SS.CROSS ROAD ♯1
□4U 後編
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※前編・中編から先にお読み下さい。
SIDE HIDETO-------------------------
クソリンダの、クソ身勝手な行動で、
俺はヒロミと二人きりで観覧車に乗る羽目になった。
確かに野郎4人は嫌だと言ったのは俺だ。それは認める。
だが、野郎2人っきりっていうのも、絵面的にはどうかと思うんだが…。
俺のそんな心配をよそに、ヒロミの方はあまり気にしていない様で。
この状況に文句ひとつ言わず、俺に続いてゴンドラに乗り込んできた。
大して広くもないベンチに、俺は渋々腰を下ろす。
そして、ふう、と一息吐こうとした息が、
次のヒロミの行動に、グウと肺に戻り掛けた。
「お、おい!こらっ!何、隣に来てんだよ!」
「あ?いいじゃねぇか別に。」
狭いベンチに座った俺の横に、
ヒロミはわざわざ身体を押し込んできやがったんだ。
「断る!!あっち行け!」
「傷つくなぁ〜…ま、聞かねぇけど。」
その言葉どおり、ヒロミは俺の前に座る事をせず、
ちゃっかり俺の隣に腰を下ろしてしまった。
ヒロミは俺が真剣にキレる様な行為は、絶対にしてこない。
だが、今みたく…俺がマジで拒んでいない時とかは、
強引に自分の意志を通してくる。
人付き合いが異様に上手い事を知ったのは、もう随分前の事。
…一緒に居て心地いい、なんて。コイツの前では死んでも口にしないけど。
俺もヒロミも華奢な方だから、特別狭さとかは感じなかった。
だが、肩とか腕とかが、触れるか触れないかのギリギリの所に位置していて、
つい肩に力が入ってしまって、どうも落ち着かない。
特別意識しているわけでは無いが。
こうやって、気持ちがざわつく様になったのは何時からか。
「ったく…何のつもりだよテメェは…。」
「アンタと同じ景色が見たいんだよ。」
「……っ!?」
まるで女を口説くような言葉に、小さく息を呑む。
そんな俺を見て、ヒロミがアハハと笑った。
その、冗談とも本気とも取れるヒロミの表情からは、
何も読みとることが出来なかった。
「ギターどう?上達した?」
「あ?」
突然ヒロミから会話を振られて、つい間抜けな返事をしてしまった。
…そういや、ギターやってる事を話したのもコイツが初めてだったっけ。
「知るか。いちいち実感出来たら苦労しねぇよ。」
「でも、毎日弾いてるんだろ?」
「…まぁな。」
「指とかどうなんの?やっぱ固くなったり、太くなったりする?」
?…そういや、気にした事ねぇな。
指輪は別にサイズ変わってねぇはずだから…。
ふと、自分の掌を開いてみると、それを横からヒロミの手が掴んできた。
っ…!?
いきなり手を握られた事に驚いて、小さく呻いてしまった。
…手を握られた位で何てザマだ。俺は何処の生娘かっつーの…。
でもヒロミには気付かれなかったらしく、特にそれらしい反応は無かった。
その事に安堵して、こっそり息を吐く。
「ん〜…ちょっと固くなった?」
「…よく分かんねぇよ。まだ始めたばっかだし。」
「まぁな。…つーか、アンタ地味に指キレイだよな?」
俺よっか長ぇし、と。今度はヒロミの指が俺の指に絡んできた。
甘えるように触れてくる皮膚に、俺の血管が騒いで膨らむ。
絡みつく指を見たら、確かに俺の方が長く見えた。
でも、別にヒロミだって悪い形じゃない。
それより、何処か冷めている、こいつの掌が、
こんなに熱いモノだった、という事の方が驚いた。
「ほら、手ェ合わせてみたら分かる…。」
ヒロミの指先に誘導されて、俺の掌とヒロミの掌が重ねられる。
想像どおり頭少し俺の指の方が長かった。
更に広くなった掌の熱に覆われて、落ち着かない。
生命線や運命線の類がコイツと同じモノに映し込まれてしまいそうだ。
指先の向こうのヒロミと目があう。
薄く笑みが引かれた口元。
でも、瞳は何処か苦しそうに揺れていて---------。
「っ…!」
その瞳を見つけた途端、思わず俺は手を放した。
…何て顔をしやがるんだ。
突然立ち込めたヒロミの、この不穏な空気を、
それ以上確かめることは、俺には出来なかった。
横から小さく笑う気配が漂ってきた。
俺は、とにかく早く地上に戻りたかった。
ヒロミとこのまま一緒に居ると、
何かとんでもない感情が殻を破って産まれてきそうで。
俺は、それがとても恐ろしかった。
観覧車ってこんなに遅い乗り物だったか?
一緒に居て心地よかったはずの、こいつの隣が、
いつのまにか、この世で一番落ち着かない場所になっていた。
**********************
時間の経過が、とてつもなく遅く感じた。
係員に、ゴンドラの扉を開けられた時、
詰めてた息がようやく肺を循環し始めてホッとした。
あれから、俺とヒロミは特別会話をするわけでもなく、
ただただ、外の景色を眺める事に徹していた。
…実際、俺は景色どころじゃ無かったけれど。
先に降りていた、春道が下で手を振る。
ヒロミはそれに手を振り返し、
何事も無いように、春道達の所へと歩いていった。
もうすっかり青い空は影を潜めて、辺りは茜色に染まっていた。
出口から、賑やかだった敷地を後にする。
「あーあ、休みも終わりかぁ〜また朝に戻らねぇかな〜。」
「そんな事しなくても、お前のカラッポの頭ン中は年中休みだろ。」
「あぁ?あんだとコラァ!リンダ!」
ったく…また始まった。こいつら、よく飽きねぇな。
つーか、今更だけど…何でコイツら会う度にセットで居るんだ?
突然、浮かんだ疑問が何故か頭に引っかかった。
しかし、春道の「あ」という何か閃いたらしい声に、かき消された。
「お前ら、まだ付き合えよ!リンダがメシ作ってくれるらしいからよ。」
まだ休みを終わらせたくないらしい、春道が二次会(?)に誘ってきた。
こういう流れは、実は初めてでは無い。
元々騒ぎが好きな春道に、ヒロミと付き合わされた事は何度もある。
まぁ別に、この後に予定らしい予定は無い、が…。
また、ヒロミが勝手に承諾して、俺を引っ張っていくんだろう。
それでが、いつものパターンだ。
しかし、この日は違った。
珍しくヒロミは、すまなそうに春道の誘いを断っていた。
「何だよ、まさか女か?これからデートなのか?」
「お前、いつもそう言うよな…。違ぇよ…ちょっとな。」
「えぇ〜!なら阪東は強制参加だかんな…って、わぁああっ!!」
矛先が俺に向いた所で、リンダが怪獣の様にひょいと春道を抱え上げた。
リンダの腕の中で春道の足がバタバタとばたつく。
「こ、こらっ!リンダ下ろせッて!」
「邪魔してンじゃねぇよ。…馬に蹴られるぜ?」
「へ…馬?」
「じゃあな。桐島、阪東。またな。」
首をかしげる春道を、まるで荷物を担ぐよう抱えたリンダは、
そのまま歩き出し、遠くに小さくなっていってしまった。
突然、拉致られた春道を呆然と見送る。
ペットと飼い主…いや、あれじゃ動物と飼育員だな。
まぁ、取り敢えず用は済んだ。
ヒロミも何か予定があるらしいし、俺も大人しく帰るとするか。
「じゃあな。」
「えっ?何処行くんだよ?」
歩き出した俺の腕を、ヒロミが慌てて掴んできた。
その行動がとてもヒロミらしくなくて、俺は思わず足を止めた。
「何処って…帰るんだよ。」
「何だ。じゃあ、途中まで一緒に帰ろうよ。」
「あぁ?」
つーか、何ホッとしてるんだよ。
俺が帰る事が、そんなに慌てる事なのか?
駅までなんて、そう遠いものじゃない。
わざわざ野郎二人、雁首揃えて行くモノでもないような気がしたが。
ヒロミが、あまりにも必死に言ってくるから、
俺はヒロミを横に、再度駅に向かって歩き出した。
**********************
人の気配が無い道を、ただひたすら歩く。
いつもは隣で色々と話しかけてくるヒロミが、
気色悪いほど、静かだった。
しかも…苛つく程、歩くのが遅い。
「何だよテメェ…いつもそんな歩くの遅くねぇじゃねぇか。」
最初はペースを合わせて歩いていた俺だったが、
流石に苛々してきて、ヒロミを問いつめた。
振り向いた俺に、ヒロミは目を丸めた後、小さく笑う。
「だって、駅についたらアンタ帰っちゃうんでしょ?」
「あぁ?」
やだもん、と。そう拗ねた様に言って、ヒロミは足を止めた。
あぁ、またあの空気だ。観覧車の中での、あの不穏な。
その空気に俺の足も自然と止まる。
つーか、こいつ…今、俺と離れ難いみたいな事を言わなかったか…?
まるで、ずっと一緒に居たいとも取れる様な言い方をされて、
心の中が、ざわざわと騒がしくなる。
「…ねぇ、次いつ暇?」
「あぁ?」
「家行きたい。ギター、聴かせてよ。」
「…つーか、前々から気になってなんだけどよ。」
何も思っていなかったわけじゃない。
分かっていて、踏み込まなかったんだ。
踏み込んでしまったら、何かが変わってしまいそうで。
必死で見ない振りをしていた、この感情。
俺の、温かい肉の中で静かに息づいていた---------。
「…何で俺なんだよ。」
でも、ざわついた頭が俺の中でのタブーとしていた言葉を、
とうとう、ヒロミに向かって漏らしてしまっていた。
ヒロミの顔から笑みが消えた。
俺は、それで確実に地雷を踏んだ事を知った。
「何で、って……?」
「仲間とか…女とか。俺なんかより、もっとイイ奴がいるだろうが。」
「イイ奴ね…でも俺には、見つけられねぇよ。」
「あ…?」
「だって、俺はアンタが一番好きだから。」
………。
思考が飛ぶというのはこういう事を言うんだな、と思った。
ヒロミの言葉は、消しゴムの様で。
俺の頭を全て真っ白にしてしまった。
「好きだよ。ねぇ、付き合ってよ。」
何だ?何なんだ?今、こいつは俺に何を言ってるんだ??
「な…に言って…。」
「嫌なら逃げていいよ。」
そう言って、ヒロミが俺に近付いてくる。
「ちょっ…!待てって!!」
「あぁ、待ったはナシな。」
ヒロミはくすくす笑うばかりで、近付くことを止めようとしない。
…そうだ。
コイツは俺が真剣にキレる様な行為は、絶対にしてこない。
でも、俺が拒んでいない時は、強引に---------。
俺は…拒んで……ないのか…??
「あれ?逃げないんだ…?自惚れてもいいのかな?」
「…っ!?」
とうとう目の前まで来られてしまった。
そして、手を両手とも握られ、指ごとガッチリと絡め取られる。
「…観念しろよ、阪東。」
先程握られた時より、酷く熱くなっている掌に、
全身の産毛が逆立った。
逃げてもいい、と貰ったはずの猶予。
俺は、それを使うことをしなかった。
この後の展開なんて、容易に想像つく。それなのに。
俺は…俺はヒロミを……。
「目はつぶるもんだよ?」
「…!?」
そう、にっこり笑った後。
ヒロミは俺が瞼を閉じるのを待たずに、
俺の口唇に、柔らかいキスをしてきた。
------------!!??
思わず、ぴくりと震えた掌をヒロミの指が宥める。
あんなに憎み合っていた相手を、こんな間近で見る事になるなんて。
…長い睫毛だ、と。思った所で、俺は思わずギュッと瞼を噤んだ。
視界を遮ると、触れたヒロミの感覚がより一層神経を巡る。
触れている部分は微々たる範囲なのに。
なんて切なくさせるキスなんだろうと思った。
口唇がゆっくりと離れていく。
ふ、と。丸くなった息が口唇から漏れて、消えた。
「…い…いきなり何すんだよ。」
「うん。」
「うん、って…反省してねぇじゃねぇかよ。」
「あはは、そうだな…。」
ヒロミから、手を強めに握りなおされる。
そして、少しだけ頼りない声で“返事。”と言われた。
そんなヒロミの、縋る様な視線を受け止めながら、
俺は、用意していた言葉をわざと面倒くさそうに舌の上で転がした。
それを聞いたヒロミが、照れたように笑う。
その顔を見た途端、頬が思い出したかの様に火照ってきた。
俺の中にあった繭が、ピリピリと破れていく。
ああ、この産まれてくる感情は何て名前なのだろう。
明日からの、こいつとの関係は何て名前になるのだろう---------。
「ねぇ、もうちょっと一緒に居てもいい?」
「あぁ…?つーかお前、予定あったんじゃねぇのかよ?」
「……アンタってさ〜たまに天然入るよね?」
「?…何のことだよ。」
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