SS.PARALLEL ♯2
□ひそやかな俺達のデジャヴ〜Episode 5
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※この作品は完全パラレルです。自己責任で。
※Episode 1から順にお読み下さい。
これ以上、過去のヒロミと接するわけにはいかない。
桐島家をそっと出た後。
俺は少しでもその場所から離れるべく全速力で走った。
目指すは…始まりの、あの公園だ。
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1キロメートル程離れた所で、走る速度を落としていく。
息を整えながら、俺は向こうの事を思い起こしていた。
突然、俺が消えた事で凄い騒ぎになっているはずだ。
ヒロミの奴…ちゃんとメシ喰ってるのかな…。
「………。」
…それは平気か。ガキのヒロミ曰く料理は出来るらしいしな。
さっさと戻って、どういう事か吐かせてやるんだ!!
頭の中でヒロミのにやけた面をげしげしと蹴りながら、
俺は公園に向かって、ずんずんと歩を進めていた。
生意気なのは昔から変わらねぇとして。
ガキの頃は、あんなに可愛いのによ…。
“…ありがと”
ガキのヒロミの、笑顔がフッと頭を過ぎる。
それだけで、俺の頬はボボボッと火が付いた様に赤くなった。
「厄介なモンだな…。」
俺は赤くなった頬を隠す為に口元を掌で覆った。
尖った生意気さも、照れた顔も、裏のない素直な言葉も。
そして、母親に依存している所や、あの笑顔とか。
なん、つーか…年相応で。保護欲を掻き立てるんだよな…。
俺の知っているヒロミは、年下と思えない位大人を感じさせる男だが。
あのヒロミは正真正銘のガキだから、あの裏の無さが可愛くて、
厄介にも、俺の胸を別意味で締め付けてくるのだ。
あいつもヒロミだから仕方ないのだが。
若干あどけなくも同じ顔で、さっきみたいに素直に誉められると、
どうしようもない照れが俺を襲ってくる。
ヒロミが全く誉めてこないわけじゃないんだけれども、
何というか…ガキのヒロミは俺の事を知らないのが前提にあるから、
本音の言葉である事が、尚更真摯に伝わってしまうのだ。
もうちょっと、ガキのヒロミと一緒に居たかったと思わなくも無かったが、それとこれとは話が別だ。
…ここは、俺の住む世界じゃない。
突然出ていったのは悪かったな、と。若干の罪悪感もあったが、
来年になったらアイツは嫌でも俺と会う事になるんだ。鈴蘭でな。
まぁ正体は明かさなかったからヒロミは気付かないだろうがな…。
ともかく。公園に行って、俺は密かに現代に戻って、全部元通りだ。
俺は、昨夜の事を思い出しながら道を辿っていった。
ここが、ヒロミが絡まれていた所で。
ここを通り過ぎて…確かあの時は灯りに向かって、
ひたすら一直線に歩いてきたんだよな。
飛ばされたのが地元で良かったぜ、まったく…。
知らない街とか、ましてや外国とかだったら絶望的だった。
俺は楽勝に公園へと着々と辿り着いていく…様に思っていた。
**********************
「…無、い。」
目の前に叩き付けられた現実に、ずんと身体が一瞬で重たくなった。
始まりの公園が、あるべく場所に無かったのだった。
公園があったはずの場所は住宅で行き止まりになっていた。
暗かったとはいえ、ここは地元で。記憶を違えようとも昨夜の出来事だ。
記憶は明確で、来た道にあった目印的なものは全て見覚えがあったし、
公園から、ヒロミが絡まれていたあの場所までの道順も、
俺は手探りで歩いてはいなかった。あの時、確かに俺は道を知っていた。
でも、それなら今の現時点で公園に辿り着いているはずだし。
…やっぱり道を間違えたの、か…?俺は。
そんな中。偶然人が通りがかった。
俺は慌てて、そいつに公園の事を聞いた。
俺の出で立ちに若干胡散臭そうにしながらも、
「そんなもの、この辺にはありませんよ。」という答えだった。
俺は驚きを隠せなかった。
そんな筈は無い、と俺は勿論食い下がったが。
その人間はこの辺りに何十年も住んでいるという。
絶望感に打ちひしがれながらも、俺はその人間に礼を言い、別れた。
ちょっと待て。ちょっと待て。
これじゃ手掛かりが無くなってしまったじゃないか。
あの場所から、俺は始まったのに。
どうやったら現代に俺は戻れるんだ…?
ヒロミ…。
心細い時に浮かぶ顔は、やはりヒロミの顔だ。
お前に、俺はもう会えないのか…?
携帯も無い。所持金も未来から来た分、使えるわけもなく。
路頭に迷う、というのはこういう事だ。
これからどうしよう…俺は迷子になるのか?
だが、警察に行っても何て説明すればいい?
混乱しはじめた頭を持て余し、
俺は情けなくも涙が出そうになっていた。
…キコキコキコキコキコキコ。
ん…?
そんな時、俺の耳に不自然な音が聞こえてきた。
…次第に大きくなっている??
不審に思った俺は音のする方を、くるりと振り返った。
「いっ…!???」
俺は驚きのあまり、思わず目を見開いた。
振り向いた目線の先。
そこには、一際険しい顔で、自転車をバリ漕ぎする、
中坊ヒロミの姿があったのだ。
「………ひ、ヒロミ…!?」
人間、思わぬ出来事が起こると頭が真っ白になるらしい。
動けずに立ちつくす俺に、ヒロミが気付いた。
「あっ、あんた!!」
俺を視野に入れたまま、ヒロミがスピードを更に上げる。
な、なななな何でヒロミがこんな所に…??
ヒロミがキキキィーーッと耳障りな音をたてて、
俺の前にドリフトよろしく、回り込んできた。
転ぶ様にチャリを降り、ハンドルを投げ捨てる。
ガシャン、ガチャン、と派手な音を立てながら、
ヒロミは忙しなく俺の腕を強く掴んできた。
「な、んだ…?」
狼狽える俺を睨みながら、はぁ、はぁとヒロミは肩で短い息を吐く。
髪は振り乱れ、風呂で濡れたまま額に張り付き、
格好はこの肌寒い季節にも関わらず半袖シャツとジャージに、
素足にサンダルをつっかけただけ。
昨夜負った傷の数々は、絆創膏も包帯も巻かれずに吹きっ晒しで。
どうやら、随分慌てて家を出てきた様だった。
「お、お前風邪ひ… 「何で出ていった!!」
燃える様な瞳のヒロミが、俺の言葉を遮る。
ガキのヒロミは、俺の知っている顔になっていた。
ヒロミは激しく怒っていた。
その尋常でない気迫と掴まれた腕の痛みに、俺は思わず声を呑み込んだ。
「なん、で…って…。」
どうしてヒロミはこんなに怒っているのか。
俺にはさっぱり分からなかった。
そして、ヒロミが何故ここに居るのかも…。
「…良かった、見つけられて。」
その言葉で、俺はやっとヒロミが何故ここに居るのかが分かった。
どうやらヒロミは、居なくなった俺を探しに来たらしい。
でも、…何でだ?
「な、何だよ…俺が何処に行こうがお前には関係ねぇだろうが。」
「………。」
俺の言葉に、ヒロミの表情が曇った。
その、しょげた顔に良心がちくりと痛む。
…うっ。
俺…ヒロミのこの顔にちょっと弱かったりするんだよな…。
でも、間違った事は言っていないはずだ。
このヒロミにとって、俺は赤の他人で。
幾ら助けて貰って、手当して貰ったからって。
メシも喰わせてやったはずだし、それで礼はチャラでいいだろう。
それを、そんなに慌ててまでわざわざ追いかけてこなくても…。
「…黙って出ていくから。」
理由になっていない理由を、
ヒロミは居心地悪そうにぼそぼそと言ってきた。
何だよ。突発的行動、って奴か?
「…それは悪かったよ。でもだからってわざわざ追いかけてまでこなくてもいいじゃねぇか。そんな格好で飛び出してきたりなんかしてよ…怪我の上に風邪までひくつもりか?」
「…慌てて出てきたから。」
「ったく…何で追いかけてきたんだよ。」
「あのままアンタとさよならするの、嫌だったから…。」
ヒロミのその言葉に、俺は後ろに仰け反りかけた。
ちょ、ちょっと…コイツをどうにかしてくれ…!!
真顔でサラリと俺と離れがたいみたいな事を言われ、
嫌でも心臓がドコドコと早鐘を打ち始める。
つーか、コイツが俯いていて良かった。
俺…今、絶対顔赤くなってる…。
落ちこんだ顔をしながらも、ヒロミが掴む力は強いままだ。
冗談なのか、天然なのか。計り知れない。
俺の腕を掴んだヒロミの手を引き剥がし、軽く握ってやる。
ヒロミの俯いていた顔が、弾かれた様に上がった。
「じゃあ『さ・よ・う・な・ら』…帰れ。」
「………!!」
ぶんぶんと上下に振って、そのまま離そうとした俺の手は、
ヒロミの手によって離れる事は叶わなかった。
「…は、離せよ。」
「嫌だ。」
「あぁ??今ちゃんとさよならしただろ。」
「嫌だ!俺はアンタとまだ一緒に居たい!!」
握られた手は再び握り直されて、目線は真っ直ぐ合わせられて。
…もし、俺が今一人だったら。
願わくば、壁に頭ぶつけまくって。
この胸の締め付けを誤魔化してしまいたい。
「もうちょっと一緒に居てよ。」
「な、な…ななな…!??」
「お願い…。」
そんな弱々しい声色と共に、ヒロミの顔は再び寂しそうに曇る。
揺れ動く俺に、絶妙なタイミングでそんな顔。
わざとか!??わざとなのか!??
つーか俺だって…タイムスリップなんて面倒な事になっていなかったら、
もうちょっと…お前と一緒に居たかったさ…。
「っ…!」
そんな時。ひゅうという冷たい風が俺たちを通り抜け、
ふるりとヒロミの首がすくんだ。
見れば、剥き出しの腕には鳥肌がぽつぽつと浮き上がっている。
一人で帰れ、っつっても…帰らねぇんだろうな。コイツは。
観念した俺はジャケットを脱ぐと、ヒロミに差し出した。
「……?」
「着ろ。寒いんだろ?」
「でも…」
「早く着ろ。……戻るぞ。」
ヒロミが俺のジャケットを握りしめ、ぽかんと口を開ける。
そして俺の言葉の意味を理解した途端、くしゃりと嬉しそうに笑った。
俺はその笑顔を見ない振りをして、投げ出されていた自転車を起こした。
まぁ、取り敢えず。公園は行方不明だし。
ヒロミは何故か俺と一緒に居たいみたいだし。
つーか、このまま俺がごねても、コイツが湯冷めしちまうだけだ。
俺は、今日の所はヒロミの我が儘を聞き入れてやる事にした。
「ほら、早く乗れよ。」
ったく…何で俺がこんなダッセェチャリ漕がないといけないんだよ。
明らかにミスマッチな自分を自覚していた俺は、
照れから、ぶっきらぼうにヒロミに“後ろに乗れ”と顎でしゃくった。
「え?…いいの?」
「怪我人の運転なんて御免だからな。」
「あ、ありがと…。」
ヒロミは小さく礼を言うと、ジャケットに腕を通しだした。
勿論、「いてて…」と小さく呻きながら。
ったく…着替えも満足に出来ない状態なのにチャリなんて持ち出してんじゃねぇよ。
いくら俺と一緒に居たいからって…、…っ…!!!/////
赤面の原因を思い出してしまいそうになり、
俺はぶんぶんと頭を振ってかき消した。
「…あったかい。」
俺のジャケットに身を包んだヒロミがぽそ、と呟く。
大人体格の俺のだから当たり前だが、中坊にはサイズが若干大きいらしく、
ライダース型の大ぶりの襟は、ヒロミの首をすっぽりと覆っていた。
その何かのキャラクターの様な出で立ちに、
噴き出しそうになるのを俺は堪えた。
自転車の後ろにヒロミが跨り、ふふふと肩を揺らす。
「?…何だよ。」
「アンタ、チャリ似合わないね。」
「誰のせいだよ、誰の。」
「俺のせい?」
「あぁ、そうだ。」
チャリなんて乗るのはガキの時以来だぜ、まったく…。
溜息と共に、ペダルを踏み出す。
車輪が走り出したと同時に、腹に交差する小さな拳。
背中に当たる体温に、俺は意識を必死に逸らす羽目になった。
そういやヒロミを初めてバイクの後ろに乗せた時もこんな感じだったな…。
今はチャリだがな、と。
思い出に浸るには些か低いレベルの乗り物を、ひたすら運転し続ける。
後ろにガキを乗せて、いい大人(しかも派手な金髪)がチャリ。
こんな出で立ちを見られたくなくて、
俺は早く帰ろうとスピードをぐんぐん上げた。
「あっ、肝心な事聞いていなかった!」
「あぁ!?」
「アンタの名前!!」
ヒロミが後ろで、風にかき消されない様に声を上げる。
「あ、記憶喪失なら分からないか!権兵衛とかにする?」
「はぁ?」
「名無しの権兵衛!!」
…そんな大昔までタイムスリップするつもりは無いぞ。俺は。
もう…これからどうなっちまうんだ…。
これからの展開に頭を痛めながら。
俺は取り敢えず『権兵衛』だけは却下しておいた。
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