SS.PARALLEL ♯2

□ひそやかな俺達のデジャヴ〜Episode 10
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※この作品は完全パラレルです。自己責任で。
※Episode 1から順にお読み下さい。



あれから、また数日が経過した。


「ただいまー。」
「…あぁ。」

以前は、夜な夜な徘徊していたらしいヒロミは、
今となっては夕方になったらまっすぐ帰ってくる様になっていた。

俺が居るから…?、とか。
うっかり自惚れてしまいそうになる。



**********************



ピンポーン。


ビクゥゥゥッ!!!
突然鳴らされたインターホンに俺は身体を縦に揺らした。

「?…誰だろ。」

玄関へと消えていくヒロミの背中に、
俺は誰も入ってきませんように、誰も入ってきませんように…と強く念じる。

留守がちのヒロミの親のおかげで、あまり来客の多い家では無いとはいえ、
正直、ヒロミ以外の人間に自分の存在を知られるのは避けたかった。
ヒロミは気にしていないが大人から見れば俺は不審者に違いないのだから。

2、3会話の声が聞こえた後、客が帰る気配。
どうやら、俺の念力は通じたようだな。
訪れた安心感に、俺は小さく溜め息をつく。


暫くして、ヒロミがリビングに戻ってきた。
しかし、その表情は何処かすぐれないモノだった。

「…どうした?」
「んー…これ、どうしようかなと思って。」

これ、と軽く持ち上げられたのはケーキの箱だった。
あぁ、なるほど。甘いモノ、嫌いだもんな。

「隣のおばさんが持ってきてくれたんだけどさー俺苦手で…。」
「あ?俺が食えばいいだろうが。貸せ。」
「えっ?」

ヒロミの目がきょとんと丸くなる。
その反応を見て、俺は自分が失態を晒した事にようやく気が付いた。


…しまった。いつもの感覚で余計な事を言ってしまった。


「ヒデトさんって…甘いもの好きなの?」
「べ、べべべべべ別に特別好きとかじゃ…!!」

訝しげな視線を寄越すヒロミが、俺の目の前でかぱっと箱を開ける。
そこから覗いた色とりどりのショートケーキが、俺には宝石の様に見えた。


…美味そう。

そういえば。この世界に来てからケーキの類を食べていないんじゃないか?


「ふふっ…ヒデトさん、見つめ過ぎ。」
「っ…!!?」
「やっぱり大好物なんだ?」

図星を指されて狼狽える俺にヒロミは笑顔を向けると、
ケーキの横に、皿とフォークを置いてくれた。

一度否定した手前、嬉々としてケーキと対峙するのは居心地悪かったが。
甘くとろけるクリームをひとくち頬張った所で。
俺の葛藤は、何処かに飛んでいってしまったのだった。





久しぶりに口にした甘味に、俺のドーパミンは大放出したらく、
気づけば一人で6つものケーキをペロリと全て平らげてしまった。


そんな満足した後に襲ってきたのは……羞恥と後悔。


「凄い勢いだったね。見ているだけで胸焼けしそうだったよ。」

そんなヒロミの軽口を俺はコーヒーと共に腹の底に流し込む。
あぁ、くそ。要らない部分を見せちまった。

「あ、ヒデトさん動かないで。」
「え?」
「ここ、クリームついてる。」


スッと延びてきた指から、問答無用に口の端を拭われる。

ヒロミの舌に舐め取られるクリームを目に入れた途端、
反射的に触れられた部分がカッと熱くなった。


こ、ここここここのマセガキめが…!!!


「ケーキが好きだなんて。ヒデトさんにも可愛いトコあるんだね。」
「なっ…!?な、生意気言ってんじゃねーよっ!!」
「だってヒデトさん大人だからさー。俺の事、ガキガキって全然対等に見てくれないじゃん。」
「あぁ?何だそりゃ。」
「…言ったじゃん。ヒデトさんとダチになりたいって。」


ヒロミの頬が、恨めしそうに膨れる。

…そういう所がガキってんだよ。まったく。


「でも、ま。今日はおばさんに感謝だな。」
「は…?」
「ヒデトさんの事、1個知る事が出来たから。」
「ーーーー!!!!」


…そして、こんなガキの言葉にいちいち動揺する俺も大概にしたいと思った。




**********************




その夜。


「ねぇ、ヒデトさん。へアーバンドになりそうなの無い?」

ボンヤリとテレビを眺めていた俺の所に、
風呂上がりのヒロミが、頭を拭きながらやってきた。

「あ?…どうしたんだよ。」
「前髪。もう邪魔でさ〜。」

ほら、と。タオルを取ったヒロミの前髪はダラリと顔に落ちていた。

普段はオールバックで固めているので、さほど不都合は無い様だが、
今の様に風呂に入ってしまうと、撫で付けるわけにもいかない。

「…落武者みてぇだな。」
「うるさいなぁ。いいから一緒に探してよ。」
「テメェの家だろうが…。」

そんなの自分でやれと、些かげんなりしつつ、
俺は膝を立てて、そこから立ち上がった。


…すると、ヒロミがへらりと頬を緩めた。

突然のその笑顔に、当たり前だが俺の頭に疑問符が浮かぶ。


「…何だよ。」
「んん?何でもねぇよ?」
「じゃあその気色悪い笑顔は何なんだよ。」
「わっ、酷ぇ言い草。」

そう言いながらも、ヒロミの機嫌は良いままだ。何なんだ一体。

部屋中の引き出しをガチャガチャと漁りながら。
これでもない、あれでもないと、髪を纏めるモノを探していく。
一番端っこの引き出しを開けると、黒いヘアゴムが一本あった。

…これでもいいか。
そう思い、戸棚に顔を突っ込んでいたヒロミに声をかけ、ゴム輪を見せる。

「これはどうだ?」
「おぉ、充分。」

そう言うヒロミに、所望していたゴム輪を渡そうと伸ばした手。
しかし、それは何故かヒロミに掴まれ、ぐいぐいとソファまで引っ張られた。

「お、おい。何なんだよ。」
「結んでよ。はい。」

ソファに腰掛けさせた俺にブラシを押しつけ、その前にちょんと座るヒロミ。


はあああぁ!??


「なっ…!?そ、それ位テメェでやれっ!!」
「いーじゃん、別に。」
「………。」

何かもうコイツの我が儘にいちいち食って掛かるのも疲れた俺は、
小さく溜め息をつくと、ヒロミの前髪を後ろへと束ね始めた。


そんな、大人しく髪を弄られる手の中で。再びヒロミが小さく笑う気配。


「何だよ。」
「うん?何?」
「…何、さっきからニヤニヤしてんだよ。」
「えぇ?笑ってる?俺。」

不機嫌を隠さずにそう言っても、ヒロミは更に肩を揺らすばかり。


…こいつ、バカにしてんのか?
あまり導火線の短い方では無い俺は、次第に腹が立ってきた。

文句の一つでも言ってやろうと口を開けた瞬間。
ヒロミが先に口火を切ってきた。


「ヒデトさんってさー。」
「あぁ?」
「いつも面倒臭そうにするけど、最後にはちゃんと俺の我が儘聞いてくれるよね。」


このゴム探した時もさ、何だかんだ言いながらも付き合ってくれた。俺に。


「何か嬉しいなーって思ったらかな、笑ってたのは。」
「なっ…なな…!?」
「俺さ、ヒデトさんに優しくして貰えたら嬉しくなるみたい。」


〜〜〜〜〜〜〜!!???

ストレートすぎるヒロミの言葉に、俺はどうしようもなく恥ずかしくなる。

悔しいけれども。このクソガキの言葉は、とてつもない破壊力を持っている。
いつもいつも俺の心臓を揺さぶり、血流を噴き上がらせ…骨抜きにする。
正直このヒロミに懐かれて悪い気はしねーけど…。

…いつもの事だが、コイツが前を向いていて良かった。


「ヒデトさん?」

黙った俺を不審に思ったらしく、ヒロミがヒョイと上を向き目線を合わせてきた。
熱を持った頬を見られる事が恥ずかしくて、俺はその頭を前に無理矢理戻した。

「なっ、何でもねーよっ!!真っ直ぐしてろ!」
「いたたたっ!!も、もっと優しくしてよ!」
「うるせぇっ!ガタガタ言うなクソガキが!」

ギャアギャア言うヒロミの額を出し、ぎゅっと髪をゴムで結んでやる。
終わった事を察したらしいヒロミが、くるりと振り返ってきた。

そうしたら、額を出したせいで今度はヒロミの伸び放題の眉が目についた。

「お前…眉ひでぇな。」
「ん?あぁ、剃るのやめたんだよ。あちこちで絡まれるからさ。」
「だからって…。」

まぁ、コイツはまだ中坊だもんな。
飾りっ気にはまだ目覚めてない、か…。

しかし、見れば見るほどやはり気になってしまう。

「…ちょっと待ってろ。」
「え?ヒデトさん???」

俺の言葉に、訝しげに首をかしげるヒロミの元に、
ハサミと毛抜きを持った俺が戻ってきたのは数分後の事だった。




「…終わりだ。」
「おお〜!」

ミラーを覗き込んだヒロミが感嘆の声を上げる。
眉を整えるだけでも、少しはこの野暮ったさも無くなるだろう。

おー、おーとミラーの角度を変えるヒロミを見ながら、
満足した俺は、煙草に火を点けた。

「すげぇ、何かシュッてなった。」
「そうだな。ついでにその鬱陶しい髪も切ったらどうだ?サッパリするだろ。」

特に意図も持たせていない言葉だった。
ただヒロミの髪の長さはもうオンナの域だったから、だから…。


…それなのに。


「ヒデトさんは短い方がスキなの?」


ぶふっっ!!!!

「げほっ!!げほっげほっ!!」
「だ、大丈夫!?」

思いっきり肺に逆流した煙草に、俺の咽喉が悲鳴をあげる。

な、何でコイツはそういう思考回路になるんだよっっ!!!
慌てて背中をさするヒロミに、俺は頭痛がしてきた。

「っ、!…べ、別に俺の好みとか関係ないだろ!」
「何そんな慌ててんの?聞いてみただけじゃん。」
「〜〜〜!!!」

きょとんと目を丸めるヒロミに俺はぐぐっと声を飲みこむ。


こ、こ、ここ……。

この無自覚ド天然ヤロウが…!!!!


いつもいつも。ヒロミの言葉に、俺ばかりがアワアワと揺れる。
頭を抱える俺に、いつもヒロミは無邪気なもので。
今も昔も、その関係が崩れないってどういう運命の悪戯なのだろう。




その時、俺はそんなちっぽけな事ばかり気にしてしまっていて。

とんでもないミスを侵していた事には全く気付けていなくって。




その事に俺がようやく気付いたのは次の日の夕方。
「髪、切ってきた。」とヒロミに笑顔を見せられてからだった。


短く切り添えられ、ジェルでツンツンに立てられて。

よく知った容姿にグッと近づいてしまったヒロミに、俺は心臓が止まりそうだった。


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