SS.CROWS ♯1
□スーツは着たままでどうぞ
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※性的な表現が含まれています。自己責任で。
「ただいま。」
「………!?」
外から帰ってきたヒロミに、おかえりと言えなかった。
その出で立ちに驚いて、声が出なかったから。
俺は、ヒロミのスーツ姿を初めて見た。
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「どうしたんだ…?その格好…。」
「あ?あぁ。バイト先で着ろって言われてさ。」
聞けば、着替えるのが面倒だったから、そのまま帰ってきたらしい。
正直、見惚れた。意外にも、ヒロミはスーツが凄く似合っていた。
その上、いつも針の様に立てられている前髪は、
フォーマル仕様なのか、くしゅっと揉まれて額に落ちていてた。
それが切れ長の目を甘くし、印象を柔らかくしている。
こんなので誘われたら…俺はどうにかなってしまうかもしれない。
…そんな格好で出歩かないで欲しい。切実に。
「どうしたの?」
「えっ?」
「顔、赤いけど?」
熱ある?と、ヒロミが指先でそっと頬をなぞってきた。
「〜〜〜〜〜!!!!」
その仕草に俺は固まる。
待ってくれ。待ってくれ。
元々こういう気障な事してくる奴だが、今は特に駄目だ。
いつもと勝手が違う分、心臓がいつも以上に脈打ってくる。
あまりにも激しい動悸に、俺の血管は切れてしまうんじゃないだろうか。
いつもと違う雰囲気のヒロミに身体がどんどん熱くなっていく。
スーツのヒロミに、優しくされたい。
でもって…。
ーーーーーーーーー!!!!??
思わず浮かんだ破廉恥な思考に、顔が真っ赤に染まる。
顔の温度を下げようとすればする程焦ってしまい、
スーツ姿のヒロミを前に、俺は完全にパニくっていた。
「…そんなに警戒するなよ。何もしねーよ…。」
だんまりになった俺にヒロミが困ったように笑う。
あ、不味い。誤解された。
自分で言うのも何だが、俺は感情表現がとても下手だ。
だから、いつもこうやって誤解されてしまう。
俺がこの様になれば、ヒロミはそれ以上踏み込んで来ようとしない。
人との距離感を保つのが上手い故の遠慮。
俺には、それがとてももどかしく思うときがあるのだが。
風呂入ってくる。ヒロミはそう言って浴場のドアへ向かった。
風呂?…じゃあ、もう。それ、脱いじまうのか?
そう思った途端、俺は思わずヒロミの腕を引っ張っていた。
「ん?何?」
「あ…っと…。」
しどろもどろになる俺。
俺の行動にきょとんと目を丸めるヒロミ。
シ…シたいときって何て言えばいいんだろう…。
今まで俺は自分から誘った事がない。
いつもこういう時は、大抵ヒロミから言ってきていた。
ヒロミはいつもどうやってたっけ…。
一生懸命、ヒロミの手法を思い出すが頭の中が真っ白になって、
手から砂が零れていくように、上手い方法が思いつかない。
俺が、シたいのはスーツ姿のヒロミで。
あんまり長く引き止めると変に思われる。
とは言え、風呂に行かれたら完璧アウトだ。
心臓が早鐘を打つ。
こんなの俺のキャラじゃないけれど。
仕方ない、思い付く事をやってみよう。
「えっ…!??」
俺はそのままヒロミの身体に抱きついてみた。ヒロミの身体がビクリと驚く。
そうだろうな。俺からこんな事するなんて今まで無かったからな。
ちょっと饐えた匂いが鼻腔をくすぐる。
スーツは、ヒロミの匂いに馴染んでなくて。
久しぶりに着たんだな。そんな事を思った。
「ば、んど…う?」
ドクドクと、ヒロミの早い心音が頬に当たる。
いつも落ち着いているはずのそれが、騒がしく動いている。
それが、俺をとてもとても喜ばせる。
「どうかした…?」
何とか落ち着きを引き戻したらしい、ヒロミの腕がゆっくりと背中に回った。
いい方向に向かっている。俺は抱きつく腕に力を込めた。
風呂に入るって言ったはずだけど?と、ヒロミが溜め息まじりに呟く。
…やっぱり、口で言わないとわかんねぇか。
チラリと目を向けるとヒロミと目が合った。
「…っ!!」
いつもと違う雰囲気のヒロミに心臓が大きく跳ねた。
間近で見るそれは俺にとってはダイナマイト級の破壊力がある。
恥ずかしくなってヒロミの肩に再び顔を埋める。
心臓が煩い。早い鼓動が更に加速する。心拍数は短く鳴るばかり。
顔すら見れないなんて…どこの生娘だ。俺は。
「ねぇ。もしかして…甘えてんの?」
ふいに、少し小さくなった声が俺の耳に送り込まれた。
それと同時にヒロミの指が俺の髪に絡まり、梳くように撫でられる。
気持ちいい…心臓が甘く高鳴る。
その問いかけに俺は少し考えた後、素直にこくと頷いた。
ちょっと違うけれど。甘えてたらそういう雰囲気になれるかもしれないから。
「あはは。アンタ、本当にどうしちまったんだ…?」
ヒロミは嬉しそうに笑うと、俺の耳に口唇を近付けてきた。
……来る…!?
そう、期待に胸を膨らませたが…。
「…後で嫌って程、甘やかしてやるから。…取り敢えず風呂入らせて?」
“な?”と宥められ、続けてこめかみに、ちゅっ、と音がなるキスをひとつ。
何でわからねぇんだよ!このドアホウ!!!普段は嫌って言っても強引に事に及ぶくせに!!
思惑が見事に外れた俺は、嫌だという意志を込めて抱きつく腕を強めた。
「ははっ、どうしたの?随分聞き分けがないじゃん。」
笑いを含んだヒロミの声が恥ずかしい。
ついに首根っこを掴まれ、こちらを向かされてしまった。
待て…、今お前に見つめられたら、俺は…。
“壊れちまう…”
しかし抵抗らしい抵抗もできずに視線を合わせることになった。
目の前に現れる、緩く細められた瞳。
そんな目に見つめられると、身体がどんどん熱くなってしまう。
肩に擦り付けたせいで乱れた前髪を、ヒロミは、そっとはらってくれた。
「ねぇ、だんまりだと分からないよ?」
うっ…。
やっぱり…口でいうしか、ない…か…。
だが、顔を見られながらいうのは流石に出来ない。
だから、深く、深く抱きついて。
ヒロミの耳に、めいっぱい口を寄せて。
深呼吸をひとつ。
「………シ…たい……。」
俺がそうポツリと呟いた途端、二人の時間が少しだけ止まった。
「…?したい……?」
「…………。」
「それって……え?…え、え、ええええぇぇーーーーーー?!??」
騒ぐなバカッ!!余計恥ずかしくなるだろうが!!!!
ヒロミは驚き過ぎたのか、先程から表情がくるくると落ち着かない。
「さっきから何か変だと思ったら、そういう事とは…。」
「っ…嫌ならいい!風呂でも何処でも行っちまえ!!」
すぐこうして可愛くない事を口走る性格の自分が嫌になる。
最後の最後で、何をやっているんだ。俺は、軽く落ち込んだ。
しかし、ヒロミはくすくすと肩を振るわせただけだった。
密着していた上半身を少し離されて、再び目を合わせられる。
ヒロミから降り注がれる視線。どうしても恥ずかしさに目が泳いでしまう。
「な、なんだよ…。」
「ん?いや…なかなか可愛い誘い方だったな、って。」
「…っ!」
ふいに腰を抱き寄せられ、ヒロミの昂ぶりが布越しに伝わってきた。
その逞しさに、一気に身体中に熱が回る。
勃つの早えんだよ、このドスケベ…。
心の中で悪態をつきながらも、自分に欲情してくれてる事が嬉しい俺。
ヒロミの射抜くような瞳が、熱っぽく細められる。
確信する。今度こそ、ヒロミがやる気になった。
「…アンタが誘ったんだからな?覚悟はしておけよ。」
優しくするつもり、ないから。
ぞくりとする声が耳に吹き込まれる。
俺はおずおずと絡める腕を強め、それに応えた。
スーツの布地特有の固さが頬に当たる。
いつもと違う格好のヒロミとする。何か凄く新鮮な感じがする。
これじゃ俺が凄く変態みたいじゃないか…。
自分にコスプレ趣向があるなんて知らなかった。
「阪東…。」
顎を持ち上げられ、柔らかく口付けられる。
その声で。その指で。
もう、早く抱いて欲しかった。