SS.PARALLEL ♯2

□ひそやかな俺達のデジャヴ〜Episode 9
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※この作品は完全パラレルです。自己責任で。
※Episode 1から順にお読み下さい。



…なんて事だ。

一番関わってはいけない過去の人間と、半年も一緒に暮らす事になるなんて。


だが、結局行く場所も無くなった俺は、当分ここで世話になることにした。


ヒロミと暮らす事になってから、俺は日雇いのバイトを始めた。
その金を自分の分の食費と生活費、あと必需品や煙草代にあてるのだ。
いくらなんでも何もかもをヒロミの親父さんの金を当てする訳にはいかない。

本当は楽器に触れられるバイトが良かったのだが、
下手に期間があるバイトだと、突然未来に帰れた場合に迷惑をかけると思い、自粛した。


俺がバイトを始めた事と、歯ブラシや衣服を揃えた所で、
ヒロミはようやく安心したのか、モノ質だった指輪はすんなり戻ってきた。

「これで、いつでも出て行ける」と思ったが、
返す時にヒロミが「これだけは」とひとつの約束を俺に強いてきた。


“黙って、突然居なくならないで欲しいんだ”


「約束」と小指を立ててきた、その時のヒロミの顔は今でも忘れない。

俺は、昔聞かされたヒロミの母親の話を思い出した。
確かヒロミが家に帰ったら、母の物共々、
母の存在が突然消えていたというものだった。
俺の知るヒロミも、とにかく「置いて行かれる」事に過敏だった。

そんな約束、守れるかどうかも分からないのに。
しかし、なるべくそういう事が無いようにしてやろう、と。

俺はヒロミの小さな小指に自分のそれを絡めたのだった。



**********************



「おやすみ。」
「あぁ…。」

就寝時。電気を消し、ヒロミは俺の布団に潜り込んでくる。
いつのまにか、こういう事になってしまっていた。

その経緯は、こうだ。

流石に、最初はベッドと床とで別々に寝ていたのだが、
朝になるとヒロミが必ず俺の横で寝息を立てていた。

同居して数日後。
一緒に寝る事を申し出てきたのはヒロミだった。

寝る前に、話があると突然深刻そうに話を切り出されて。
何事だ?と思いつつ言葉を待っていたら、笑わないか?と何度も何度も念を押された。
そういう回りくどい事が大嫌いな俺は、大人気なく即ブチ切れ。
そして、真剣に恥ずかしそうにヒロミから言われたその内容に拍子抜けした。

理由を聞けば、やっぱり俺と一緒の方が熟睡出来ると言う。

異性ならまだしも、俺たちは同性だ。それに…こいつはまだ俺の事は何も知らない。
それにどうせ、いつのまにか潜り込んでいるんだ。
そう考えたら、もういっそ初めから一緒に寝る事にした方が良いかと、
俺はそのヒロミの申し出を了承したのだった。


俺の方も、ヒロミのおかげで独り寝の習慣が無い事もあって、
何処か落ち着かない夜を持て余していて…。

それと、あともうひとつ理由があって…それは、まぁいい。


だが、照明を落とされた後、掛け布団が膨らむ事に、
俺の心臓はなかなか慣れてくれない。

心臓の音をヒロミから隠す夜が、今日も訪れた。




「ヒデトさん、足冷たいね。」

布団に入る際に、冷えた俺の足に当たったらしいヒロミが指摘してきた。

「う、煩ぇ。仕方ねぇだろ…。」
「冷え性?」
「…悪いかよ。」

元々肉付きの良くない俺は、寒さには滅法弱かった。
そういえば、今夜から本格的に寒波がやってくるって言っていたな。
嫌だ嫌だと、年寄り臭く心の中でぶつぶつ唱えていたら。足の方に温かい…足。

ヒロミ?と思い、背中の方を振り返ると。
そこに、ヒロミの頭は…無かった。

「っ…!」

思わぬ気遣いの可愛い結末に、盛大に吹き出しそうになったが、
至ってコイツは真面目にやっている行為なので、肩を振るわせるだけで留めてやる。

あぁ、そうか。そうしねぇと届かねぇもんな…。

当たり前だが、俺とコイツの身長差はだいぶあった。
元々俺の方が高かったし、それに加えてコイツはまだガキの成長過程だ。
ざっと計算、このヒロミと俺とは頭一つ分程違った。

そんなヒロミだが、自分の足で俺を温めてやろうと思ったのだろう。
だが、この身長差のおかげで俺の足まで自分の足を下ろしたヒロミは、
頭まですっぽりと布団を被る羽目になってしまったのだ。

笑いを収めた後。布団をめくり、埋もれた頭を救出してやった。

「おい…気持ちは有難ぇが、そこまでしなくていい。」
「何で?足冷えてると眠れなくない?」
「でもそれだとテメェが寝苦しいだろうが…。」

「構わねぇよ。ヒデトさんが寝た後に寝るから。」
「なっ…なな…っ…!??」

こいつ…!こんな調子で、ヒロミはいつも俺の胸を不意打ちしてくる。
それが、無意識からだから余計にタチが悪い。


自分の事より、俺の事。そう取れる言葉を投げられるのに…俺はどうしても弱い。


「ガ、ガキが何言ってんだよ!」
「俺、ずっと早く大人になりてーって思ってたけど。今はガキで良かったと思ってる。」
「は?」
「ガキの方が体温高いから。ヒデトさん、温められる。」
「っ…!!」


鉄の心臓が欲しい、と。切実に思った。

俺の心臓は、こうやってヒロミの言葉で簡単に動いてしまうから。


「そっ、そんなの赤ん坊とかの話だろうが…!」
「?…そうでもないよ?」

『試してみる?』
そんな言葉と一緒に、俺の前でヒロミの腕が広げられた。


だっ…誰か…っ…!!

誰か俺を助けてくれーーーーー!!!


思わず、そう大声で叫びたくなった。
ヒロミのこれは何なのだろうか。元々気障ったらしい部分はあったが、
こんなガキの頃からこう…何というか…っ…!!!

ヒロミは純粋に体温の高さを証明する為だけの行動なのだろうけれど。
それじゃ、ある意味「抱き締めてやろうか?」だろうがっっ!!

この部屋の照明が落とされてある事だけが俺の救いだった。
きっと今の俺は、とてもヒロミには見せられない顔になっているから…。


お前の腕の中が何よりも温かい事なんて。
誰よりも…誰よりも知っているんだ俺は。

言われるがまま、この身をお前に委ねてしまったら、
その体温が恋しくなって、毎日求めてしまう。

…駄目だ。コイツはヒロミであって、…ヒロミじゃないんだから。


「ほら、来てみなって。」
「っ…!?い、要らねぇよっ!」
「?…ヒデトさん?」

堪らなくなって、俺はヒロミからくるりと背を向けた。
『あったかいのに』と言う、背後の声は無視する。


俺の知る物より小さな足が、懲りずに再び触れてきた。

彼の頭はまた布団の中に埋もれているのだろうけれども。
今の俺には、それを気に掛けてやる様な余裕が無かった。


無言の時間が、この部屋を包み込んでいく。


暫くして、全く動かなくなったヒロミに気付き、
俺は、ヒロミの頭が隠れている布団をそっと捲り上げた。

ヒロミは、“俺が寝た後に寝る”と豪語しておきながら。
結局、俺の足を温めながら、すやすやと寝息を立てていた。


大人びてんのか、ガキなのか分かりゃしねぇ…。


このガキの寝付きの良さには脱帽してしまう。
ヒロミ曰く、俺と一緒に寝ているから、らしいが。


俺が了承した、もうひとつの理由。

ヒロミの寝顔をこうやって間近で観られる事。


これが、夜に突然襲ってくるヒロミに会えない俺の寂しさを慰めてくれていた。


布団に擦れて、くしゃくしゃになった長い前髪を払ってやると、
ヒロミの面影が色濃いものとなった。


会いてぇ、な…。


そんな時、ヒロミがふるっと首を竦めた。
布団を捲ったままで、ついついボンヤリしてしまい、
どうやらヒロミの肩を冷やしてしまったらしい。

慌てて布団を掛け直そうとしたら、暖を求めたヒロミが、
すぐ傍らにあった俺の胸にしがみついてきた。

「あっ…お、おい…!」

突然の事に、思わず声が出てしまった。
…しかし、ヒロミは眠りの住人のままだった。

心臓に一番近い場所で寝入られてしまい、
居心地悪く引き剥がそうとしたが、ヒロミはぴくりとも動かなかった。

「………。」

久しぶりに感じる、ヒロミの体温が俺を痺れさせていく。


ヒロミ……。

恐る恐るその小さな身体に腕を回す。間違いない、ヒロミの感覚。


恋しくなってしまうのに。

たくさん、求めてしまうのに。


それなのに、いざ、こうなると。
俺はこの存在を、自ら遠ざける事が出来なかった。


「涎とか垂らしやがったらブッ殺すからな…。」

そう呟きながら、俺は寝こけ続けるヒロミの頬をふに、とつねると、
その無邪気な寝顔を、ぎゅっと抱き締めた。



数日ぶりのヒロミの温もりに、俺はどうしようもなく泣きたくなった。


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