなんて。

……そんなモン…お前に素直に言えるかっつーの。



そんな天の邪鬼な俺の態度に、
龍信がやれやれと傘を左手から、利き腕の右手に持ち替えた。


…!?

その時に、俺は気付いてしまった。

右肩から袖にかけて、龍信はとんでもなく濡れていた。



「じゃあな。秀幸にもヨロシク言っておいてくれ。」
「あ、あぁ…。」


俺は、気の利いた言葉一つも口から出ないまま
龍信の後ろ姿を見送ることしか出来なかった。


自分の左肩を思わず触る。
湿ってはいたが、それは最初に降られた雨のせいで。

俺のそこは、龍信ほど濡れてはいなかった。




あいつ……………雨から俺を庇って……?




気付いた事実に、頬に熱が一気に集まってくる。
それと同時に、ちゃんと言葉に出来なかった自分を死ぬほど後悔した。


風邪をひくから、と言ってきた。

利き手を変えてまで、歩道側を歩かせた。

濡れないように、庇ってきた。


…………………やっぱり、ちゃんと礼言っておけば良かった。


先程まで自分の隣にあった龍信の表情が、脳内を埋め尽くしていく。
それが、更に顔の熱を篭もらせた。



顔が熱い。胸が痛い。

この不調は雨に降られたせいだ、と。
そう思えたらどんなにいいだろう。



らしくねぇ。らしくねぇ。

こんなの…俺らしくねぇよ…。



「あれ?アニキ?」

突然、声をかけられて振り向くと、開いた玄関扉の奥から秀幸が顔を出していた。

「部屋から龍信っぽい姿が見えたからさー出てきたんだけど。」
「あ、あぁ…偶然一緒になってよ…。」
「へぇ、そうなんだ。何だ、久しぶり会いたかったのに。」

そう言って、秀幸が口を尖らせる。

それが、龍信を思い出させて。俺は慌てて秀幸の横をすり抜けた。



今日は何かが、おかしかったんだ。

いつもと違う事がたくさん起こったから。



何かがおかしかった、激しい雨の日。

遠くで雷がドォンと鳴いた。


END
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