SS.PARALLEL ♯2

□ひそやかな俺達のデジャヴ〜Episode 8
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※この作品は完全パラレルです。自己責任で。
※Episode 1から順にお読み下さい。



「……ん…。」

瞼に光が刺さり、目を開ける。
カーテンの隙間からは、明るい空が見えていた。
朝、か…。低血圧の頭を軽く振り、覚醒させる。

辺りを見回したら、ヒロミの姿はこの部屋にはもう無かった。


………煙草が吸いたい…。

ぼんやりと、夢と現実の境界線をハッキリさせてくれるソレを求め、
入っているジャケットをもぞもぞと手繰り寄せる。
一本加え、先を炙り、机の上の灰皿を拝借した。
ニコチンを肺に入れ、身体の細胞を目覚めさせていく。


…一体、昨日のヒロミは何だったんだ?


抱きついてきて、手ェ握ってきて…。
背中の感触も掌の感触も、まだリアルに残っている。

やっぱ…感触は一緒、だったな…。

知るものよりかはだいぶ幼いものだったが。
ヒロミの温もりに包まれたおかげで。
決して落ち着きはしなかったが、不安な夜では無かった。

「…ん?」

そんな時、ふと気付いた違和感。…薬指。

「えっ…?」

な、無…い…!?

そこにあるはずの、ヒロミから貰った指輪が、
なんと忽然と姿を消していたのだった。

「ーーーーーーー!!!」

俺はまだ長いままの煙草を乱暴に揉み消すと、
布団やらジャケットの下やら、そこら中を乱暴に捲り上げた。

何故だ?何故だ??今まで勝手に外れた事なんて無かったのに。

用意周到なヒロミからのプレゼントらしく、
あの指輪は俺の薬指にジャストサイズで作られていた。
よって、勝手に抜けるとかはあり得ない事なのだ。

ましてや、寝ている時に無くなるなんて……。


どうしよう…あれが、無くなったら俺は……。



カチャ。



呆然と座り込んだ俺の背後で扉が開いた。
振り返れば、もう既に学ランに身を包んだヒロミが立っていた。

「あ、起きた?おは…」
「ヒロミ!俺の指輪知らないか!?」

ヒロミが言葉を終える前に、俺はヒロミの肩を掴み、迫り寄っていった。
俺の気迫に些か驚きつつも、ヒロミは溜息と共に掌を見せてきた。

そこには俺の指輪が、きちんとキレイに光っていた。

「……!」

よ、かっ…た…。

それを確認した途端、俺はヒロミの肩を掴んだまま、
へなへなとその場にしゃがみ込んだ。

ガキが…。ヒヤヒヤさせんじゃねぇよ…ったく…。

勝手に持ち出された怒りより、安堵の方が勝っていた俺は、
その事を咎める事無く、ヒロミに向かって「返せ」と手を差し出した。

しかし、ヒロミはぎゅっとその拳を握り、開こうとはしなかった。

「?…返せよ。」
「…嫌だ。」
「はぁ?」

突然のヒロミの拒絶に、後頭部を殴られた気分だった。

「い、嫌だじゃねぇだろ!」
「やっぱり大事な人から貰ったモンなんだ?」
「あぁ!??」

!?…まさか…も、もしかして昨日布団に潜り込んできたのは…。

「お前っ…まさかそれを盗る目的で俺の布団に潜り込んできやがったのか!!?」
「なっ、…え!?あ、アンタあの時起きてたのかよっっ!!」

おや?と思った。

ヒロミのこの反応は何だ?
潜り込んできたのは、俺の指輪を手に入れる為じゃなかったのか??

ヒロミは俺に気付かれていた事が、心底恥ずかしかったらしく、
顔を茹で蛸の様に赤くしていた。


…嘘をついている様には思えない。


「もうサイアクだぁ…。」
「あんだよ!お、起きてて悪いか!!」
「起きてンなら最初からそう言えよっ!後から言うなんて卑怯だろ!!」
「なっ!?お、おいコラ!何逆ギレかましてンだテメェ!!」

年甲斐もなく、中坊のガキとそれから数分ギャイギャイと言い合った後、
互いに頬を染め、はぁはぁと肩で息を付く。

一通り、思い切り言い合ったおかげか、
俺もヒロミもようやく落ち着きを取り戻してきた。

「その、昨日の夜は…違う。盗る為じゃなくて…。」

ヒロミがぽつぽつと目線を逸らしながら言葉を零し始めた。
恥ずかしいのか、頬はまだ赤いままだ。

「ほら、最初…アンタ俺の手、握ってくれてただろ?」
「あ、あぁ…。」

あの時の事は、俺のキャラじゃない気がして、
思わず俺も目線を逸らし、言葉を濁した。


「あんときの夜さ…夢に出てこなかったんだ。」
「…?」

「毎晩出てきていたのに…母さん。」


だから…と本気で恥ずかしそうにするヒロミに俺は呆気に取られていた。
つまり、あれか?昨日のアレはまじないの様なもの、って言うのか?

確かに一昨日の夜のヒロミは、母親の名を呼んでいた。
ヒロミが母親が出ていった事をトラウマに思っているのは知っていた。
俺は堪らなくなって、こいつの手を握ってやって…。


それが…まさかコイツの安眠に一役買っていたなんて…。


「毎日出てきてて…やっぱ起きる度に辛かった。」

「毎日、毎日夜になるのが嫌だった。だから毎晩気晴らしに外に出て…」

夜…俺がヒロミを見つけたのも夜だった。
夜にフラフラ出ていっていた理由の裏は、そんな事が…。


「でも昨日は違ったんだ。起きた時“あれ?”って。」

「そうしたら…アンタが居たんだ。俺の手を握ったアンタが。」


「不思議、だったんだ。だから…もう一度確かめたくて、それで…。」


流石の俺でも、ようやく合点がいった。

ヒロミが俺に固執した理由と、抱き締めてきた理由。
母親が夢に出てこなかった原因を、もう一度確かめる為だったのだ。

でも、ちょっと待て。大事な事が解決していない。

「おい、だからって何で指輪を…」
「大事そうにしてたから…残したまま出ていったりしないだろうと思って。」

“一番のお気に入りって、どれ?”

あの時のアレは…まさかこうする為、に?
つまり、アレか。人質ならぬ『モノ質』って奴か?

俺の一番のお気に入りとやらを掴んでいれば、
黙って居なくならない、と…。

…ったく、恐ろしいガキだ。
あんな何気ない会話で、そこまで考えていたとはな。
賢いのは昔から、か。

ようやく、俺の頭の中でパズルピースがカチカチを嵌っていく。

「成る程な。…まぁ朝までちゃんと俺は居ただろ?返せよ。」
「だから…嫌だって。」

会話がようやく冒頭の内容に戻ってきた。


おいおい、ちょっと待て。ちょっと待て。

俺は取り敢えずこのヒロミにとっては赤の他人で。
未来から来ていて。元の世界に帰らないといけないわけで。
未来が変わる恐れがある以上、これ以上此処居座るわけにはいかなくて。

「嫌だじゃねぇよ!それじゃ泥棒じゃねぇか!!」
「俺はアンタにまだ居て欲しいんだ!!」


リズム良く、嵌っていっていたパズルピース。

その最後のピースが…ずれた。



へ?

ヒロミの言葉に、思わず顔が間抜けに歪んだ。



まだ…居て欲しい、だ…と?



「なぁ、まだ居てくれよ。」
「ば、ばばばば馬鹿を言うなっ!テメェの枕事情なんか知るかっ!!あ、あああ甘える所間違ってンぞお前!!」
「違う!母さんの事とは別なんだ!!…アンタと…その、ダチになりたいだけで…。」


えっ…!??

思わぬ申し出に、俺は目ン玉が飛び出るかと思う程驚いた。


「…この場で別れたら…アンタもう俺の前に現れないだろ?」


「会いたい時に…会いたいだけなんだよアンタに。」


そう言って、俺の胸の辺りで項垂れる頭を思わず抱き締めたくなって。
俺はそんないけない衝動をぐぐっと堪えた。


マズイ…。

こいつ…可愛すぎる。


だっ…駄目だ、駄目だ。
何をうっかり絆されそうになっているんだ、俺は。

確かに今は寂しい思いをするかもしれない。
でも、後には…嫌でも会える事が出来るんだ…。

俺は奥歯をぐっと噛むと、ヒロミの頭を優しく撫でた。


「いいから返せ。…な?」

目線を合わせ、諭す様な俺の言葉にヒロミの表情は更に曇った。


ヒロミの表情は“大人には叶わないんだ”そう悟った顔だった。

…そう、俺は思っていた。


「じゃあ…せめてアンタが出ていくまで貸しておいてよ。」
「いっ!?」
「早く、ご飯にしよう?俺、腹減った。」

ヒロミは掌の指輪を、俺の目の前でスチャッと我が指に嵌めると、
呆気に取られる俺の手をぐいぐい引っ張っていった。


くそ…やっぱヒロミは、ヒロミだ…。


このマイペース野郎が…。
また振り回されたらしい俺は、げんなりと肩を落とすと、
トントンと階段を下りていくヒロミの後頭部を恨めしく睨んだ。
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